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八八冒険記  作者: 夢形えいて
1章
30/51

ユウの葛藤(sideユウ) 03

 「俺は神田川という。お前は料理を作るのか?」

 「はい、高校生になるまでは料理人になることが夢でした。でも、今は諦めて、趣味としてたまに作っている程度です。」

 いつもどおり単なる過去の話をしているつもりで話そうとしたが、神田川さんを前にしていると何かいつもと違う感情が心の奥に漂っていた。

「そうか・・・なんで諦めたんだ?」

 神田川さんは先程と同様、厳しい声で聞いてきた。

 「さっきも言いましたが、僕には人よりも嗅覚が良いっていうスキルがあります。でも、料理の勉強をしていくうちに、嗅覚のスキルでは一流を目指すことに限界を感じ、なぜ自分には味覚のスキルがないのだと絶望するようになり、料理人になるのを諦めたんです。」

 今までとは違い、話す声が暗くなっていた。

 「そうか・・・。お前、ここにあるもので何か作ってみろ。腕前をみてやる。」

 神田川さんは、突然、僕に料理するように言ってきた。

 「は、はい!」

 突然の神田川さんの言葉にびっくりしたが、この人はただの料理人じゃない、そんな人に自身の料理の腕をみてもらいたい、いや、みてもらうべきだと直感で思った。そう思ったら返事をしていた。

 ふと、会長たちを見ると不安そうな表情をしていたが、僕は大丈夫ですと頷いた。そして、調理場に入ったとき、ある物を持っていたことを思い出した。

 「神田川さん、これを使っても良いですか?」

 カバンから今日の午後の休憩中にみんなで食べるために持ってきた鶏ハムを入れたタッパーを取り出した。

 「使いたいなら好きに使って良いぞ。」

 神田川さんのその言葉を聞き、タッパーをキッチンの上に置いた。そして、身なりを整え、手を入念に洗った。いつも料理をする前に行うルーティンである。

 置かれている食材を一通り見ると、浅葱を手にとりみじん切りにした。その後、小さめのボウルを一つ手にとった。そして、その中に味噌、味醂、醤油、みじん切りにした浅葱、少しの一味と黒砂糖を入れて良く混ぜてタレを作った。

 次に、タッパーから鶏ハムを取り出した。山椒と柚がほのかに香るように味と香り付けした和風の鶏ハムであった。表面には、鶏ハムを作る際に散らした、叩いた山椒の葉がちらほらと付いており、きれいな緑色をしていた。

 その鶏ハムを7ミリほどの厚さに切り、お皿に並べた。そして、山椒の実をタレに少量加え、軽く混ぜた後、並べた鶏ハムの上にかけた。最後に、タレをかけた鶏ハムの上に山椒の葉を乗せて完成とした。

 「これは、お前が持っていた鶏ハムにタレをかけたものか?」

 「はい、いつも皆さんが美味しいって言ってくれる鶏ハムを評価してもらいたいんです。なので、シンプルに今日の鶏ハムに合うと思うタレを作って、かけただけにしてみました。」

 神田川さんの言葉に、自信たっぷりに答えた。

「そうか・・・。まぁいい、では食べてみるか。」

 神田川さんは箸で鶏ハムを一切れつまむと口に運んだ。そして、目を瞑り、味わうように静かに咀嚼した。僕はその様子をじっと見ていた。神田川さんは鶏ハムを食べ終わると僕の方を見て言った。

 「ダメだな」

 「そんな・・・。どこがダメなんですか?!」

 神田川さんの一言に思わず声を荒げていた。自信があっただけに驚きと落胆が隠せなかった。

 「ちょっと待ってください。」

 後ろを振り返ると、入口のところで僕と神田川さんの様子を見ていた会長が、こちらに向かって歩いてきていた。

 「確かに、一流の料理人であろう貴方に比べたら、ユウは劣っていると思いますが、それでもそんなにあっさりダメと言われるほどの腕とは思いません。」

 「そうだ。ユウはいつも俺たちに美味しい料理を作ってくれているぞ。」

 「嘘じゃないですよ。いつも僕たちはユウの料理を楽しみにしています。」

 会長に続いて、ヨシ先輩、シュンさんも僕の料理の評価に抗議をしていた。

 「だったら、お前たちも食べてみろ。」

 神田川さんは、会長と入口のところにいたヨシ先輩とシュンさんに向かって声をかけた。会長は、僕が作った先ほどの料理の皿を取って鶏ハムをしっかり味わうように食べた。ヨシ先輩、シュンさんも会長と同じように鶏ハムを食べていた。

 「美味しいですよ。いつもユウが作ってくれる鶏ハムの味です。」

 「それに、さっきのタレがこの鶏ハムによく合ってます。」

 「ええ、とても美味しいです。」

会長たちは、先ほどの鶏ハム料理を美味しいと褒めてくれた。自分でもいつも通りの出来であったと思う。

 「だろうな。」

 会長たちの感想を聞いた神田川さんは、そう言った。

 「香りのバランスは良い。味も悪くない。だがそれより、この鶏ハムにはこれを作った時に込められた想いが感じられない。」

 「想い・・・?」

 神田川さんの言葉に戸惑いと苛立ちを隠せなかった。

 「そうだ。お前の料理がその料理を作るときに何を考えたか、何を想ったかを感じられないうちは俺は良い料理だとは思わん。」

 「想いって何なんですか!美味しかったら良いじゃないですか!」

 何故か神田川さんの言葉にイラっとしてしまい、声を荒げてしまった。

 会長たちは、僕と神田川さんのやりとりを黙って聞いているようだった。

 「そんな風に考えてるなら、認めることは出来んな。悔しいなら、また何か作ってみろ。」

 神田川さんは、落ち着いているが迫力のある声で言い放った。

 無言で神田川さんを見ると、再び食材に手を伸ばし少し離れた調理場所に移動し、調理を始めた。

 豚バラの塊を手に取り、その豚バラ肉をたっぷりの水とショウガや長ネギが入った鍋にいれ、脂を十分に抜いた。その後、2cm角くらいの大きさに切り、別の鍋に醤油や黒砂糖、味醂などで出汁を作り、先ほどの豚バラ肉とあらかじめ作っておいたゆで卵を入れた。

 そして、十分に味がしみこむまで時々脂を取り除きながらじっくりと煮込んだ。煮込んでいる間に神田川さんを見たが、神田川さんはこちらを見ることなく自身の作業に戻っていた。やがて、豚バラの煮込みが終わると、皿に豚バラと半分に切ったゆで卵を盛りつけ、最後に軽く山椒を振りかけた。鶏ハムと同じく得意料理の一つである豚バラの角煮の完成だ。

 料理が出来たので、神田川さんに声を掛けようとすると、神田川さんはこちらに来ていた。

 自分の調理をしながら、僕の様子を見ていたようだ。神田川さんは、僕が作った豚バラの角煮を見たあと、箸で豚バラを一口サイズにし、口に運んだ。

 神田川さんは、しばらくすると箸を置いて僕の方を向いた。

 「この角煮には、すりおろしたトマトを漉したものを混ぜているな?わずかだがトマトの酸味が感じられる。その酸味が角煮の脂っこさをさっぱりとさせて食べやすくなっている。」

 神田川さんの感想に嬉しくもなったが、驚きもした。トマトの量は、角煮のタレを味見したときに自分でもわからないように気を付けて調整したからである。

 それを見抜かれたのだ。やはり神田川さんは只者ではないと思うと同時に悔しかった。

 「お前は、この角煮を作るときに何を考えていた?」

 いろいろ考えている僕に、神田川さんが問いかけてきた。

 「神田川さんが美味しいと思うように考えながら作りました。」

 神田川さんの突然の問いかけに、素直に答えた。

 「そうか・・・。確かに俺が美味しいと思うように作ったのだろう。」

 神田川さんは、静かな声で言った。

 「だが、お前がこの角煮を作るときに本当に思っていたのは、俺に美味しいと言わせてやるというある意味、怒りや意地に似たようなことじゃないのか?」

 神田川さんの言葉に驚いてドキッとしてしまった。図星だったからだ。

 「トマトを使ったのも、その酸味で食べやすくするというより、旨味成分が多いトマト使ってより美味しいと言わせてやると思ったからじゃないのか?」

 続けて言った神田川さんの言葉を聞いて、僕は項垂れた。すべて当てられたからだ。続けて神田川さんは厳しい口調で言った。

 「今のままじゃ俺はお前の料理の腕は認めない。お前の料理には何が足りないのか、じっくり考えて出直してこい。」

 そう言うと、神田川さんは自分の料理作りに戻った。僕はしばらくじっと俯いたままだったが、トボトボと入口に向かった。その後ろを会長たちが追いかけてきた。

 「初めて料理を作ったときのことを思い出せ。」

 神田川さんの声が聞こえたが、何も答えずに調理場を後にした。

 「ユウ、大丈夫か?」

 「あっ・・・みなさん・・・」

 会長が声をかけてくれたが、何だかひどく疲れていた。そんな僕の様子に三人は戸惑いを隠せない様だった。

 「とりあえず、今日の調査は終わりにして晩ご飯を食べて休みましょう。」

 「そうしよう。シュン、店選びは任せたぞ。」

 「わかりました。このお店はどうでしょうか?」

 シュンさんとヨシ先輩が晩ご飯について相談してくれていた。しばらくして、ヨシ先輩とシュンさんの相談が終わり、晩ご飯のお店が決まったとのことで、4人でお店へと向かった。

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