知性と教養
涙が、止まらない。
どうしようもなく、どうにもならなくなって、特許庁の東通用門のそばでうずくまっている。
「勉強になったと思いなさい」
俺が消費者金融から借りてしまった金額が、目の前にあった。
日曜日。休みの日。
なのに、事務所にいらしてくださった。
先生は大変、偉い。歴史ある我が大学でも歴代で400人いない名誉教授である。弁護士として依頼するにしても、タイムチャージを支払うことも会社員には難しいというか、そもそも受けて貰えない。俺が今回先生と会えたのは教授が頼んでくれたから以外はない。
「あなたに貸すだけ。だから、払えるタイミングで、余裕がある時に返しなさい」
「受け取れません。自分が逃げるかもしれません」
「だから、勉強になったでしょう。信用の意味がわかったんだから、次からは信用できない人からの儲け話に乗らない。人にお金を貸したらダメだし、一緒に投資とかそういう話では騙されないように」
そう仰いながら、俺の目の前には差し出された多額の現金があり、どうしたらいいのか、わからなかった。
「な。軽く聞こえるかもしれないけど、いい勉強だから。あなたが反省というならきちんと学べばいい」
涙を堪えて、先生を見れば、学生時代と同じように自分をみて理解度を確認している先生の目があった。
泣いてしまいたかった。
ごめんなさい。
だけど、それはできない。
感情のままに謝るより、先生の言葉を受けて、次を考える必要がある。
「信用とはなんですか?どうやってわかりますか?相手から信用を得る方法はなんですか?」
この先生は俺が学生時代の学部長。学生からしたら、クリスマスミサの時に段の上にいる「お偉いさん」。雲の上の人。
でも、授業中。生徒が理解しているか、とか確認していたし、質問時間とかで対話されていた。廊下で勉強していたら声をかけてもらったこともあった。
「直感。言語化が難しいけど、馬が合うってあるんだよ。それは少しずつわかっていくから、大丈夫」
全部が投げやり気味の俺を気遣って、美味しそうなゼリーとお茶を出してくれる。今食べても塩味になりそうで、食べれない。
40分ほど。涙が溢れかけている。
ご厚意に甘えてお預かりする。仕事に注力するし、とりあえず遺言を書き換えよう。死んだときには確実に返せる。そんなことを考えながら、涙をやり過ごす。
「今日中に消費者金融には返して。まずはそれから」
「はい」
言葉を使うたびに溢れそうになる「ごめんなさい」。
だけど、まずはやるべきことをして、お礼を言って、返すときに「ごめんなさい」と言わないと、勉強にはならない。それぐらいはわかっている。
ゼリーとお茶をもらって、先生と別れる。
頭が回らない。
「またね。連絡はするんだよ」
「はい。ありがとうございます」
とうとう、エレベーター手前で声が出なくなってしまった。先生は聞かなかったことにしてくれた。
止まらない涙のまま、歩いて辿りついた、特許庁。
電子出願なんて一般的じゃなかった頃に通った並木道。
耐えきれなくて、うずくまっている。
イチョウの葉が色鮮やかに水膜を歪ませる。
ごめんなさい。
それしか言葉が浮かばない。




