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夕食タイム

「え……いいんですか? 頂いてしまって」

「言っただろ! 記念だよ、記念。沙希が初めて『天』に来たな」

はぁ、とどう返事をしていいか解らない沙希に、

「誰かが物くれるときはさ、素直に笑顔に笑って、ありがとうって言うもんだと、俺は思うぜ」

沙希は明から視線を逸らし、また明を試すように見ると、笑顔を溢した。

「そうですね、ありがとうございます」

素直な笑顔を作った沙希につられて、明も笑顔を溢す。

「おう、よくできました!」

「立花先輩から見て、わたしは子供ですか!」

明の手から離される餃子ストラップを大事そうに受け取り、沙希は頬を少し膨らまして彼を睨み付けた。

「あぁ、子供だよ。沙希なんてまだ小学生だ」

そう言う明だが、内心では、俺もまだまだ子供だけどな、と笑うような声で呟いていた。

小学生と言われた沙希は、瞳に暗い光を浮かべて、口の中でぼそぼそとなにかを呟き続けていた。

「……わたしなんて、小学生ですか……そりゃ、胸も背も小さいけれど……そうですか……わたしなんて、まだまだ子供ですか」

「おい、沙希? どうかしたか?」

「いえ、べつにどうもしてませんよ。立花先輩に怒ってなんかいませんから」

おそるおそる質問する明に、体温の感じられない事務的な声で沙希が返す。瞳には暗さが残っている。

「ん、そうか……ならいいんだが」

「はい」

どこからどう見ても絶対に怒っていないという雰囲気ではなかったが、これ以上足を踏み入れると危険だと本能的に察知して、明は気づかない振りすることにした。

「じゃあ、そろそろ帰るか……亜矢や鉱我も家に着いている頃だろうしな」

そうですね、とだけ返事をした沙希が先に扉に向かって歩き始めた。彼女が歩き始めたのを確認して、明も歩きだす。

「うわっ!?」

「え……?」

そして、照明がもとから少ない店のため足元がほとんど見えなかったからか、明はなにかに躓き体勢を崩して、彼の声に振り向いた沙希の上に倒れこむ。

まったく予想外の明の行動に、沙希は、ビクッと身体を硬くした。そんな彼女を抱きしめるような形で押し倒してしまい、あまりの出来事に明も硬直した。

かといって、今さら沙希を放り出すわけにもいかないので、明は固まったまま動けなかった。

「あの……なにをしているんですか、立花先輩?」

ムシャマルが一度、にゃー、と鳴いたところで、怒ったような低い声で沙希が訊いてきた。明はわざとらしく苦しげな声で、

「テーブルに足をぶつけてさ……」

「なに言っているんですか、立花先輩。テーブルなんてこっちにはありませんよ」

「……そうだな」

沈黙した明を、沙希が押し倒されたまま無言で睨んでいる。どうやって言い訳したものだろうか明はしばらく悩んだが、どうするべきか答えは出てこなかった。

沙希からは、なにこの変態先輩、と言いたげな瞳を向けられているが、明には事故だ、これは事故なんだ、と言える余裕はなかった。

誰か助けてくれぇー! 、と心で叫ぶと、ツイテいたのか明のズボンのポケットにある携帯電話が鳴り出した。

「……携帯鳴ってますよ、変態の立花先輩」

「そ、そうだな」

グサリと心に杭のようなものが打ち込まれるのを感じながら、明は体勢を立て直した。

「はやく出たらどうですか、女子中学生を押し倒して猥褻行為をしようとした立花先輩」

「しようとしてねーから!!」

変な未遂を言われ、明の心は痛かった。携帯電話をポケットから取りだし、耳に当てると、聞きなれた声が飛んできた。

『よう、明。遅いぞ、速く帰ってこい……まさか、沙希ちゃんとちょっといちゃいちゃしてるんじゃねーか! もしかして、沙希ちゃんを押し倒してたりして』

それは明の自宅にいるであろう高崎の声だった。もう亜矢もいるらしく、高崎の言った言葉に噴いて怒鳴っているようだった。

明は、なんでこいつそんなことわかっているんだよ、と少し怒気を混ぜて返す。

「わ、わかってる、そろそろ帰るよ! あと、お、押し倒してなんかいねーよ!」

『なんかちょっとお前焦ってなかったか!』

明はできる限り平常心で答えたが、心を見透かされた、というより千里眼でも使ってみていたのか、という高崎の言葉に明は動揺していたらしい。

電話を切り、ポケットにしまった明は、沙希に視線を向けて、

「今起きたことは忘れてくれよ、なかったことにしてくれ。絶対に亜矢や夏奈には言うなよ。鉱我にも言うな、あいつの情報漏洩はハンパないから、俺が中学生を押し倒したなんて学校中にあっという間に広がるだろうから、学校に行けなくなる」

沙希は立ってから、明を数秒を見つめてから、『天』の扉に手をかけてから、笑顔で振り向いた。

「しかたないですね、わかりました、誰にも言いませんよ。わたしたちだけの秘密です」

そう言って、沙希は扉を開こうとするが、ガゴガゴ、と音を鳴らして開かなかった。

そんな沙希を見て、明はため息を吐き、しかたないなー、と沙希の前に立った。

「この扉を開けるには工夫がいるんだよ」

扉の前に立った明は、すんなりと扉を横にスライドさせた。

「どんな人に得意なことが一つはあるんですね」

沙希が明をバカにするように言うので、彼は彼女の頭を小突いて『天』を出る。

「俺にもちゃんとした特技ぐらいあるわ!」

『天』を出て、沙希が店の扉を眺めて口にした。

「この店って、誰にも扉を開けられないから人が入らないんじゃないですか? それって、場所以前の問題ですよね」

「…………そうかもな」

沙希の考えに一理あるな、とうなずいた明だが、

「けれど、この店は俺たちだけしか知らない特別な店っていうのがいいな、それが続けばいいと俺は思ってるぜ」

「そんなんじゃ、いつか本当に店が潰れてしまいそうですね。あと、俺じゃなくて、わたし達だけが知っている特別な店ですから! わたしももう知ってしまいましたから」

先輩との秘密といのを、少しだけ嬉しく思う沙希に、

「そうだな、これで『天』を知っているのは、俺と夏奈と亜矢と鉱我と沙希の五人だな。結構多くなったな、前は本当に俺と夏奈しか知らなかったからな」

ははは、と笑う明を見て、沙希は大きく息を吐いて、彼に聞こえないように呟いた。

「……立花先輩のイジワル」





結局、明と沙希が明の自宅に帰り着いたのは、もう完全に日が沈んだ頃だった。夕方になっていた生産区域は完全に人でごった返していて、進むのに苦労した。さらに電車も遅延を起こして、時間通りに来なかった。

日が沈んだんだが、暑さはまだ残り、風がときおり涼しさを運んで来てくれた。

「ーーあれ、お兄ちゃんたちやっと帰ってきたの? 遅かったね、もうカレー餃子は残ってないよ」

靴を脱ぎ、手を洗いリビングに入ると、完全にソファーでくつろいでいる高崎と、夏奈と一緒に某カートゲームをしている亜矢がいた。

「来たか明、腹へったぞ……早く準備してくれよ。もう動けねぇよ」

「そのままそこで寝てろ!」

明は高崎を一瞥すると、テーブルに向かった。

「手伝いますよ、立花先輩」

「じゃ、そこから皿と箸を全員分持ってきてくれ」

「わかりました」

熱心な沙希に指示を出して、明はビニール袋から梱包された餃子パックを取り出す。

「ほら、夏奈そろそろ終わらせろよ……準備できるぞ」

「わかってるよ、お兄ちゃん。けれどね、このまま全敗はさすがにどうかと思うんだよ」

「初めてだけど、これ結構簡単なのね」

おいおい、初心者に経験者が負けてどうする、と残念な視線を明は夏奈に送ってくから、準備をテキパキと進める。

「そういや、メルはどこだ?」

「ん、メルちゃんなら上にいるよ。照れてるのかな、亜矢姉や鉱スケに」

コントローラから手を離さず、テレビから目を離さずに夏奈は返事をした。それだけ夏奈は集中しているらしい。

明は普段、こういう料理やら洗濯やら掃除やらはめんどうで、夏奈にすべて任せているんだが、こと餃子が関連してくるとなると話は別だった。

早くこの美味しい餃子を食べたい一心で、明は準備に熱心に取りかかるのだった。

準備を終え、夏奈と亜矢を見るがまた夏奈が惨敗しているところだった。亜矢もそろそろ負けてやれよ、と思いながら、

「終わったら、呼んでくれ……上で宿題やってるからよ」

「あ、立花先輩手伝いますよ。どうせまったく解らないんでしょうから」

明は沙希を自分の部屋に案内する。

片付けのプロである夏奈が、隙を見て勝手に入りこんで掃除をするため、明の部屋は、女子に見られても恥ずかしくはない程度には整頓されている。もとから女子に見られて恥ずかしいものなど買ってはいないのだが。明も興味は無くはないのだが、金銭的に無理なのだ。

整頓されているといっても、もともと荷物が少ない殺風景の部屋だ。ベッドと机、少々の文庫が突っ込まれた隙間だらけの本棚、昔噛んで以来使っていない竹刀を除けば、本当になにもない。

「これ……立花先輩って、剣道やっていたんですか?」

壁に立て掛けられてある竹刀の存在に気づいて、沙希がどこか意外そうに訊いてくる。

「剣道知ってるのか、やっぱ天界退魔組織っていっても一般人とそんなに変わらないな」

明が冗談めかした口調で言うと、沙希は拗ねたように唇を曲げて、

「それぐらい知ってますよ……退魔者で剣道の技を使う人もいるので。立花先輩は強かったんですか?」

「まぁ、昔の話だけど、それなりに強かったぜ……噛んだだけだけどな」

「見た目は弱そうですけどね、華奢で」

「剣道に見た目は関係ねーよ。どっかの抜刀斎も見た目は華奢だろ」

「それなのに立花先輩はなんで剣道を辞めたんですか? この竹刀だいぶ使われていないようですけど」

そう言って沙希が真剣な表情で見つめてくる。明は面倒くさそうに口を開いた。やはり、沙希は武器を扱う仕事をしているからか見ただけで、年期とかわかってしまうのだろうか。

「もう必要ないと思ったんだよ……俺には亜矢や鉱我という友達ができたからさ。剣道始めたのは、自分を守るためだったんだよ、回りから舐めなれていた自分を」

「そうなんですか」

でも、友達ができたからといって彼が強くなったわけではない。剣道をまだ続けておけばよかったと思ってさえもいた。

「でも結局、俺は弱いからさ、ナンパにも掴まるし、魔属共にも捕まるだろうな。だから、せめて夏奈ぐらいは守りたい……俺の大事な人を守れる力が欲しいんだ」

明の言葉を聞いていた沙希は、大丈夫ですよ、と言った。

「魔属からの被害はわたし達退魔者が命を懸けて守ります……ですから、人間からぐらいは夏奈ちゃんを守ってあげてくださいね。いくら弱そうな身体でもできることがきっとあるはずですよ、立花先輩!」

「だから、俺にもちゃんと長所はあるから!」

明は、はぁ、ため息を吐いて、椅子に座って宿題をファイルから取り出して机に広げた。

「よし、やるか!」

シャーペンを握り気持ちを上げる明の背後から、沙希が声をかけてきた。

「あの……立花先輩」

「なんだ……んっ!?」

明は沙希が手に持っているものに驚いた。それは沙希がもとから持っていたわけではないだろう。そうなると、部屋にあったのだろう。しかし、部屋にそんなものがあった覚えはない。となると、考えられる犯人は一人だけなのだが。

「やっぱり、立花先輩は胸が大きいかたの方が好きなんですね」

今日であったばかりのころと同じような、冷たい口調で沙希が訊いてきた。

沙希の手に握られていたのは、巨乳専門のエロ雑誌だった。彼女は恥ずかしさで顔を赤くしながら、それを握りつぶしそうな勢いで掴んでいた。

「そ、それは俺のじゃないぞ。そうだ、きっと鉱我のだ! 鉱我が持ってきて置いていったんだろう」

「つまりこの破廉恥な雑誌は、立花先輩の物じゃない、というわけですか」

沙希の声色には、隠しきれない冷たい怒りがこもっていた。明は、怒られるべきは俺じゃない、と思いながらうなづき、

「そ、そういうことだ。だから、俺はそんなの知らないからどっかに捨ててもいいぞ、窓から投げ捨てるとか」

そう言って、自分はその本との無関係性を力説してみる。なにも間違ったことはいってはいないはずだ。だから、沙希の怒りは収まるだろうと思っていた。

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