小さな指先
「真実」などない。
あくまで誰かの「主観」に基づいて観測された「事実」があるだけでしかない。
ネット上には「真実の言葉」「言葉の正しい意味」などマナー講師な方々が溢れているし、それをリポストする「バカ」もいる。
「真実の言葉」などない。
言葉の定義は「一義的には決まらない」。
従って「自分は真実を知っている」とする態度そのものが「ど阿呆」だと俺は思っている。
「無知の知」を誇る「セネカ」も含めて、等しく「間抜け」だと俺は思う。
人の言葉にケチをつけるってのは「人格否定」。
言語は思考の基礎だとする俺からしたら、まずやらない。
「言葉」の内容を「知っている」と言えるのは少なくともその言葉について「語源から現代に至るまでの変遷を追ってレポートに纏めて学会提出」まですれば、少なくとも「知っている」とは言えるだろう。
逆に言えば、辞書引いたぐらいでは「言葉のカケラもわかっていない」。というか、紙の辞書を引くのは最低限のマナーだ。デジタル辞書は「改変」されるし「正確性」が担保されない。
こんな「当たり前」のことすら「わからない」のか?
無駄に年齢を重ねることの恐怖を感じる。
「人」は時間を重ねて、研鑽を積む。
「デジタル化」された思考は「人」から遠ざかっているのかもしれない。
手のひら画面に浮かぶ、決めつけや当て擦りの醜い文字列に「興味がない」を選択する。




