0973
雨戸はまず炎を飛び越えるべく大きく跳躍して見せた。炎がどの程度まで広がっているかを確認するためと、βの機動力を確認するためである。
炎が巻き上がっている位置は上空からであれば把握は難しくない。雨戸は飛び上がってから周辺にまき散らされている炎とその熱気を感じながら位置情報を確認しようとしていた。
瞬間、その頭部目掛けて対物ライフルの一撃が放たれた。
とっさに両腕で防御したものの、空中でその体勢は大きく崩れていた。跳躍から一秒と立たない間の精密射撃。それも初撃から頭部を狙ってくるその殺意の高さ。雨戸が反応して防御していなければ、当たり所によっては背中にいる二人にダメージが通っていたかもわからない。
実弾の使用許可は周介から出ている。使ってもいいといわれても、即座に生身に対して対物ライフルを叩きつけられるその度胸は並大抵のものではない。
さすがは葛城校長の弟子かと雨戸が笑みを作る。空中で崩れた態勢ながらも、この作戦範囲の状況の把握は行わなければいけない。どうにか視線を下の方に向けると、巨大な鉄塊が雨戸の眼前に迫ってきていた。
「……なるほど……ここまで跳べるか」
雨戸の今いる高さまで軽々跳躍してきたβは、大きく腕を振り上げ、バレーのスパイクの要領で雨戸の体を叩きつける。
瞬間、雨戸は自らの体と尾を膨らませ、防御態勢を取る。質量で大きく劣る雨戸の体は軽々と弾き飛ばされ先ほどいた場所よりもはるか遠く、金網近くまで弾き飛ばされていた。
着地も細心の注意を払い、尾を長く展開して少しでもクッション代わりにすると転がるようにして金網に体を預けるように停止する。
金網が大きく傾くと同時に離れた炎の平原の一角にβが着地する。衝撃と振動が辺りに響き、その脚部からは猛烈な勢いで蒸気が噴出していた。
「二人とも……平気か?」
「舌、噛むかと思った……なにが起きたの?」
「頭くらくらする……お願いだから無茶しないで」
「それは相手にも言ってやってくれ……全く、私だけではないとわかっているだろうに随分と無茶苦茶をしてくれるものだ」
大きく歪み傾いた金網から降りると同時に雨戸は今の一連の流れをもう一度思い返していた。
跳躍し、上空に跳び上がるのとほぼ同時。一秒以内に正確に頭部への攻撃を行ったその正確な射撃。おそらく空中に跳び上がった時点で狙いは既に終了している。どの場所に跳ぼうと間違いなく撃ち落とされる。それがわかってしまうほどに、これ以上ないと断言できるほど正確な一撃だった。
あれほどの射撃能力を持っている人間が小太刀部隊にいるという事実に雨戸は戦慄する。その気になれば一キロ以上離れた場所からでも狙撃できるのではないかと思えるほどの射撃精度だ。先ほど上空から爆発物や燃える弾頭が落ちてきたのは決してまぐれではなく、狙ってそれをしたのだということを裏付けるには十分すぎる。
そしてその射撃からワンテンポ遅れて跳躍してきたあの機体。γに比べると一回り小さいとはいえそれでも巨大なその機体がまさか自分と同じ高さまで跳躍してくるとは雨戸も予想していなかった。
てっきり武器か何かを使って攻撃してくるとばかり思っていたため、跳躍してくるなどと思いもよらなかったのである。
跳躍できるということは、それだけの速度で動くことができるということでもある。あの巨体でそれほどの速度を出せるということに驚くと同時に、それを操っているのが周介だということを思い出してそれも当然かと半ば無理矢理に納得する。
かつて異空間の中でも使っていたうえに、聞けば一昨日の戦闘訓練でも使っていたという。すでに実戦投入可能な段階の機体なのだと雨戸は気を引き締めていた。
先程のβの攻撃、空中での態勢が整っていれば問題なく対処できるものだった。機体の性能はよくとも動きそのものは単調で読みやすい。地上であれば二人に負担がかからないギリギリの速度でも避けることは容易だった。
だが空中となれば話は別だ。空中で移動することなど雨戸にはできないし、足場がなければ方向を変えることも難しい。
尾を使って攻撃が当たる瞬間、その衝撃を和らげることはできる。だが、空中に跳び上がってしまっている状態で、なおかつ体勢を崩している状態でぶつかるのが圧倒的質量差を持つ機体となると分が悪い。先ほどのように地面に叩きつけられる。おそらくもう一度跳躍しようと、結果は同じだろうと雨戸は確信していた。
ではどうするか。
炎の中を突っ切る。実際に取れる手段の中では最も危険な内容ではあるが、それでも突破できる可能性が最も高くある。
βは真上への機動力は高いが、その質量の関係から水平への移動はそこまで高くないのではと雨戸は推察していた。
ただ問題は先に笹江が言っていたようにガソリンなどをまき散らされた場合、酸欠に陥る可能性が非常に高いというところだ。
炎の勢いは未だ衰える気配がない。いつまで燃えるのか、鎮火するまで待っていては周介たちの思うつぼでもある。
かといって下手に動けば背中にいる二人の身が危ないのも事実。それは先ほどの跳躍で嫌というほど体感している。
βは未だ炎の中から動かない。βを破壊してしまえば大門と合流するうえでの障害は何もなくなるのだが、そうもいかないようだった。
雨戸が次の手を考えようとしていた時、轟音とともに銃砲が飛んでくる。考える暇を与えない。周介たちにとって攻め続けることが最良の作戦でもあった。
周介がγを使って放つ銃砲の射撃精度はお世辞にも良いとは言えない。じっくり狙いをつけて、しっかりと構えてから撃たないと明後日の方向に飛んで行ってしまう。知与のように即座に構えて撃つということができればよいのだが、そう簡単に彼女の射撃精度を真似ることなどできないと周介も諦めていた。
だからこそ、しっかりと、ゆっくりと狙いをつけてから撃つ。そのせいで速射性はないに等しい。
とはいえ主力戦車の主砲級の攻撃が定期的に飛んでくるというのは相手にとって強い威圧を与えるものでもあった。
少しでも知与の射線に入ろうものなら即座に対物ライフルの射撃が襲い掛かる。β、あるいは横転させてある車の影に隠れていれば射線を切ることができるため一時的に攻撃を防ぐことはできる。
だが直線的な攻撃を防ぐことができても曲線的な攻撃、真上からの攻撃を防ぐことはできない。
遮蔽物の少ないこの状況では知与の射撃が猛威を振るっていた。
直線的な対物ライフルの狙撃、グレネードランチャーを使った直上からの曲射。しかもそれらは間髪入れずに襲い掛かってくる。炎や煙で視界が悪い状況だというのに、一切関係ないといわんばかりに的確に攻撃を当ててくる。今まで当たっていないのは意図的に誘導するために外しているような弾丸だけだ。グレネードランチャーの攻撃は動きを阻害するための攻撃として使い、対物ライフルの攻撃はしっかりと当ててくる。
見事な射撃だと雨戸も舌を巻いていた。バレット隊の人間に見せたらもっとしっかりと評価したのだろうが、射撃は門外漢である雨戸とすればすごいということしかわからない。
とはいえこの状況、彼女からすれば面倒なことこの上なかった。
大門に近づくためには炎の平野と控えている機械の巨人を倒すか、避けていかなければならない。しかもその機械の巨人も決して動かないというわけではない。回り込んでいくにもそれを邪魔するような形で知与の射撃が飛んでくる。そして時折、ここぞというタイミングで銃砲が放たれる。
炎の勢いは未だ衰えない。おそらくは適宜燃料と思われる物体を投下しているのだろうことは雨戸にも予測できた。
「さてと、では少し乱暴な手段に出ようか」
「何するつもり?危ないのはダメだよ?」
「手加減はちゃんとしてあげてよね?あとで百枝君から文句言われちゃうかもだから」
「いいやその必要はない。彼らはもう戦えるだけの実力を有しているのだ。加減するほうが失礼というものだ!」
雨戸はアスファルトの地面に腕を突き刺す。その行動の意図をはっきり知覚できたのは索敵を行っていた知与だけだった。
変貌型の肉体を操作し伸ばした腕と指を地面の底へ底へと伸ばしていき、全力で地面を持ち上げる。そう、それは周介たちと雨戸が初めて遭遇した時にも行われたことだ。
地面が、飛んだ。
ひっくり返されたといったほうが正確かもしれない。遠くまで木の根のように張り巡らせた雨戸の腕や指が、周辺の大地そのものを持ち上げ宙に放り投げたのだ。
雲のほとんど無い晴天だというのに、唐突にそのあたり一帯に影が落ちたことで、この場にいる全員がその異変に気付いていた。
「なにやってんのぉ!?」
その叫びをあげたのは他でもない大門だった。こんなことができるのはこの場で雨戸だけだと理解しているが故の、そしてなんでそんなことをしたのかが理解できないが故の叫びだった。
ただ殴り合っていただけで状況を把握できていなかったのが原因ともいえる。猛と大門は戦闘が始まってからずっと殴り合っていたのだ。状況判断も何もあったものではない。
そんな中、不意に上空に大量のアスファルトや地面、土が巻き上がっていれば驚きもする。
だが、驚いているのは状況がわかっていない大門だけだった。ラビット隊の全員は知与の索敵と無線による情報共有によってこの状況が起きることを事前に察知している。
既に周介、瞳、知与、玄徳は一時的にラビットγのすぐ近くまでやってきている。γは盾を構え、直上からの地面の落下に備えていた。だが広域に展開している人形たちは次々とアスファルトや土の直撃を受け、大きく破損していく。
猛と大門は未だ殴り合っている。落下してくるアスファルトや土を砕き、攻撃を受け止め、反撃し続ける。
相手が倒れるまでは攻撃をする。それが前衛の仕事とばかり拳を振るい続けていた。
これが攻撃であることは間違いないのだろう。周介たちはわかっていた。これは本命ではなく、隠れ蓑だ。
周介はβのカメラを頼りに、知与は持ち前の索敵能力を頼りにフェンス際にいた雨戸たちの姿を捕捉していた。跳躍することなく、このひっくり返った地面が落ちてくるこの状況を利用して炎の勢いを著しく弱め、さらに射撃や視界を遮る遮蔽物を強制的に作ったのだ。
βが雨戸の前に立ちふさがり攻撃を仕掛けるが難なく回避されてしまう。
空中でなければβの攻撃を当てることはできないとわかってはいたが、こうも易々と回避されるというのは周介にとってはつらいところだった。
戦闘経験が違いすぎる。ほんのわずかな動き、予備動作、それらから次の攻撃を見極めて回避する。戦闘における観察力が高すぎる。
だがそんなとき、地面が落下し辺りに土とアスファルトの雨が降り注ぐ中、その声が聞こえた。
「当てます」
呟くように、宣言するかのように放たれたその言葉が周介たちの耳に届いた瞬間、対物ライフルが火を噴く。
落下してくる土やアスファルトの隙間を縫うように放たれた弾丸は、一直線に雨戸の顔面目掛けて襲い掛かる。
一瞬、雨戸が目を見開いたのが周介にもわかった。




