【ジンスⅡ】
「とはいえ、私がここに来たのはそんな話をするためじゃないんだよね。生憎、そこまで暇な神様じゃないんでね。神様の威厳ってものも保たなきゃいけないの」
本当かよ。お前の言う威厳ってやつは、とうの昔に粉々に砕け散ってると思うけどな。
その言葉が終わるや否や、私のもう片方の手に、突然見慣れぬ斧が握られていた。一際目を引くのはその斧刃だ。両面に構えた大斧の刃は黒の中に赤が滲み、真ん中には三匹の毒蛇が絡みついている。斧面には二つのぎょろりと膨れた目をした毒蟾蜍がはめ込まれ、刃口に並ぶ突起はまるで蜈蚣の毒足そのもの。しまいには斧柄の先まで蠍の尾針のように捻じれている。こんなものを、か弱い魔導師の私がなぜ持てているのか、だって? だって今はこれ、ミニチュアのおもちゃみたいに小さいんだもの。
「これはアムニへのご褒美だよ。神賜だって伝えておけばいいからね。それから、ずっとサボってたそこの可哀想な子には、もちろん……なーんにもなしだよ~」
「ありがとう、ございます。今回は、私、本当に何の力にもなれなかった。これ以上の褒美は必要ありません。あなたがどんな気持ちで、どんな思惑でこの斧を授けてくれたにせよ、事実として、あなたは私たちをずいぶん助けてくれました」
「あなたがいなければ、私たち、あの場所で本当に死んでいたかもしれません」
「うん……じゃあ、せいぜい感謝するんだね。どうかこれからも、君たちの旅路の中でもっと楽しみを探させておくれ。覚えておくといい、私の名は【ジンスⅡ】」
手の中の人形は消え失せていた。顔を上げてクォーツ時計を見上げれば、時が再び刻まれ始めている。
「神様って、みんなこんなに我儘なのかな」アムニの病室へ向かう道すがら、私はそう呟いた。扉を開けると、彼女はベッドの上でぼんやりと座り込んでいる。
「あれ、もう起きたの? どこか痛むところはない?」
「ない」言うなり、アムニはあっさりベッドを下りた。無論、私に彼女を引き留めるつもりはない。
「お二人とも、ここで何をされているんですか? ご入院のご登録は?」物音を聞きつけてやってきた若い看護師が、怪訝そうに声をかけてくる。
「私たちは別に……」「そこ、俺のベッドでしょ!? 医者を呼ぶぞ、なんで俺のベッドに見知らぬ人が寝てるんだよ」突然、病衣を着た男性が割り込んできた。あらためてアムニを見やれば、いつの間にか彼女が着ていたはずの病衣が消えている。
「ああ、そういうことか」あのふざけた神様、アムニを治療する方法とやらは、水竜の一件を丸ごと消し去ってしまうことだったらしい。そうなればアムニが傷を負った事実そのものが「なかったこと」になる。なんて安直なやり方。ただ、アムニがこの記憶をまだ持っているかどうかはわからない。
「すみません、子供がちょっといたずらしちゃって。もう何でもないので、私たち、これで失礼します」言い終えるが早いか、私はアムニの手を引いて、一目散に走り出した。このクソッタレな病院の消毒液の匂いだけは、もう一秒だって嗅いでいたくなかった。
アムニはされるがままに手を引かれ、何も言わない。まずは訊いておこう。「私たちがどうしてこの病院にいるか、わかる?」私は合言葉を交わすように尋ねた。
「水竜」
どうやら記憶は消えていないらしい。「本当に、ごめん」私はアムニに向き直ると、深く頭を下げた。ところが距離が近すぎて、二人分の頭が正面からぶつかった……まったく、情けないったらないな。今の私は、足の指一本で三室一間の豪邸でも掘り出せるんじゃないかって気分だ。早く話題を変えなくちゃ。そうだ! あの斧だ。私はそれをポケットから取り出して、アムニの手に押し込んだ。彼女の手に収まった途端、斧はすぐさま元の大きさへと膨れ上がる。
「これ……神賜なんだって」
「わかってる。意識を失ってるあいだに、いろんなことを思い出した。でも、今はまだ、お前と一緒にいたい。一緒に……借金を返したい。。。」
「それ、この十数日で一番長いセリフだよ。でもね……私もだよ。私も、アムニと一緒にいたい。君がたくさんのことを隠してるのはわかってる。でも、それでもいい。私たち、また依頼を受けに行こう。一緒に、離れずに、あの借金を返し終えるまで。君が自分から、そのことを話してくれるって言う、その日まで」
そう言い終えると、なんだか頭がくらくらしてきて、視界もぼやけてきた。二日間一睡もしていないからかもしれない。家に帰ってから休んでも遅くはない。竜は消えたとはいえ、私の手持ちの古銭でなんとか経済的には凌げるはずだ。
もしかしたら鑑定士とかを探す必要があるかな? 冒険者ギルドに頼めばなんとかなるだろう。そのあとはまた依頼を受けよう。もしかすると、私たちはこの町を離れることになるのかもしれない。でもその先はどうなるのか? 私にはわからないし、あまり考えたくもない。ともあれ、生活は続いていくのだ。
「私が、幸せにしてあげるからね」
少女はそう呟いた。とっくにそよ風にかき消されてしまった、その言葉を。




