そこは餃子屋『天』!
「そうです、立花先輩はなにもしてませんよ、おそらく」
「おそらくってなんだよ!」
夏奈はそんな明と沙希を交互に見て、いつの間にこの二人こんなに仲良くなったのか、とさらに首を傾ける。
中等部と高等部なんてそんなに接点がないはずだから、どこでどうしてなにして親睦を深めたのか謎だった。
この二人はどうやって仲良くなったのか、これは沙希ちゃん本人に訊くしかないですね、とニヤリと夏奈は笑みを浮かばせると、口を開いた。
「そうだ、沙希ちゃん沙希ちゃん! 今日わたし達の家で晩御飯食べない。みんなで食べたほうが美味しいしさ」
夏奈の急な提案に、沙希は困ったように明に視線を送る。
なんでこっちを見る、と明は眼を瞑る。
「家に沙希を呼ぶのはべつにかまわないけどよ。晩御飯つったって、昨日のカレーが少し余ってるぐらいだろ。どうするんだ?」
昨日の晩御飯の極上肉入りのカレーライスは、スプーンが止まることを知らず何度もおかわりしてしまった。だから、カレーはそんなに残っていないのだ。自宅にいるメルを含め、今ここにいる三人で少ないカレーでは空腹は満たされないだろう。
さらに言えば、明日は夏奈の陸上の大会があるから、しっかりエネルギーは補充しといて欲しいのだ。
「まぁまぁ、そこは超絶的なパティシエの夏奈ちゃんにお任せあれぇ!」
夏奈が自信満々にポーズを取って言うが、
「スイーツは関係ないだろ」
「夏奈ちゃん、そこは三ツ星シェフとかのほうが頼もしいよ」
明と沙希に言われ、うっ、と詰まる。
「……まぁ、わかったよ。飯のほうはパティシエの夏奈に任せるよ。なぁ、一つだけいいか」
「なに? お兄ちゃんどうしたの?」
「せっかくならよ、みんな呼ばねぇか」
「ん、みんなって?」
「鉱我や亜矢だよ……いいだろ」
「もちろん! 言ったでしょ、お兄ちゃん。みんなで食べたほうが美味しいしよって。だから、亜矢姉も鉱スケも大歓迎だよ!」
そうか、と明はうなずく。
「二人への連絡は任せたよ、お兄ちゃん」
「あぁ、わかったよ。それぐらいは自分でやるさ」
言葉を返して、明は携帯電話を取りだし高崎と亜矢に、今夜は暇か、とメールを打った。
「夏奈ちゃん、わたしも何か手伝うよ」
沙希が夏奈に提案するが、
「え、いいよいいよ。沙希ちゃんは、お客様なんだからゆっくりしてなくちゃ。だから、大丈夫だよ」
夏奈は首を横に振って遠慮した。
「でも……」
引き下がれずにいた、沙希を見て夏奈は何かを閃いたのか手を打った。
「じゃあさ、沙希ちゃん。お兄ちゃんのお供してきてくれる」
「…………ふぇ?」
「…………は?」
沙希と明が、この子は何を言っているんだ、と思ったのは同時だった。
※
人工の浮游都市・新東京。そこの中心に存在する、首都と言っても過言ではない、巨大な市・朝川市。
中心にそびえ立つシンボルのサテライトタワー。そこから北はマンションや一軒家があり、他には小さなコンビニやファミレスがある、居住区域。南には商工業や会社や大小様々な飲食店、その他専門店が集まっている生産区域になっている。
もう夕方の時間になると生産区域の残業のないサラリーマン達は、会社から出て飲食店で一杯やるか、自宅に向かう人で賑わってくる。
さらに言えば、ゴールデン・ウィークに突入したからか、いつもより親子やカップルがたくさん街を歩いている。
どうせその親子やカップル達は、人気チェーン店に行って、何時間も並んで美味しいご飯を食べるんだろう。
だが彼、立花明の思考回路は他の人とは違っていた。否、他の人より知識があった。
明は後ろに付いてきてる沙希が人混みに飲み込まれないよ、腕を掴みながら街を歩く。広い生産区域で迷子になられたらたまったもんじゃないらだ。
そんな明の考えを他所に、初めて歳の近い異性に手(腕)を握られて、顔を赤くして興奮している沙希はただ引っ張られるだけだった。
明は生産区域の飲食店の通りを数分歩いてから、右に曲がり人気のない裏路地に入った。
「え?」
何も言わずに沙希を人気のない裏路地に連れ込んだ、彼女は明に不安感を覚えながら引っ張られるままにした。
「なぁ、沙希はさよく飲食店の通り(ここらへん)に来るのか?」
「え……いえ、晩御飯の外食はあまりしません。だから、あまりここらへんは来ません。あと……こんな場所に連れてこられるのも、異性の人にこうやって手(腕)を握られるのも初めてです」
明に振られた質問に、沙希はうつむきながら答える。腕を握られて緊張しているせいか、後半の声は消え入りそうだった。
「そうか、俺もさ夏奈以外と裏路地に来るのは初めなんだよな」
「え!? 夏奈ちゃんと裏路地(こんな場所)に来たんですか! やっぱり、立花先輩は不健全です! 変態です! いやらしいです! シスコンです!」
言われのない罪をずばずばと侮蔑の眼をしている沙希に言われ、戸惑う明。けれど、今一番動揺して戸惑っているのは彼女だ。
異性にこんな路地裏に連れ込まれ、されることなんてそんな考えなくては出てきてしまう。もしそうだとしたら、沙希は保身のために、掌底を喰らわそうか、と考えてさえもいた。
「何言ってんだよ、おまえは…………さぁ、着いたぞ。俺と夏奈一押しの知る人ぞ知る、と言うか俺と夏奈以外にここに入ったところを見たことがない、けれど味は三ツ星を越えるであろう、俺と夏奈の間で超有名な餃子専門店の『天』だ!」
明が示すそこには、古そうな見た目店があった。店頭には餃子専門店『天』と書かれたのれんがあった。見た感じでは歴史がありそうと言う感じがした。
沙希はどうだ、と胸を張って『天』を自慢する明に向けていた侮蔑の眼は、キョトンと何が起きたのか理解が追い付いていない眼になっていた。
「……どういうことですか?」
「あのな、おまえも話し聞いてただろ」
明に言われて、彼女の記憶がよみがえる。
それは今から約一時間前の話。
夏奈に今日の晩御飯は餃子にします、と告げられ明と夏奈が絶賛する『天』に買い出しを頼まれたのだった。
どうやら、家では余ったカレーでカレー餃子を作るらしいが、量があまりないため、餃子を買ってこいとのことだった。今さら思うと、ほんとパティシエは関係ないな。
『天』がある朝川市の南側にある生産区域に電車で向かい、駅に着いてから明に腕を掴まれ、焦り緊張して沙希は忘れてしまっていたらしい。
「すいません、忘れてました。立花先輩達しか利用してないのに、この店大丈夫なんですかね?」
「大丈夫らしいぜ、店長は副業で他になにかやってるらしいからな」
沙希の質問を返すと、明はボロそうな扉に手をかけて、両手で力ずくに開いた。どうやら、扉の立て付けがそうとう悪いらしい。
「こんちわー!」
「こ、こんにちは」
店に入っていく明を追って、おずおずと回りを見ながら入る沙希。照明があまりない店内には奇妙なお面やらお札やらが貼られていて、ここはなんの店だっけ、と首を傾けたくなる。
視線を前に戻すと大きなショーケースがあり、中には餃子の食品サンプルが並べられていた。
シンプルに肉の詰まった餃子や、チーズ餃子、納豆餃子、カレー餃子。なかには、こんなもの食べれるのか、という際立つ変わり物も幾つかあった。
どの餃子も値段はそれほど高くはなく、むしろ安いほうだった。
沙希がむむむ、とショーケースの食品サンプルを眺めていると一匹の黒と白の猫が足下に依ってきて、彼女の足を頬擦りしながら、にゃー、とかわいらしい声で泣いた。
「わぁ、かわいい!」
沙希はしゃがんで、猫の頭を撫でる。撫でられるたびに猫はごろごろ、と鳴く。この猫はどうやら人間慣れしているらしく人懐っこかった。
「あ、マスター! 注文お願いします」
明もしゃがんで、猫に話しかける。
「マスター!?」
沙希は明の言った言葉に、衝撃を受けた。猫がマスター。看板猫とか店長代理なら聞いたことがあるけれど、猫をマスターと呼ぶのは始めてみた。
「マスターって、その猫の名前ですか?」
「ん……いや違うぜ。こいつの名前はムシャマルだぜ。かっけーだろ」
いや、猫にムシャマルは、と沙希は思った。
「なんで、マスターなんですか?」
「マスターだからだ」
沙希の質問にごく当たり前だろみたいに返した明は、注文を始めた。
「茹で焼き三十ニンニク増量、チー十、ネバ十、フルーツ十、クーポン一枚、あといつものを頼む」
明のオーダーに、ムシャマルと名付けられているマスターである猫は、にゃー、と了承の意を込めたような鳴いて店の奥に向かって歩きだした。
ムシャマルが奥に消えていくのを見送ると、明は近くにあった椅子にどすりと座った。
店内にはテーブルと椅子がいくつかあるが、明が言った通り誰もいない。あまりにも店内に人気がないので、店の奥に人がいるのか疑ってしまう。
「立花先輩、この店って猫が餃子作ってるわけじゃないですよね?」
「そらそうだろ、猫のあんなちっちゃくて弱そうな足で餃子が作れるわけないだろ。ちゃんと奥で店長が作ってるよ」
それを聞いて沙希は安心したがある疑問が浮かび上がった。
「なんで店の奥から現れないんですか? 極度の恥ずかしがりやとか」
「ただ店の奥から動くのが面倒らしいぜ。店がこんな人気の全くない路地裏にあるのは、表に店を出す会議に出席するのがめんどくさくてさぼったら、こんな場所に来たらしいぜ」
面白いだろ、と笑う明を見て、一体どんな店長なんだろうと思った。
「実際、この店はいいところだぜ! 二十四時間三百六十五日営業、安くて速い! を店の掟に掲げ、顧客から絶大な信頼を得ている!」
明の『天』に対する語りを聞くとこの店はすごいと思えてくるが、
「でも、その顧客って立花先輩と夏奈ちゃんしかいないんですよね」
その顧客がたった二人じゃ、赤字も必至だろう。そう考えると、証明の少なさは節電のためかな、と思ってしまう。
それから少しすると、にゃー、と猫が鳴く声がした。そこにはムシャマルが梱包された餃子が詰まったビニール袋をくわえて座っていた。
「お、マスターごくろうさん」
明はそう言ってムシャマルからビニール袋を受けとる。
「あの立花先輩、お金はどうするんですか?」
沙希の質問に、明はこーするんだよ、とムシャマルの首にぶら下げられている小さな財布にお金とクーポンの紙を詰めた。
「ちゃんとお釣りがないようにするのが、『天』常連のプロの技だ」
ムシャマルの頭を撫でる明は微笑んでいた。彼はどうやらこの場所が好きらしかった。彼と彼の妹しか訪れない店、癒し系の子猫、謎に包まれた店長。カオスな場所ではあるが、落ち着くことができる場所なのだろう。
「そうだ……ほらよ、食えよ沙希。今日の昼のお礼だよ」
明がビニール袋から取り出したのは、柔らかな生地のクレープだった。
「え! いいんですか、こんな美味しそうなものをもらって?」
「俺と夏奈がいつも『天』に来ると食べるんだ。味は保証するぜ」
美味しそうなクレープを前に、眼を輝かせる沙希。魔属の前で勇ましく振る舞ったりしているが、彼女はどこにでもいる普通の女子中学生なのだ。甘い食べ物が好きでおかしい点など何一つない。当たり前なのだ。
「では、いただきます」
沙希はクレープに一口ぱくりとかぶりつくと衝撃に襲われた。
それは感じたことのない味覚。甘いでも辛いでも酸っぱいでも苦いでも渋いでもない。このクレープには何が入っていれんだ、と中を覗き込むと、
「ぎょ、餃子!?」
中には餃子が入っていた。このクレープは餃子クレープだったらしかった。さすがは、餃子専門店というわけで、店の商品すべてが餃子に関連していた。
「どうだ、うまいか!」
期待の眼差しを向ける明に、沙希は餃子クレープをもう一口食べて答える、
「はい、予想外の味で美味しいですよ」
褒めてるのかそれは、と首を傾ける明だが、沙希が喜んでいるようでよかった、と一息吐いた。
沙希が普段から魔属との戦闘ばかりであまり出掛けたことがないだろうと思った、明の優しさだった。
明はショーケースから餃子のストラップを取り出して、ムシャマルの小さな財布にお金を入れた。
「これやるよ沙希。記念だよ」




