メルが語りだす現実
「いいえ、立花先輩。これは預からせていただきます。亜矢先輩や夏奈ちゃんに見せて、立花先輩がどれだけ変態か教えてあげます!」
「おい、それはやめてくれ!」
沙希の提案に、明は動揺しするが、
「失礼します、宿題頑張ってくださいね」
笑顔を残して沙希は部屋から出ていった。
「……勘弁してくれ」
「皆さん聞いてください!」
一階のリビングに降りた沙希は、リビングにいた全員に向けて叫んだ。
テーブルには亜矢、高崎、夏奈、それに昨夜の謎の少女がいた。それぞれ明が買ってきた餃子に、箸を伸ばして食事をしていた。
「これは美味しいですね! なんという食べ物なんですか!? わたしがいた世界にはありませんでした」
「餃子っていうんだよ、メルちゃん。わたしの大好物なんだ」
「さすがメルちゃんだな。この餃子の味がわかるのか……もっと食べろ、俺の奢りだぜ!」
「あんたの奢りじゃないでしょ……バカ!」
四人は餃子に夢中らしく、沙希には気づいていなかった。
「あのー、皆さん……」
沙希はめげずに呼びかける。すると、やっと沙希に気づいた、夏奈が餃子を飲み込んで手を振った。
「んっ……沙希ちゃん、おいでおいで! 一緒に食べよ、美味しいよ」
「あ、いただきます! ……じゃなくて、夏奈ちゃんそれに皆さん! これを見てください!」
沙希の呼び掛けにやっと応じた、亜矢と高崎とメルも振り返って沙希を見やる。否、彼らの視線は沙希には集まりはしなかった。なぜなら、彼らは皆同じものに目を吸われていったからだ。
そう、明の部屋から持ち出した、巨乳専門エロ本に。
「えっ……沙希ってそういう趣味だったの!?」
「沙希ちゃん俺と趣味合いそうじゃん!」
「……大丈夫だよ、わたしはどんな沙希ちゃんも好きだからね!」
亜矢、高崎、夏奈の言葉に沙希は顔を赤くして首を横に振る。
「ち、違いますよ! これはわたしのじゃないです!」
沙希は必死に身の潔白を訴えるが、亜矢たちは予想外の表情のまま彼女を見ていた。エロ本を手に持つ女子中学生なんて、普通はいないだろう。だが、現物を握って現れた以上否定する証拠は簡単に見つからなかった。
「あ、それって明様の部屋にあった書物ですよね。なんで沙希様がそれを持っているのですか?」
思わぬ助け船に沙希は歓喜し、亜矢はメルの言葉を疑うようにビクッと反応した。高崎は思い出したように、やべ、と陰で呟いた。夏奈はショックで餃子を、咽に詰まらせて咳き込んだ。
「ねぇ、沙希少しそれ貸してくれる」
「え……はい」
「ちょっと待てよ、沙希!」
リビングに入る扉を開けながら叫んだのは、明だった。沙希からエロ本を取り戻しに来たのだが、時すでに遅しだった。例の物はもうリビングにいた四人の目に入り、夏奈と亜矢は蔑むような眼を明に向けた。
「明ってさ、胸が大きい女の子が好きだったんだ……へぇ。ごめん、知らなかった」
亜矢はため息を吐きながら、エロ本を丸める。
「お兄ちゃん、最低! アホ! バカ! 生ゴミ! 不燃ゴミ! 燃えないゴミ! タバコの副流煙並みにウザい!!」
「おい、不燃ゴミと燃えないゴミは同じだろ!? じゃなくて、違う! それは俺のじゃないんだ、鉱我のなんだよ!!」
亜矢と夏奈の視線が、明から高崎に移る。高崎は目線逸らさずに断言した。
「いや、それは俺のじゃないぜ。間違いなく明のだな」
いつの間にこんなかわいいメルちゃんと仲良くなったんだ、という恨みを込めて、高崎は断言した。
「鉱我テメー、裏切りやがったな!」
沙希は高崎の言葉を聞いて、やっぱり嘘だったのですね、と明を見た。
「メル、助けてくれよ!!」
メルは回りの様子を眺めてから、笑顔を作った。
「すいません、了承できません」
その笑顔は、明の回りに起こるハプニングを見て楽しんでいるようだった。
「なっ、メルお前まで……亜矢違うんだ、落ち着いてはなそう」
じわじわと距離を詰めてくる亜矢から離れるように、一歩一歩と後退していく明。
「俺はべつに胸が大きい女の子が好きって訳じゃないぞ! そうだよ、人間大事なのは見た目じゃないよな、大事なのは中身。器を大きく持とうぜ……だから、暴力は止めような、な!!」
弁明を続ける明はしだいに、壁に背中がぶつかり後退できなくなった。
大事なのは見た目じゃないという明の発言に、亜矢は眉をピクリと動かせて、丸めたエロ本を振り上げた。
女の子にとって、この鈍感アホバカ男の娘は見た目が重要か理解していないのだ。亜矢はこれまで明のために頑張って慣れない、かわいい洋服選びやシャンプーにリンス、さらにはメイクなどに気をつけてきたのにこの鈍感アホバカ男の娘は全く気づかない。人の努力に全く気づかない。
一発叩いてやりたいと、常々思っていた亜矢は少しだけ霊力を込めて明の頭を力一杯丸めたエロ本で叩いた。
「一回反省しろ、この鈍感アホバカ男の娘!!」
明は頭を思いきり叩かれて、意識を失いながら思った。男の娘は差別用語じゃないだろ、と。
どさりと床に倒れ伏した明に、スマン、と高崎は誰にもばれないようにジェスチャーした。
「鉱我、あんたもだからね」
「え……?」
高崎に近づき、丸めたエロ本を振り上げる亜矢に高崎を驚いた。
「あんたが明に変なこと吹き込もうとしたのは、解ってるんだからね……そういうお節介はいらないから。あたしは自分で頑張るから」
「さいですか、手加減してくれよ」
「ごめん無理」
高崎の頭も叩かれ、彼も気絶した。
沙希は亜矢の行動に、やはり亜矢先輩はスゴイ!!、と感動していた。それとともに、亜矢先輩は絶対に敵に回したくはないな、と思った。
「メルちゃん、お兄ちゃんを部屋まで運ぶの手伝ってくれる。わたし一人じゃ大変だし」
夏奈が明の上半身を、よいしょ、と持ち上げながら、メルに助けを求めた。
「解りました、夏奈様」
亜矢は餃子のやけ食いを開始してしまったため、これではテコでもテロでも動かないだろう。亜矢はこう見えて大喰らいのような女の子なのだ。退魔者は体力を激しく使うらしく、腹の減りが凄まじいのだ。
「高崎様はあねままでいいのですか?」
「ん、鉱スケは放置でいいよ。それと、鉱スケにまで様は付けなくて。あと、わたしにも様はいらないから、夏奈ちゃんって呼んでよ」
「しかし……」
躊躇うメルに、夏奈は笑顔を見せて、
「もう友達でしょ、わたしたち。だから、遠慮なしでよ」
数秒考えるような素振りを見せた、メルは笑って言った。
「はい、わかりました、夏奈ちゃん」
「あと、敬語も禁止ね」
「はい……頑張ります」
メルは今この時間を、今までで一番幸せに感じていた。そして、この幸せが長くは続かないだろうと、感じていた。
※
こんな夢を見た。
目の前で友人たちが、買ってきた餃子を全て食べていく。
俺はただそれをみていることしかできなかった。
六人分を軽く越える量だった餃子は、あっという間になくなっていき、俺の分は残らなかった。
そんなとても悲しい夢だった。
「餃子!!」
明は勢いよく上半身をお越しながら、叫んだ。お腹は唸り声を上げている。まさか、餃子が全て食べられたのは正夢かと疑い始めると、隣から聞き慣れた声をかけられた、
「あ、明様起きましたか……一時間は眠っていましたね」
「……メル」
隣の椅子に座っていたのは、メルト・ギル・スクエア、メルだ。明は回りを見回して、今いる場所が自分の部屋だと理解した。
そして思い出した。自分が亜矢に思いっきり叩かれて、気絶してしまったことを。あれはかなり痛かった。
叩かれて気絶してから一時間が経過したとすると、本当に餃子は全てなくなってしまったんじゃないかと思ってしまう。明はおそるおそるメルに訪ねた。
「……餃子はまだ残ってるか?」
もう餃子がなかったら、明は今日一日をやり直したい思いだった。亜矢に叩かれないルートに路線変更して、餃子を食べる。餃子のためにタイムマシンを作ってやってもいいと思ったのだ。いや、どうやってもタイムマシンは作れないけど。
明の問いにメルは笑顔を作って、後ろからあるものを取り出した。
それは、数個の餃子が乗ったお皿だった。数は少ないが餃子を食べられるという喜びが、明を満たしていった。
「はい、ありますよ……ちゃんと亜矢様が明様の餃子も取っといてくれてましたよ。亜矢様に感謝してくださいね」
「そうだな、亜矢に感謝だな」
何を今度頼まれんだろ、と内心呟きながら皿を受け取った。
「今あいつらはどうしてるんだ?」
「そうですね、現状を報告いたしますと、亜矢様と紗季様と夏奈様、じゃなくて夏奈ちゃんは現在お風呂に入っています」
「三人で入るとか、夏奈はアホか。かなり狭いだろうな」
明は、よく三人で入ろうと思ったなぁ、と夏奈の行動力に呆れた。家のお風呂は狭くはないほうだ。けれど、広くもない。そんなお風呂に二人では入れても三人は厳しいだろ、と明は思った。
「亜矢様も紗季様も最初は反対していましたが、夏奈ちゃんの押しに負けて一緒に入っていきました。夏奈ちゃんのあの押しの強さはスゴイですね」
クス、とメルが小さく笑った。
「そうでした、夏奈ちゃんから明様に伝言を預かってました……絶対に覗かないでね! とのことでした」
メルの夏奈の声真似が想像以上に上手いのにビックリしながら、
「誰が妹の入浴なんて覗くかよ」
夏奈からの伝言にため息を吐いた。
「鉱我はどうした?」
「鉱スケ様は眼を覚ましたら、帰っていきましたよ。用事があると、おっしゃっていました」
「そうか……ん」
明はうなずいてから、餃子を口に運んだ。
「それでですね、明様」
「なんだ?」
改まってのメルの雰囲気に明はなにか、と少しだけ身構えた。
「わたしの正体についてそろそろ話そうと思うのですけど、いいですか?」
「んっ、いいぜ。ドンと来い!」
今日は紗季から天界退魔組織についてや、魔界について教えられ、さらにはまた魔属と遭遇するという忙しい日だった。今なら何を言われても、あまり動じないだろうという謎の自信があった。
「では、まずはわたしがどこの何者かについて、話したいと思います」
明は餃子をごくりと飲み込んで、メルが話し出すのを待った。
「わたしは元第一魔界・魔術部隊総隊長です。生まれも育ちも魔界で、成績優秀で魔界の魔術の発達に若いながら大きく貢献してきました」
「……え、ごめん、なんだって」
いきなりのメルの言葉に明は動揺していた。おい、謎の自信はどこにいったよ、と自分にツッコンでしまうほど、メルの言葉に強く驚いたのだ。
「そうですよね、いきなりは理解できないですよね。とりあえず、わたしは魔属であると認識してください」
「メルが魔属なのか?」
「はい」
メルはうなずいた。
そう考えると、メルも明と一緒に結界の中にいた理由がうなずける。結界の中に入られるのは、霊力か魔力を持った者のみ。メルが魔属なら結界の中に入れて当たり前だろう。しかし明にある疑問が浮かんできた。
「でも、お前からは襲ってきた魔属たちみたいに魔力を感じないぜ。本当に魔属なのか?」
メルの言葉を疑うつもりはない。しかし、わざわざ退魔者の天敵である魔属と自分から名乗る魔属もいないだろう。
「たしかに今のわたしは魔力を全く持っていません。それは第六天魔王、魔界の総大将に魔力を封印されたからです。さらに言えば、わたしは魔界から逃げています、追われています……わたしが裏切り者だから、です」
「メルが裏切り者……」
「はい、これからの話しは明様にも大きく関連してきます」
「俺にも関連してる、だと」
明は自分が、魔界と関連している自覚や記憶など一ミリもなかった。明は自分が生まれも育ちも浮游都市だと覚えているからだ。
メルはうなずき、全てわたしが悪いんです、とうつ向いたまま言った。
「わたしがこれから話そうとしていることを聞けば、明様の常識はほとんど破壊されることになります。いえ、もう手遅れですけれど……明様の平和な日常はまもなく崩れさるでしょう。それが遅いか速いかという差です。ですけど、わたしの話を聞いておいたら、明様の考えは変わるかもしれません」
「……俺の平和な日常はまもなく崩れさるだと」




