秋空
願い、祈り、望み
wish、pray、want
日本語を強いて英語に当てるならこうだろうか。
英語と日本語の1番の違いを、俺は「言葉を投げかける対象者の違い」だと思っている。
言葉の発信者は常に自分ではあるが、下記の違いがあると思う。
wishは自分自身もしくは「自分自身への見返りがないこと」への欲望。
wantは他の人への欲望。
prayは神。
例えば
「I wish I could fly in the sky」は「ありえないことの予告」。夢物語とか、結果がないこと。
「I want you」はあなたが欲しい。
「I pray」は神への祈り。これ以外に使わない単語。
「強いて」と言ったのは、日本語であれば「対象を確定するのは単語自身ではなく、文章による」からだ。
私はあなたが欲しいと願っているし、私は小さな子どもが笑っている世界を望んでいる。
「祈り」
これだけは、現代人の感覚に沿ったほぼ適切な訳語だと思っている。
英語では神という「第三者」
日本語では「誰だかわからない第三者」
日本人は「無宗教」
だけど、誰かに「祈っている」
言葉で定義しないだけで、第三者を感じている。
「第三者」がいるから守られる規範は確かにあるのだろう。日本人の感覚からすれば「お天道さま」という社会通念だろうか。
祈るべき神などを明確に定義しないことによる細かないざこざはあれど、社会通念概念だからこその緩さがある。
なんでも明確にすればいいわけではないのかもな、とニュースを見ている。




