母との会話
よろしくお願いします。
何度か宿に泊まり、ようやく王都に着いた。
夜の発作はあったものの、カイル様のおかげで私にはほとんど傷がない。その代わりに彼の綺麗な顔に傷が増えていくことに罪悪感を覚えた。本人はいたって気にしていなかったけれど。
「お帰りなさい、ヴィーちゃん」
「……ただいま帰りました」
馬車は伯爵邸に止まり、両親と兄が迎えてくれた。お帰りなさい、この言葉が私にはまだ帰る場所があるのだと心を暖かくさせた。
「それではお義父上、お義母上、レオン殿。ヴィルヘルミナをよろしくお願いします」
カイル様が馬車から言う。私とシェリアは伯爵邸に残り、彼は侯爵邸へと別れるのだ。夜会は明日の夜で、それまでにお互いにすることがある。彼はしばらく留守にしたので挨拶まわり、私は領地から持ってきた荷物の整理など。明日は彼が夜会の開始時刻に合わせて伯爵邸に迎えに来てくれることになっている。
「……言われなくても」
どこか不機嫌な兄が呟く。やっぱりこの兄は変わらないなと苦笑してしまった。その後馬車は去り、私たちは屋敷の中に入った。
シェリアを抱いてきょろきょろと見回しながら、客室へと歩いていると、母が笑った。
「そんなに珍しいものじゃないでしょう?」
「でもお母様、二年以上も来てないのよ」
「二年くらいじゃ変わらないわよ」
「そうだけど、いろいろあったから……」
そう言ったら母が悲しそうな顔をしたので、私は口をつぐんだ。少しの間黙って歩いて、客室に着いた。ソファに座って一休みをしていたら、母が私に聞いた。
「……ねえ、ヴィーちゃん、思い出してよかったと思う?」
咄嗟には答えられなかった。それくらい辛くて悲しいこともあったからだ。でも今はそれだけじゃなかったことも知っている。
「思っているわ。こうしてお母様と話せるもの。でも皆にはいっぱい迷惑をかけてごめんなさい。私のせいなのに何もできなくて……」
私は忘れて楽になっていたけど、皆はそうじゃなかったはずだ。そう思って俯いたら、母は言った。
「確かに最初は大変だったんだけど、ティルナート卿が助けてくださったのよ」
「え?」
彼はあの頃私が嫌いだったはずだ。なのに何故。
「貴方がずっと眠ってた間、彼はすぐに貴方の汚名をそそぐために、貴方を陥れた人たちのことを調べて証拠を集め、王家に提出してくれたの。間接的だとしても彼自身にもダメージはあったのに。それで貴方の名誉は回復して、私たちを取り巻く環境は変わったわ。そのことも直接こちらに来て、謝罪してくれた。そのせいでティルナート卿はレオンに殴られたのだけど。その上、自分のせいだからと支払いの滞っていた貴方とレオンの婚約破棄の慰謝料を支払ってくれて、それとは別に援助も申し出てくれた。それに自分のせいで破談になったからとレオンの縁談までまとめてくれたのよ」
「……そんなこと、全く知らなかった。どうしてカイル様は言わなかったのかしら」
それを言ってくれてたら、彼に対する印象は良くなっていたのに。私は彼を責めるばかりだった。
「それはわからないわ。夫婦なんだから直接聞いてみたら?」
「私たちは夫婦と言えるの? あんなことがあったのに」
「そうね。だから私とお父様は貴方に帰ってきてもいいと言ったのよ。記憶を無くすくらい辛いのなら。でも貴方は帰ってこなかった。それは何故?」
「それは……もし離縁しても政略のために再婚しないといけないって思ったから。相手がもっと酷い人だったら今度こそ耐えられないかもしれないもの。だから……」
「じゃあ再婚しなくてもいいって言ったら? すぐに帰ってくる?」
「それは……シェリアもいるし」
「じゃあ、シェリアも連れて帰って来ればいいじゃない」
「でも……」
言いかけたら母は呆れたように笑う。
「先程から貴方、言い訳ばかりよ。そんなにティルナート卿と離れたくないの?」
「そんなことないわ! だって私は……」
何と言っていいか分からず、黙り込んだ。
「ヴィーちゃん、貴方は記憶がなかった時に、ティルナート卿を思って泣いてたわよね」
「……はい」
「その気持ちは消えたの?」
黙って首を振る。
「じゃあ、どうして素直に認めないの?」
「……それならお母様は認められるの? 彼自身の過失で巻き込まれて犯されて子どもを産んだけど、その子どももどうせ自分の子どもじゃないんだろうって蔑んできた男性を好きだって」
「それは……」
「……言える訳ないでしょう? それを認めてしまったら、あの頃の辛かった自分を否定してしまうことになるもの。結果的に思い合うことになったんだからいいだろうって思われたくないわ」
これは私の誇りの問題だ。
くだらない意地だと母は思うだろうか。それでも、私はそう簡単に気持ちを切り替えることなんて出来ない。
「ヴィーちゃんが言いたいことはわかるわ。例え女性の立場が低いとしても、我慢できないことはある。貴女は本当に頑張ったと思う。でも、ティルナート卿だけが悪いのではないわ。私とお父様は貴女に貴族だからと、我慢を強いて、家のために責任を押し付けてしまった。貴女が逃げたら家が取り潰しになるかもしれない、そう考えてしまった私たちを許して欲しいとは言えないわ……」
「そんな! お母様が悪いんじゃないわ! 考え無しの私がティルナート卿に近づいたのが悪かったのよ!」
「貴女はただ、ティルナート卿を心配しただけでしょう? どうしてそれを責められると思うの。貴女は優しい子よ。私たちはそんな貴女を誇りに思うわ」
「お母様……」
私は迷惑しかかけてないのに、母はそう思ってくれるのか。ありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……私はどうするべきなのかしら。私自身が彼にどんな償いを求めているのかわからないから、彼もわからないのかもしれないわ」
「そうねえ……ヴィーちゃんは少し、難しく考え過ぎているのかもしれないわね。形にこだわるからいけないんじゃないかしら。償いという形ではなくて、貴女自身がどうしたいのか考えればいいんじゃないの?」
「私自身がどうしたいか……?」
そう言われても、私にはわからない。
私はこれまで、女は黙って男性に従わなければならないと言われて育ってきた。だからこそ、あの理不尽な状況にも耐えてきたのだ。
「……」
「今の貴女には難しいでしょうね。私たちがそういう育て方をしてしまったから。でも、考えてみて。ティルナート卿は貴女の気持ちを大切にしたいと仰ってくださってるわ」
「……わかったわ。ちゃんと考えてみる」
本来なら許されないはずなのに、皆のおかげで私はある意味で自由を許されている。だけど、これまで不自由に慣れてきた私にとって、それは怖いことだった。
自分の意思は関係なく唯々諾々と従う方が考えなくていいので楽だからだ。
私はちゃんと考えて答えを出せるだろうか。不安になりながらも、私は母と約束した。
読んでいただき、ありがとうございました。




