0982
周介たちがエイド隊が治療をしている部屋に行くと、そこは想像していた数倍は酷い有様だった。
何人もの人間が輸血をされ、同時に止血をされ、人によっては手術のような縫合まで行っている者もいる。エイド隊の治癒によってそれらの多くがかなり早い段階で治療が済んでいくとはいえ、部屋のいたるところに血の水たまりができてしまっている有様だった。
生臭い、どこか鉄臭いその匂いが血が放つ物であるということを理解して周介は僅かに顔をしかめてしまう。
「うぇ……思ってたよりひどいな」
「あたしらはまだましだったってことでしょ。BB隊の人たちが相手で感謝ってところね」
周介たちが治療中の現場を見ていると、部屋にいた一人が周介たちに気付いた。そして小走りでやってくる。その小さな影に周介たちは見覚えがあった。
「百枝君、もう起きて平気なの?」
それは周介たちと戦っていた笹江だった。治療の手伝いをしていたのか、白衣を身に着け常に能力を発動しっぱなしの状態にしているようだった。
「おかげさまで……おひめ先輩は……治療の手伝いですか?」
「手伝いなんて言えたものじゃないけどね。私はそういう能力だからね」
笹江の能力は今まで聞いたことがなかったが、先ほどの戦闘における内容で周介はおおよそ把握していた。
少なくとも、雨戸の身体能力、あるいは攻撃力を急激に上昇させたのは間違いない。
そしてこの治療における手伝いができるということは、何かを強化する能力であることは確かだ。
「おひめ先輩の能力は、何か……体とかを強化する能力なんですか?」
「ん……惜しい。君なら言っても大丈夫かな。私の能力はね『能力を強化する』能力なの」
能力を強化。それがどういうことなのか周介は一瞬理解できなかったが、その恐ろしさを先ほどの戦闘の記憶を探り出しながら察する。
能力を強化するということはつまり、身体能力強化をさらに強く、変貌能力の強さをさらに強く、他者の能力の出力をさらに上げるということなのだろう。
恐らく今はエイド隊の持つ治癒能力を強化しているということだろうか。
「能力の強化……そりゃ……なるほど、強いわけですね」
「そう。強すぎる能力だから普段は使わないようにしてるの。これ使うと、使われた側も結構しんどいみたいだし」
「そうなんですか?」
「能力によるんだけどね。例えばだけど、体に多少なりとも負担のかかる能力とか、強化系の能力とか、そういう人たちはつらいって言ってたなぁ」
それはつまり索敵や同調といった、直接脳に情報を入れたり、肉体能力の性能を変化させるような能力を持った人間に該当するのだろう。
彼女の能力はあくまで能力の性能を強化するだけであって、強化されただけの能力に耐えられる肉体にはしてくれないのだろう。
索敵同調などの能力であれば、耐えられないほどの大量の情報を得られるようになってしまうし、強化能力の種類によっては肉体の限界をはるかに超えてしまうような強化もできてしまう。
強い能力だとは思う。だが強力すぎるのも考え物だと周介と瞳は眉を顰める。
相手によっては常に能力を発動すれば無敵に近くなれる。
特にBB隊の場合は恐ろしいことになる。大門は単純な身体能力強化。雨戸は変貌に応じた強化がそれぞれさらに出力を上げることになる。
さらに恐ろしいのは防御付与の牧野の防護膜も強化される点だ。もともと牧野の防護膜は大太刀部隊クラスの攻撃だろうと二、三発は確定で耐えてくれる程度には防御性能がいい。だがさらにそれも強化されるとなると、もはや単純な攻撃でそれを突破するのはほぼ不可能に近い。
ただでさえ強い二人に、さらに厄介な防御能力までつくとなれば、部隊単位で戦闘をした時BB隊を倒せる部隊がほかにいるのか疑問になってくる。
さすがにトップクラスの戦闘部隊は格が違うというところだろう。そんな相手に瞬殺されてしまうのも無理ないなと周介はもはや諦めの境地に立っていた。
「そんな能力じゃ……瞬殺されても仕方ないですね……上には上がいると実感させられました……」
「……瞬殺?」
周介の言葉に笹江は疑問符を浮かべるが、周介たちの視線は部屋の一角にいた猛の方に注がれる。
「あ、すいませんおひめ先輩。猛の奴に会いに来たんでした。あと俺の治療」
「あ、ごめんね呼び止めちゃって。すぐに用意してもらうわ。必要ならベッドを空けてもらうけど」
「大丈夫です、頭がちょっと痛いだけなんで。問題ないって診察してほしいだけですから」
周介の様子に、あれだけの戦闘の後だから仕方がないかと笹江は納得していたが、同時に不安にもなる。
若干記憶が飛んでいる節がある。そこまで強くは叩いていないはずだったが、それもわからない。きちんと精密検査をさせたほうがいいかもしれないと、笹江は近くにいたエイド隊の人間に声をかけながら椅子を持ってくる。
「症状は自分が思ってるよりもずっと重い可能性もあるから、しっかり見てもらってね。それじゃお願いします」
「あぁやっぱり百枝君も来たのね。はい座って」
周介の治療はもう慣れたものであるといわんばかりにエイド隊はその頭に触れて治療を始めていた。
何回も拠点の治療室に世話になっているのは伊達ではないということである。情けなくもあったが。
「猛、大丈夫か?」
周介の治療が終わった後、周介と瞳は横たわっている猛の顔を覗き込む。
猛は苦しそうにしながら呼ばれたことに気付くとゆっくりと目を開ける。
「ぁ……ぁあ……大将……無事だったか」
僅かに掠れた声を出しながら周介たちを認識した猛はゆっくりと安心したような息を吐いていた。声を出すのもつらいのか、呼吸をするたびに僅かに顔をしかめている。
「こっちのセリフだ。お前平気か?」
「……このくらい、慣れっこだ……悪い……雨戸を止められなかった……」
猛は何よりも前衛としての務めを果たせなかったことが気がかりであるらしい。瞳が椅子を持ってくると周介たちはその椅子に座り猛のベッドの横に陣取る。
「気にすんな。お前がずっと大門さんや雨戸さんを押さえててくれなければ俺らなんて瞬殺だったんだ。お前はよくやってくれたよ」
「……それでもよ……俺がやらなきゃいけなかったんだ。それが俺の仕事だったんだ……それができなかったんだ。気にもするっつの」
猛の仕事は周介たちの矛となり盾となることだ。
誰よりも最前線で、誰よりも攻撃し、誰よりも攻撃され、自らの体を周介たちを守ることに使い潰すのが自分の役割だと猛は自負していた。
だからこそ、その役割を務めきれなかったことに、悔しさを覚えているようだった。
相手が悪かった。そんなことは言い訳にはならない。今回は訓練だった。訓練だったからこそ周介たちは殺されなかった。
だがもしこれが実戦だったら、間違いなく周介たちは殺されていただろう。
それは猛にとっては、前衛を任されたものにとっては屈辱以外のなにものでもない。
「格上相手との戦闘じゃ仕方ないだろ。っていうか猛よりも強い人ってどれくらいいるんだ?前衛としての話だけど」
「一対一なら……まぁ、それなりに全員と……いい勝負はできる。勝てない相手は何人かいるけどよ……それでも時間稼ぎくらいは、できる……瞬殺されるなんてのは前衛としては論外だ」
「瞬殺されたってのもおひめ先輩の能力があってのことだろ?実質二対一……いや牧野さんもいたなら三対一じゃんか。負けたって仕方ないだろ」
「それでもだ。大将、あんたは、これから組織の矢面に、立とうってんだろ?」
猛は悶えながら体を起こそうとする。未だに体の中に痛みは強く残っているだろう。体の節々を動かすたびに猛の表情は苦悶に歪む。
力が入っていないその体を周介と瞳がとっさに支え、また寝かせようとするが、猛は周介の肩を掴んで荒く息を吐いたまま、横になろうとはしなかった。
「おい、無理すんな。休んでおけ」
「あんたが、どんな奴の前にも……立てるように、俺が……俺らが……盾になる必要があるんだよ。そうじゃねえと、あんたの部隊に、いる意味が、ないんだ」
猛が周介たちの部隊に入ったのは、言ってみれば自分の尻ぬぐいのためだ。
だが最近、周介の行動を見ていてわかることがあった。いや、気付くことがあった。
今までいろいろな能力者を見てきた。戦ってきた。だが周介はそのどの能力者ともどこかが違うのだ。
具体的にどこが違うのかと、何が違うのかと言われても答えることはできない。
だが、猛はそれが何であれ、そんな特殊な周介という存在に惹かれてもいた。
「あんたが、やりたいって言ったんだ。なら、雑用の俺が、あんたの、足を……引っ張るわけには、いかないだろ。なぁ『大将』……!」
最初は、最初こそはお山の大将という意味で猛はそれを呼び方にしていた。
だが今、猛はもう周介を認めている。周介はお山の大将などではなく、自分自身の大将となれるだけの器を持っているのだと確信できる。
人を従える器とでも言えばいいのか。人を受け入れる度量とでも言えばいいのか。この小さな体の男に、猛は自分にはない大きさを感じていた。そして認めていた。この男は自分よりも上であると。
そんな事、気恥しくて口にはできないが、猛は周介を守るということに関しては全力で挑むつもりだった。
守ることに挑むだなんて、奇妙な感じだということはわかっている。だが周介を守るというのはそれだけ苦労するのだ。
以前玄徳が言っていたことを思い出す。周介よりも前に立つ。それがどれだけ大変なことか、ようやく、ようやくになってその言葉の本当の意味を猛は実感していた。
周介は目を離せばどこまでも行こうとする。そんな人間を守るには。そんな人間の前に出るためには、どんどん前に進もうとしなければいけないのだ。
このままではだめだと猛は力なくベッドに倒れながら荒く息を吐く。
「悪い……限界だ……寝る……あと任せた」
「……あぁ、しっかり休め。んで元気になったらまた頼むぞ」
「……人使いの荒い上司を持つと、苦労するな……」
猛はそれだけ言ってそのまま眠りにつく。どうやら会話だけでもだいぶ体力を使ったようだった。
それだけ強化後の雨戸から受けたダメージが大きかったのだろう。一撃だけではなく、地面に叩きつけられてから何度も何度も攻撃を受けていたのだ。無理のない反応かもわからない。
逆に言えば耐久力のある変貌型の猛をこんな風にできる程度には強化された雨戸は強かったのだ。
周介たちがこんな風になっていないのが奇跡的というべきだろう。
手加減してくれたことに感謝すると同時に、こうならなくてよかったと心底安堵していた。




