町に入って、そしてカモにされる
一時間。空はまだ静かで、太陽も眩しいまま。
私たちはようやく町に辿り着いた。アムニは私を、ほとんど客のいないレストランへと連れて行く。もしかして、私があんまり空腹なのを見て、さっさと手続きを済ませようってこと? この子、案外気が利くじゃない。
入る前、入り口のあたりでホームレスが何やらぶつぶつ呟いている気配がした。全然聞き取れないけど、なんとなく嫌な予感がする。どうやらこの店、ただものじゃなさそうだ。でも、白昼堂々だし、命の危険まではいかないでしょ。
店内の調度はきちんと整えられ、整然としている。店員が洗い上げたばかりの皿が、照明の光を浴びて銀白色にきらめいていた。
「お嬢さん方、ご注文は何になさいますか?」
ウェイトレスの女性が、熱意あふれる笑顔で近づいてきた。
私は差し出されたメニューを受け取り、さっと目を通す。しかし妙だ。このメニュー、人気ランキングのトップ10しか記載されておらず、それ以外は特に何の表示もない。
「うどんをひとつで」
「私もそれで」
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「あの……食べないの?」
「まだお腹は空いてないから」
「だからって、ずっとこっち見てなくてもよくない?」
あああっ、口に出ちゃったじゃない! くそっ、こいつうどん食べもしないのに、なんで同じもの頼んだわけ? 食べないだけならまだしも、こっちばっかりじろじろ見てさ。
「ごめん」
「ち、違うの! ただちょっと、慣れてないだけで」
どういうことよ!? ちゃんとご飯を食べなさいっての! 私はおかずじゃないんだから、見てたって仕方ないでしょ? まあいいわ、せっかく奢ってくれるんだし。
私がだいたい食べ終わったのを見計らって、
ウェイトレスの女性がまたやってきた。
「お客様方、だいぶお済みのご様子ですね。新店開店特大キャンペーン中で、たったの銀貨二枚になりますよ」
この大陸だか国だかの通貨レートは、まださっぱりわかっていない。私はアムニの方に視線をやった。
「じつは
お金、持ってない」
「あ」
「それはご愁傷さまで。もしお金をお持ちでないなら……お身体にちょっと、障りが出るかもしれませんねえ」
背筋に冷たいものが走る。そういえば新店開店って言うのに、なんでこんなに客が少ないの? それに銀貨二枚って、聞くだけで相当な額に思えるんですけど! あとおまえ、自信たっぷりに私をこの店に連れ込んどいて、自分は一文無しで奢ろうって、どういう神経してんのよ!?
ふと、さっきまで硬貨を確認していたのを思い出し、私は銅貨を一枚、差し出した。
摩耗の痕から判断するに、あれらの硬貨はかなり長期間、保存されていたに違いない。もしかしたらすでに通用を止められているか、あるいは別の国のものかもしれない。両者のレートがわからない以上、いちばん額の小さな通貨を出して反応を探るのが得策だ。
「えっ! あんた、なんで古銭を……!?」
ウェイトレスの女性は、すぐさま自らの失態に気づき、居住まいを正した。が、目に宿った強欲の光だけは、どうにも隠しきれていない。
「ご利用まことにありがとうございます! またのご来店を!」
不機嫌面から恐縮千万まで、わずか二秒。
思ったとおりだ。この古銅貨、たった一枚で、新レートの銀貨二枚分の価値を軽く上回っている。
古銭、ね。私、けっこう歳いってたりして(おばあちゃんだったらやだなあ)。
こんどはアムニが、私の後ろから店を出た。
「ごめん」
またこの短い謝罪。今日これで何度目? まあ、まだ二回目だ。いいや、こんなおバカな子に腹を立てても仕方ない。むしろ、彼女の口からなにか情報を引き出すべきだ。
まだこの大陸のことはよくわかっていない。誰か案内役が必要だ。これまでの様子からすると、少なくともアムニには私を害そうというつもりはない。野外には魔物がうろついているのに、たった一人で森を越えてこられたということは、最低限の戦闘能力か、あるいは魔物への対処法を持っている証拠だ。それに今日この瞬間まで、私に好意を示してくれたのは彼女だけだし(断じて、ろくに人に出会ってないからじゃないわよ)。この大陸の人々の考え方がはっきりするまでは、まだ彼女を手放せない。
「気にしなくていいってば。私、べつに気にしてないしね。でも見てのとおり、このままじゃ私たち、ほんとに破産しちゃうんだけど」
「これ以上なんの収入もなければ、そのうち本当に野宿になるわよ。そこの可愛いお嬢さん、どっかに金を稼げるあてはないの?」
このおバカな子供は、数秒ばかりきちんと直立してから、ゆっくりと、こくりと頷いた。そうして私を、とある壮大な建物の前まで導いてみせる。
その建物を目にして、私は少しだけほっとした。なんだ、やっぱりこの子、まともなんじゃないの。




