初めにあった出来事
初めにあった出来事ってなんだろうか。
「光あれ」
だとすれば、初めにあった出来事は「発音」であり、それは「言葉」という形式をとって、世界に伝えられた。
「神」と「世界」という対があり、相手に働きかけることを意図して「言葉」が「発声(発生)」された/(した)。
12ヶ月の物語、カレンダーの物語とでも呼ぼうか。
あの物語を一年かけて描いて、調べていくなかでわからなかったことは「起点」だった。
登場人物には全てモデルを置いた。ただし、モデルそのままには使わずにあくまで参照モデルに留めて作品重視とした。モデル重視の作品が多い俺にすればだいぶ意欲作ではある。
なんでもそうなんだが、一番初め(重ね言葉)、というのは必ずある。誕生しなければ、死ぬこともないのだから。
どのモデルでも、この始まりの場面を求めて探し物をしている。だからその人物が形成された起点の土地を探したりする。不審なくろねこではないと言いたい。今を生きる小学生に興味はない。50年後、君が何かを成し遂げたら、きっと誰かが探しに来るだろう。たぶん。
そうして土地を巡っていると、なんとなく都市のマイナスの特徴が感じられる時がある。
福岡なら、強い閉塞感。
高崎は同調圧力。
瀬戸の僻みっぽさとか、津山の諦めに、首里の敵意。
その土地の喫茶店3つぐらい回って、街中座って話を聞いたり、家に対して車がやたらと高いけど、隣が似たような値段帯とか、するとまあ、なんとなく漂ってくる。
どの都市も良いところの方が多いが、微かに感じる違和感を頼りに調べていくと、なくもないようなシナリオは確かに成立する。
人の心がわかるわけではない。
だから、あくまで推測するしかない。でも、モデルの思考をトレースする必要条件だと思っている。
本当のことは、そのときの本人にしかわからない。
本人ですら、時間が経てば、忘れたり、改変してしまうだろう。ご自身の気持ち、心を。
神さまは言いました。
「光、あれ」と。
「彼」は、どんな気持ちで、この「言葉」を言ったのだろうか。




