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高崎鉱我は平穏を望む

沙希の一言に高崎は、なんでだ? 、と首を傾げた。

「だって、立花先輩のことをなにも知らない人が見たら、女子に見えますよ。ですから、今のこの画を他者から見ますと、女子の勉強会に入ってきたナンパ少年っていう感じですよ。だから、標的は高崎先輩にしか向きませんよ」

沙希が紡いだ言葉に高崎は、そうか、と納得したように手を打った。

「そうか、じゃねーよ。たしかにめんどくさくなくなるのはラッキーだけど、女子に勘違いされてだと半分だな」

「いいじゃないか、べつに減るもんじゃないだろ」

「減るわ! 俺の精神力がガリっと持ってかれるぞ!」

「ははははは……で、なんか用があるんだろ、俺にさ」

明との会話を一段落楽しんだ高崎が明に訊いた。明はめずらしく真剣な表情の高崎にびっくりした。

「あぁ、お前さ、『境界の管理人』って知ってるか?」

高崎は、腕を組み考える素振りを見せる。

「すまねぇな、俺も知らねぇよ。それなんのラノベのタイトルだよ」

笑って返す高崎に、そうか、と明も返す。まぁ、魔属がらみの話を明と同じく一般人である高崎が知っているほうがおかいしいのだ。

「いや、ラノベじゃねぇよ。俺達も『境界の管理人』がなにか調べてるんだよ。人の名前だとは思うんだけど」

沙希もうなずいて、

「はい、少し気になることがあったので調べているんです」

「わかったよ、なんかわかったら連絡するよ。俺は帰るわ。ここにいたら回りに勘違いされそうだしな。そうなるとめんどうだ。めんどうごとは御免蒙るんだよ」

高崎が手を振って去っていくのを眺めてから、明は視線をプリントに移した。そして、高崎にも手伝わせればよかったと思った。

「立花先輩、ジュース買ってきますね」

了解、と顔文字付きでプリントの端に書いて沙希を見送った。





図書館を出て高崎は、はぁ、と浅くため息を吐いた。

「なんであの二人が一緒にいるんだよ」

一人言を呟き、自販機で缶ジュースを買う。プルタブを開け、プシュと炭酸ジュース特有の音が鳴る。

しゅわしゅわとはじける炭酸ジュースが喉に染み渡る。

ぷふぁ、と一息吐くと、背後から彼を呼ぶ声がした。

「高崎先輩……少しいいですか?」

朝川学園中等部のプリンセスで、高崎の友人である明に図書館で英語を教えていた、藤田沙希だ。

「どうしたんだ、中等部のプリンセスが、しがない高校生になんのようだ?」

ごく自然に、ごく普通に、ごく当たり前に、どこにでもいる先輩がどこにでもいる後輩に接するように話したつもりだ、だから、沙希が言う言葉に高崎は驚いた。

「あの、失礼かもしれませんけど、高崎先輩から……魔力の匂い、じゃなくて、血の匂いがするんですけど、気のせいですよね」

おいおい、一体全体どういうことだよ、これは!? なんでそんなことわかるんだよ!? 血の匂い、というより、俺が魔力を持っているってことまでわかったのかよ!? ただの天才退魔者どころじゃないだろ、こいつ!? 、高崎は完全に思考回路が全速力でこの現状をどう打開しようと考えている、沙希が付け加えるように言った。

「でも、高崎先輩からは優しい力も感じるんですよ……なんというか、わたしや亜矢先輩が持っているような」

彼女が言った、優しい力とは霊力のことだろう。

なんだこの子、全てまるっとお見通しな感じかよ。

高崎はふぅ、と息を吐き冷静さを取り戻して否定する。

「気のせいさ、俺は至ってどこにだっている、常識通りの男子高校生だよ」

やっぱり、気のせいですよねー、と沙希は微笑む。しかし、高崎は笑えなかった。

なぜなら、彼が霊力と魔力を持った、人外だとは朝霞先生しか知らない事実だからだ。

彼を拾ってくれた朝霞先生に育てられ、朝霞先生の退魔者の仕事を手伝ったりしている。昨夜、強い魔属と戦闘して死にかけたが、魔属の腕は斬り下ろした。そのときの魔属の血の匂いが残っていてもおかしくはない。

「変なこと訊いてすいませんでした……で、もう一つ質問があるんですけど、いいですか?」

改まって訊いてくる彼女に、変な質問じゃなければな、と答える。

ゴールデン・ウィークにこれと言って予定のない彼は、暇なのだ。だから、彼女の質問に答えることは暇潰しになる。

「亜矢先輩って、立花先輩のこと好きなんですよね。もう一人の幼馴染みである高崎先輩から見て二人はどうですかね?」

沙希の質問は一つ目とはまったく違い、女子が普通にしていそうな恋バナみたいなものだった。

高崎は亜矢が明を好きという事実は知っていた。というより、二人をすぐ近くで見ていれば普通に気づくだろう。だから、明の幼馴染みでもあり、亜矢の幼馴染みでもある彼は、二人がとっととくっつくことを望んでいた。

だがことはそう簡単には行かず、いっこうにくっつく気配を見せないのだ。自分からなかなか「好き」と言い出せない亜矢と、亜矢からの視線にまったく気づかない明。見ててため息しか出てこない。

彼は亜矢に多々助言をしているのだが、亜矢がドジというか、不器用というかで、なかなか彼の助言を助言通りに実行できないのだ。

亜矢が明を好きになった詳しい事情はわからない。だけれども、友達が幸せになるのはそいつの友達である俺も嬉しいのだ。

「とっととくっつけって思ってるよ、なんか見ててこっちがイライラしてくる。俺が明を貰っちまうぞ」

冗談を込めて高崎が言うと、沙希が二歩後ろに下がる。

「ですよねー……え、そっちですか!? 立花先輩を貰うということは高崎先輩はホモという人間なんですか!? 男のほうが好きなんですか!? たしかに、立花先輩はかわいいですけど、男同士というのは少しどうかと思いますよ」

真面目なことを返されて、高崎は浅くため息を吐く。この中等部のプリンセスはまったく冗談が通じない。やはり、優等生は皆こういうものなのだろうか。

「冗談だよ、忘れてくれ。たしかに、明はかわいいがあいつとは友達のままで十分だよ。あいつと亜矢を弄るのが、俺の今の職業みたいな感じだからな」

「え、そうだったのですか。ごめんなさい、本気かと思ってしまいました。すいません」

いーよ、と言いながら高崎は自販機でジュースを二本買った。

「ほらよ、これ明と沙希ちゃんの分」

高崎が沙希に買ったジュースを渡す。片方は明の好きなスポーツドリンクだ。友達の好物ぐらいは覚えているものだ。

「これ明の好きなやつだから、喜ぶと思うぜ」

「ありがとうございます……えと、いまお金を」

財布をポケットから取りだし、お金を探す沙希に高崎が、

「いいよ、お金は。その代わり、俺の質問に答えてよ」

「え……ダメですよ。そんなお金は笑います」

譲ろうとしない沙希に、高崎は薄く笑顔を浮かべながら言った。

「じゃーこうしよう、お金は貰う。その代わり、俺の質問に答える……いいでしょ」

どう考えても彼の得にしかならない提案だが、沙希は特に疑おうともせずに、わかりました、と頷き彼にお金を渡した。

「オーケー、じゃー質問だ。沙希ちゃんは明をどう思ってるのさ?」

「えーー?」

彼の言葉の意図を理解でぎず返答に困ったらしい。それを見て、彼は付け加える。

「明が問題解いてるときさ、ちょくちょく明のことをジロジロ見てたからさ、これはひょっとして、と長年明と亜矢の関係を見てきた俺は思ったわけなんだが、どうだ?」

挑発じみた笑みを浮かばせ、挑発染みた仕草をする高崎。ただの暇潰しの予定だが、面白そうなものが見れそうだ、と高崎は心の中でも笑った。

「見てたんですか!? ……じゃなくて、それはあれですから。えーと、そうです! 立花先輩がちゃんと宿題を解いてるか確認してたんです! 亜矢先輩と同じ気持ちで、立花先輩を見てませんよ! むしろ、あんな変態って思ってますよ!」

沙希が腕をぶんぶん振りながら、怒ってるような恥ずかしがるような声音を上げる。顔は少し赤くなっている。これが夕陽のせいじゃないことを高崎は知っている。

「変態って明がなにかしたのか?」

高崎は考えるが、明がそんな人間のはずはないと思う。むしろ、変態とか苦手なやつだ。昨日の夕方なんて女子に間違えられナンパされてたわけだし。助けなきゃいけなくなったじゃないか、まったく、昨日の出来事を思い出す。

「さっきのことなんですけど抱きついてきたんですよ! 変態です! 不埒です! 破廉恥です!」

沙希の話を聞いて高崎は、ふーん、と頷いた。

「でも、おかしいな。俺が知る限りでは明は、そんなひょいひょい女の子に抱きつくような奴じゃないから。あいつに年下趣味があったら話しは別になるけどな」

「立花先輩が……年下趣味、ですか」

「そ、だから、同級生や年上よりも年下が好きだとしたら、亜矢の反応に気づかないあいつにもそうだったの、と思える」

「ダメですよ! 亜矢先輩がいるのに!」

沙希の反応に高崎は、ぷっ、と吹きだす。

「冗談だよ、あいつは見ての通りバカだからな。こういった恋愛感情もわからないのかもな。手のかかる奴だよ」

やれやれ、と頭を掻く高崎。明が一人だった昔、話しかけようよ、と先に言ったのは亜矢だった。たぶん、その時からもう亜矢は明が好きだったのかもしれない。人を顔で選ぶなよ。

「また冗談ですか、高崎先輩の言葉に真実はあるんですか?」

「おいおい、酷いことを言うな沙希ちゃん。俺だって真実は言うさ、例えば……」

彼はなにかまた面白いことを言おうと、考えたが止めた。これ以上沙希と会話しているのは危険かもしれない、と彼は判断した。気づくと心なしか視線が痛い。

「そのジュース温まっちゃうから、早く届けたら。明もまったくわからなくて困ってると思うしさ」

「あ、そうですね……では、失礼します。また会いましょう、高崎先輩」

沙希はペコリと礼をして、図書館へ駆け足で戻っていく。

高崎は沙希の姿が見えなくなってから呟いた。

「こんな日常が続けばいいんだけどな。魔属(やっこ)さんはそんなの許してくれないよな」

彼は携帯電話を耳に当て、人混みの中に姿を消していった。





天界退魔組織・朝川支部。それは朝川市の中心にそびえ立つ、サテライトタワーの地下に存在する。

なぜ地下に存在するかというと、地上に建設するより、地下のほうが回りの建物や魔属との被害をあまり気にしなくてすむなどと、色々と便利だからだ。

この浮游都市が浮かべている訳は。人間の技術の進歩が素晴らしいということもあるが、それは三割ぐらいだろう。

残りの七割はなにかと言うと、霊力という特別な力だ。

天界退魔組織・朝川支部、向行ヶ原支部(むこうがはらしぶ)久流島支部(くるしましぶ)、すべては地下に存在する。そして、そこには厳重に保管されているものがある。それが都市を浮游させている正体と言っても過言ではないだろう。

もしそれが消滅したならば、この浮游都市は浮力を失い落下を開始するだろう。それを死守するために、それぞれの支部には退魔者ランクの高ランカーが五人は駐屯している。

だから、支部に寄れば必ずその五人とは会うことは出来るのだが。べつに会いたくはない、高ランカーとの力の差なんて知ったって、憂鬱になるだけなのだから。

亜矢は、サテライトタワーの地下に繋がるエレベーターに乗り、朝川支部の保健フロアーに向かっていた。

魔属との戦闘でかなり身体にダメージを負ってしまったため、一度治療を受ける可能性があると判断したのだ。

退魔者でも分類は基本的に二つに分けられる。団体(チーム)で魔属を討伐するか個人(ソロ)で魔属を討伐するだ。

団体で組むと、個人ランクの他に団体ランクもあるのだ。退魔者の中で、個人大会とか団体大会を行い、士気を上げるというか、自分の力を試すことをしたりする。

亜矢は現状では団体ではなく、個人で魔属を討伐するほうだ。沙希とは退魔者の新米教育期間だから一緒に行動をしているわけで、チーム組んだわけではないのだ。

べつにチームが嫌いなわけでも、チームになりたくないわけではない。むしろ、亜矢はチームに憧れているのだ。一人でやるより効率もいいし、死ぬ確率も低くなる。

今まで誰もチームに亜矢を誘わなかったのだ。退魔者の友達が亜矢にいないわけではない。ほんとはいないのだが。

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