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立花明とは……

「どうした、朝川の娘が支部に顔を出しにくるなんて珍しいな。なにかあったのか?」

不意に後ろから、声をかけられた。声からして少年。それも高校生ぐらいのものだ。亜矢はこの少年を知っていた。

「少し怪我したのよ、星野先輩」

亜矢は振り返り少年を見た。やはり、少年は亜矢の想像通り、星野佑真だった。朝川学園高等部三年生で天文部の部長である彼は、天界退魔組織・ランク序列九十四位。力を天界に認めれられて神具を授かった人である。

星野は団体でも活動していて、チーム『スター・ゲイザー』は団体ランクでもかなり上位らしい。

『スター・ゲイザー』は、天文部の部員に在籍している星野を含めた五人が所属している。普段から一緒にいて親しんでいる友人だからこそ、連携も上手いのであろう。

「こんな昼間っから魔属と戦闘でもしたのかよ!? 珍しいな、なにかが起きそうなのか」

「どうだかね、魔属の考えが完全に読めたことなんて一度もないから。でも、強い魔属が現れ始めたから、なにかは来そうかな……?」

亜矢の言葉を聞いて星野はニヤニヤと笑顔を浮かばせて、彼女を眺めた。

「それはお前が弱いからなんじゃないか、俺が稽古でもつけてやろおか」

「遠慮するわ、星野先輩の力だけは借りたくないから」

即答で返した亜矢の瞳には迷いはなかった。彼から受ける稽古なんて不必要だ、そう考えているのだ。それに彼女は彼が苦手だったのだ。

星野は亜矢から見て退魔者としてかなり強い方だ。幼い頃に家族を魔属に殺された彼は復習の為に、退魔者になったらしい。

それゆえか魔属と戦うときの彼は、無鉄砲というか、自分の身なんて気にせずに傷ついて魔属に立ち向かう。そのたびに、彼の仲間が制止にかかるが、あまり言うことを聞かないらしい。

そういう彼を見ていると、誰かの為に無茶をしている私を見ているようで嫌だった。

数十分で治療は終わり、すぐに解放された。自宅に帰ろうと、サテライトタワーに繋がるエレベーターに向かっていると、アナウンスが流れた。

『朝川様、至急一宮様のお部屋までお越しください。一宮様がお呼びです』

急な担任教師からの呼び出しに一瞬動揺したが、ここは学校でないことを思いだし、朝霞先生の部屋に向かった。

朝川支部には、というよりどの支部にも幾つかの簡易的な部屋が存在している。それは、普段から支部にいる人達が使うのもあれば、家がないという人が使うのもあるらしい。

朝霞先生の場合はその二つには当てはまらず、支部にある部屋は別荘みたいなものやで、と昔言っていた。

朝霞先生の部屋のドアを二回ノックする。

「亜矢です、入ります」

「どうぞー」

朝霞先生の返事を確かめてから、ドアを開くとこれはもう散らかりに散らかった部屋が視界に写った。

朝霞先生は元来片付けが苦手らしく、学校の教卓はおろか、自宅までもが酷い有り様らしい。

「やぁやぁ、朝川ちゃん。なんで、ウチが朝川ちゃんを呼んだと思う?」

中央にいるあぐらで座っている朝霞先生に部屋に入って早々振られた質問に、亜矢は部屋全体を見回して、ため息を吐いてから答えた。

「はぁ……もしかしてだけど、部屋を片付けてくださいとか」

答える代わりに、朝霞先生はニコリと笑った。どうやら、亜矢が言った通りらしい。

たしかに亜矢は明の妹、夏奈ちゃんに片付け術を伝授した本人だ。片付けなら得意分野だ。だからといって、そんなパシリみたいに扱われると気が進まなかった。

「その代わり、朝川ちゃんが片付けながら、ウチは独り言を呟くから、片付け頑張ってぇな」

「独り言ですか……」

床にしゃがみ、近くにあったビニール袋を広い散らかっているゴミをビニール袋に入れ始める。

「まずは何から呟こうかね……そやね、まずは第四魔界について呟こうかな」

亜矢はまだまだ退魔者として知識が少ない。だから、天界のことも魔界のことも天界退魔組織のことも魔術のこともまだまだ知らないことが多いのだ。

だから、朝霞先生が独り言形式で退魔者の授業のようなことをしてくれるのは嬉しかった。等価交換で片付けをしようらお釣りを渡さなくてはいけないぐらいだ。

「十年前に一つだった魔界は六つに分けられた。けどな、分けられたって言うても現在魔界内では争いがない、仲が良い状態なんや。にもかかわらず、六つに分けられてる理由はななんでだと思う?」

「……力の強い魔属がたくさんいるから……?」

亜矢なりに考えたが自信はない。

「うん、それが一番やな。二番は魔属の中でも種族が分かれているとかがあるな。で、力の強い魔属がおる……そんなん魔界中探せばごろごろいるやろうな。だけれども、その中でも格が違う魔属を『魔王候補』って言うんや」

「『魔王候補』」

亜矢は新しいキーワードを復唱して記憶に定着させる。呟きながらでも手は動きゴミをビニール袋に積め続ける。

「そんな『魔王候補』やけどな、実際そいつらの中から魔王になるらしいんや。現在魔界は六つ、そして、『魔王候補』は十人存在するらしいん。で、『魔王候補』が現れるんは千年に一度や。魔属はもとから寿命が長いからな、そんな強いやつはそう現れんらしいんや」

亜矢は朝霞先生の言葉に、でも、と口を挟む。

「誰がそいつを『魔王候補』って決めるんですか? ただ強いってだけが特徴じゃ、誰もが自称『魔王候補』になれるんじゃないの?」

朝霞先生は冷凍庫からアイスを取りだして、くわえる。

「良い質問やで朝川ちゃん。そうや、『魔王候補』には他の魔属とは絶対的な違いがある、それはな魔力の質や。魔王とそこら辺の魔属とでは、魔力の質が圧倒的に違うんや、勝利と敗北場数と経験とを味わっている魔王が放つ魔力は、なんというか重みがあるんや、潰されてしまいそうなほどに」

「……そんな魔力を『魔王候補』も持ってるってわけね」

朝霞先生はうんうん、とうなずく。

「さすがは、朝川ちゃんやわ。物わかりが速くて助かるわ」

ゴミでパンパンになったビニール袋を結びながら、まだまだゴミが多いな、とため息を吐いた。

「で、話を戻すと。今ウチらの住むここ朝川市を襲ってきてるのは第四魔界や。しかし、なぜ第四魔界から魔属が朝川に送られてきてるか、朝川ちゃんは知りたい?」

知りたい?、と問われ返答に困った。朝霞先生は聞かなくても色々と教えてくれる、だから逆に今言おうか躊躇っているということなのだろうか。それほどまでに、重要な話なのだろうか。

「教えてください、あたしは知らなきゃダメなんです。あいつを守るために、きっと」

亜矢に迷いはなかった、彼女が危険な退魔者になった利用は、大切な人を守るためだ。だから、大切な人を守るために必要なことだと判断したのだ。

「そやね、これは朝川ちゃんが守りたい人にも関係する話でもあるからな」

お、アタリや! 、と食べ終えたアイスの棒に書かれていた文字に、朝霞先生は歓喜の声を上げる。

守りたい人にも関係する話と言われて、亜矢はビニール袋を離して、朝霞先生が話すのを待った。

そして、朝霞先生が言った言葉に亜矢は動揺することしかできなかった。

「まずな……立花明は『魔王候補』や」

十年間ともに過ごしてきた友達が、守りたいと思っていた友達が、好きになっていた友達が魔属である。亜矢はただその事実に衝撃を受けて言葉が出てこなかった。





図書室からの帰り道、明は家の近くのコンビニに寄っていた。部活でくたくたになっているだろう、夏奈にアイスでも買っていってやろうと思ったのだ。

ただコンビニでアイスを買うだけのはずなのだが、沙希がとなりにいた。

沙希曰くは、立花先輩は危険な存在ですので、家まで送ります、のことだ。また、結界の中に不慮の事故で入ってしまうかもしれないから、一緒にいた方がいいらしい。

「あ、立花先輩このアイス夏奈ちゃん好きですよ。これにしましょうよ、夏奈ちゃんきっと喜びますよ」

もし、今明が結界の中に入ってしまい魔属が現れたら沙希は戦えるだろうか。答えは否である。連戦が続いた沙希にもはや霊力は残っていない。

「バーゲンダッツって高ぇよ! もっと安いのにしろよ、ウルトラカップとかよ」

「ところで、立花先輩お金ないですよね、どうするんですか?」

沙希に言われて明は、はっ、思い出した。明は沙希の視線を窺うと、

「もう今日は借しませんよ。自分でどうにかしてください」

ですよねぇ、と苦笑いを浮かべると、沙希が明の背中を押しながらコンビニを出る。

「立花先輩、さぁ行きましょうか。家近いんですよね」

「お前家まで来る気なのかよ」

「大丈夫です、玄関で待ってます」

「無理だろうな、夏奈が家に入れるだろうな」

「ははは、そうかもですね」

明と沙希は二人して笑った。今思えば、こんな美少女と知り合えたのは奇跡だ。

「なにしてるんじゃー!」

そんな奇跡みたいな一時に、背後から明の背中にドロップキックが飛んできた。明は倒れて、地面に手を着く。

「沙希ちゃん大丈夫、わたしのお兄ちゃんに変なことされてない!? いやらしいことされてない!? 沙希ちゃんはわたしが守るからね!」

明を蹴り飛ばしたのは、部活帰りである妹である夏奈だった。彼女は沙希を庇うようにして、前に立ち明から沙希を遠ざける。

「なにすんだよ、夏奈! 痛ぇじゃねーか!」

「まだ生きてたの、お兄ちゃん。沙希ちゃんをナンパして許されると思ってるの。お兄ちゃんって年下好きだったんだ、お兄ちゃん酷いや! わたしという妹がいながら」

「いや、ナンパしてねぇし、年下好きでもねぇし、シスコンでもねぇよ、俺は!」

立ち上がりながら言う明に付け加えるように、沙希も口を開く。

「そうですよ、立花先輩はナンパなんてしてませんよ。シスコンではあるかもしれませんね、夏奈ちゃんのためにアイスを買おうとしてましたし……年下は好きじゃないんですか」

小さい声だったため最後の呟きは聞き取れなかった。しかし、夏奈の瞳は沙希の言葉によって潤んでいた。

そして、夏奈は明に抱きついてきた。

「うぅ、お兄ちゃん……疑ってごめんなさい。もうしません、許して。そうだよね、お兄ちゃんにナンパなんてできないよね、できるわけないよね。お兄ちゃんを信じきれなくてごめんなさい」

明の精神を抉る言葉を口にしながら抱いた夏奈は瞳から涙を流していた。明は心を貫かれて、ちょっとショックを受けているようだった。

なんとも異形な二人の様子を呆然と眺めていた沙希だが、夏奈に声をかけられて気を取り戻した。

「ナンパじゃないなら、なんでお兄ちゃんと沙希ちゃんが一緒にいたの?」

「そ、それは……」

言えない。夏奈ちゃんのお兄さんは危険な存在なので、監視のため一緒にいました、なんて言えるわけがない。

「さっき偶然コンビニで会って」

沙希はなんとか思いついたでまかせを口にするが、夏奈は首を傾けて、

「沙希ちゃんの家って反対側のほうだよね、なんでこっちのコンビニに?」

「ええと…………」

アドリブにとことん弱い沙希は、目をぐるぐる回してしろともどろする。そんな彼女の耳に夏奈に聞こえないよう明は呟いた。

「偶然買いたいものが売り切れてた、とか言え。さらに言えば、アサニャングッズがなかったって。そしたら、夏奈の疑いも晴れるだろう」

「なるほど! ……ありがとうございます」

夏奈に聞こえないよう、礼を言った沙希は明の言われた通り口にした。文字通り言われた通りに。

「偶然買いたいものが売り切れてた、とか言え。さらに言えば、アサニャングッズがなかったって。そしたら、夏奈の疑いも晴れるだろう」

沙希の言葉に、夏奈は首をさらに傾けて、明は顔に手を当てた。

「あれ立花先輩これでいいんじゃないんです!? さっきより誤解されているような気がするんですけど」

「あぁ、俺は誤解してたよ。お前ってバカだったのな」

明はため息を吐いた。さっきまで、明に英語を教えていて、さらに言えばあんな恐ろしい魔属と戦っていた少女と同一人物とは思えなかった。

「……やっぱり、お兄ちゃん、沙希ちゃんになにかしたでしょ! 沙希ちゃんなんか変だもん!」

夏奈が沙希の口にした言葉を不思議がり、明を睨む。

「なんでそうなるんだよ、俺はなにもしてねぇよ!」

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