0986
十二月。一年の終わりを告げる冬の季節の到来は、周介たちに常に冷気を届け、周介たちの日常にもわずかながらに変化を産んでいた。
外に出れば吐く息が白くなるほどの寒気が訪れる中、日常的に使っているとある場所にやってきた物体に周介たちは近づいていた。
「いやぁ……暖房があるとどうしても近づいちゃうな……」
「やっぱエアコンだけじゃなくてヒーターがあると違うよな。どうしても広いから底冷えするしよ」
周介と手越はいつもの談話室に用意された暖房器具に手をかざしていた。十二月になって一気に下がってきた気温。周介からすれば東京で迎える初めての冬になるわけだが、地元よりも若干寒く感じるのはおそらく錯覚なのだろうと考えていた。
「部屋も寒いんだよなぁ……絶対どっか隙間風吹いてるって……前からこんな感じなのか?」
「まぁな……ここも割と古い建物だからさ、ある程度どっかしら隙間ができるのは仕方ねえって。そのうち整備班とかビルド隊に来てもらうか?」
「そういう時に俺らの伝手を使うべきだな……っていうかこの間の結果来たか?」
「まだ。たぶん俺らはないな。お前らはどうかわからないけど」
この間のというのは選抜試験のことだ。ついこの間受けた選抜試験の結果はまだ周介たちには届いていない。
もしかしたら選抜の試験において審査をしていた人間は既に知っているかもしれないが、わざわざそれを聞き出そうとは思わなかった。
周介としては少し気がかりではあるものの、こういうのは結局のところ待つしかない。まともに受験したことがない周介だったが、これが受験生の気持ちなのだろうかと温かい紅茶を飲みながら目の前の暖房器具に縋るように近づいていた。
「そういやお前年末はどうするんだ?実家帰るのか?」
「帰れたらな。まぁドクに適当な装備のテストとか頼めば帰れるだろ」
「お前もこなれて来たよな……前はどうしようとか言ってたのに」
「世界一周もした。海底にも行った。地下にも空の上にも行った。もう今更実家に帰るか否かで悩むのもどうかと思ってな。その気になれば三十分だし」
確かにそれもそうだなと手越は苦笑する。世界をまたにかけることだってできる周介に、たかが三百キロあるかないか程度の距離でどうこう言うほど周介の移動速度は遅くない。
その気になれば、ドクに無理を言えば今夜にだって実家に帰れるのだ。
「お前はどうすんだ?っていうか寮生って言ったほうがいいのか?」
「さすがに年末年始はほとんど帰るだろうな。実家に帰る奴ばっかりだし……あー……っていうかお前のところの連中はどうするんだ?いろいろとあれだろ」
「……あぁ、玄徳はまぁ好きにしろって感じだけど、知与はちょっと連れていってやらないと危ないかもな。あと瞳がどうするかだな……あいつさすがに実家には帰りにくいだろうしなぁ……」
目の見えない知与や実家に問題を抱えている瞳からすれば実家に帰るようなイベントの時は比較的憂鬱かもしれない。
特に周介としては瞳の実家に帰りたくない原因を作ったような形になっているために少し気まずかった。
「まぁ、最悪の場合俺の実家に強制的に連れて帰るよ。一人くらい一緒にいても問題ないし」
「……ほほう……お前マジか」
「ゴールデンウィークとか夏休みの時も似たようなことしたしな。さすがにあの状態で帰れとは言えないって」
瞳の実家にいる時の様子を見ているために周介としては放っておけないという意識が強い。ただ手越としては周介と瞳の関係を後押ししようと画策しているために奇妙な笑みを浮かべていた。
「それならよ、いっそのこと年末に旅行とか行きながら実家に帰るのはどうだよ?二人で」
「二人で?みんなじゃなくて?」
「慰安旅行ってやつだ。お前ら付き合いそれなりに長くなってきたんだろ?これからの部隊のこととかさ、いろいろと二人で悩んだだろ?そういうのにお疲れ様でしたってするのも大事だぜ?」
「そう言うもんか?」
「そう言うもんだ。特にお前は隊長だろ?部下にいろいろと休みとか楽しみを提供するのも仕事の上だぞ?」
「うわぁ……そういうのも考えなきゃいけないのか……けどさ、俺前にそういうことで首突っ込んでいろいろとやらかしてるんだけど?」
「だから今回はちゃんと相談するべきだろ?自分だけでこうするのがいい!って勝手に決めると空回るからな。ちゃんと安形と話してやるべきだ。年末どっか旅行行こうぜって誘ってやれよ。特にあいつからすれば家族と過ごすってのが当たり前の年末は憂鬱な時期だろうからよ」
もちろん手越はそんな事情などまったく知らない。ただ単に周介をたきつけるための方便だ。
だが瞳の実家の状況を知っている周介からすればそうなのかもしれないなと妙に説得力のある言葉となっていた。
旅行。思えば仕事以外でどこかに行くなんて考えたこともなかった。というか仕事や訓練やらのことばかりでそういった遊びのことなどほとんど考えていなかったのだ。最後に遊んだのは一体いつだろうと思い返しながら周介は自分の手を暖房にかざす。
遊んだ記憶の方が少ない高校一年というのもなんとも寂しいものだ。せめて楽しい思い出の一つくらいあっても罰は当たらないだろうとそんなことを考えてしまう。
「ちなみに旅行って言ったらどこがいいと思う?」
「冬の旅行だろ?それなら温泉とかが思い浮かぶけど……さすがに二人で温泉旅行ってのもな……いっそのことスキーとかどうよ?日本海側はそれなりに雪降ってるだろうし」
「スキーか……確かにこの間富士山も雪積もってたし、案外行けるかもな」
「……あぁそうか、お前らのスタート地点富士山だったんだな」
さも当然のようにこの時期の富士山の頂上の状況を知っていることに若干の違和感を覚えながらも、手越は談話室にあるテレビのチャンネルを一つずつ確認していく。
「今は紅葉の時期はとっくに過ぎてるからな。行楽よりはどっかに楽しみに行くっていうほうがいいだろ。あるいは……年末年始の遊園地とか」
「遊園地はこの間行ったしなぁ……」
「バッカお前何度行ったって良いもんだろ。今年の年末は……イブは普通に平日か……まぁどっちにしろ年末はどっかに連れていってやったほうがいいと思うぞ?リフレッシュ的な意味でさ」
手越の言うことを否定するつもりは周介にもない。何せ瞳には普段から世話になりっぱなしだ。その恩を返すのだって吝かではない。
最近は一緒にいることが当たり前で、フォローしてくれるのが当たり前になって来てしまっているが、それを当たり前だと思ってはいけないと周介は自戒する。
どれも瞳の厚意からきているものなのだからと。瞳が愛想を尽かせばラビット隊は崩壊するだろうということは想像に難くない。
ふと、周介は自分の身の周りから瞳がいなくなった時のことを考える。
「……やばいな、俺あいつがいなくなったら生活できなくなるかもしれない」
「……ほほう?どういうことだ?」
「いや、俺らの部屋での話なんだけどさ、あいつが常になんかいろいろやってくれてるし、なんかこう……あいつがいないとダメな気がする」
周介の何とはなしに放った言葉に手越は内心満面の笑みを浮かべていた。だが決してそれを顔に出してはいけない。
面白そうなことに口を出しているのではなく、能力者の先輩として助言をしていると思われなければ周介をたきつけることはできないと理解しているのだ。
今周介は瞳を意識している。だがそれは部隊の仲間としての意味合いが強いだろう。それではだめだ。もっと面白くするためにはもっと意識させなければだめだと手越は確信していた。
既に周介は瞳の魅力について知っている。笑顔がどうのこうのと話していたことを手越はしっかりと覚えていた。
あともう少し意識させれば周介は瞳に関して抱く感情を変えるだろうと手越は確信する。
とはいえここで間違えればただの相棒ポジションになりかねない。ここは慎重に、だが大胆に事を進めるべきだろうと考える。
「ウィンタースポーツっていうのもいいかもしれねえけど、ここはゆったり時間を作るっていうのもいいかもしれねえな。普段から指摘を回してもらってるっていうならなおさらじゃね?」
「んー……冬ってのでなんかあればいいんだけどな。北海道に食い倒れ旅行とか?」
「旅費のことも考えろよ?お前金ないんだろ?」
「そうでした……となればそうだな……なんかこう装備関係で上手く誤魔化せそうな内容で……あ、そうだ」
周介は思い出したように携帯を取り出してメールを探していく。
「なんだ?いい案でもあるのか?」
「いや、いい案っていうかまぁ、前にドクにさ、山岳での簡易的な陣地作成と野営に関する装備の話になったんだよ。俺の能力でどういうのができそうだとかそういう……それってどうかなって思って」
「……冬のキャンプってことか?なかなかそれは……難易度高いぞ?ただでさえアウトドア嫌う女は多いからな」
「そこは瞳に確認だな。俺がいれば寒さはぶっちゃけどうとでもなるだろうけど。ヒーターだって発電でどうにでもなるし」
「あぁそのあたりは強いな。ただなぁ……冬のキャンプか」
手越は昔から拠点で能力者として活動していた経験から、冬のキャンプ、というか冬の訓練も何度か経験している。
冬に人間の文明のある場所から離れると本当に寒い。体の底から冷えるような感覚を覚えるのは気のせいではなく、どんなに温かくしていてもどこかからか寒気がするりと入ってくるのだ。
寒さというものは防ぎようがない。どんなに運動して体を温めても必ず襲い掛かってくる。体力を使うこともそうだが、少なくとも簡単にできるようなものではない。装備のテストという名目であれば確かに可能かもしれないが、それを瞳との旅行としていいのかは微妙なところだ。
だが冬のキャンプ。これは確かに魅力的でもある。
手越の頭の中で『寒い+人肌で温め合う=グッジョブ』という簡単で単純な方程式が出来上がる中、同時にアウトドアが嫌いであるという可能性を考えると何とも言えない。
これは攻めるべきか否か。ここで後押しするべきか否か。
「どうせ行くならちゃんと二人きりで行けよ?他の連中と言ったらまた安形は気を遣うだろうからな」
「あー……確かにそうかも。俺がもてなすってのが必要か」
「そう。お前がきちんと準備して安形は何もしなくていいぐらいの気概で行け。そうしないともてなすってならないしな。ただあれだぞ?あいつが冬のキャンプ嫌いって言ったらやめておけ。嫌がることしても押し付けにしかならないからな」
「まぁそれはもう嫌って程わかってる。うん、それは身に染みてる」
周介は過去の自分の行いを顧みているのか小さく落ち込んでいた。ただここで落ち込んで終わっては今までの繰り返しだ。聞いてみてどうするかを考えればいいだけの話だ。




