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「マジか……マジか……あれ防ぐのかよ……!」
この空間において最も動揺していたのは銃砲を放った周介だった。
スモークグレネードの煙のせいで直接は見えていないが、知与の報告により放った砲弾が大門の手によって弾かれたということは聞かされた。
しかもただ殴って弾き飛ばしたのだという。
銃の弾丸を弾く時点でおおよそ覚悟はしていた。鬼怒川の一撃もいなすような相手だ。この銃砲も効かないのではないかと危惧はしていた。
だがせめて少しはダメージを負ってくれていればという淡い期待も持っていたが、知与曰く骨に異常などもなく、その様子からは少しびっくりした程度だという。
「ダメージを与えてどうこうするのは難しそうですね。あれ防がれるんじゃどうしようもない」
「一応俺が持ってる装備の中で一番威力のある攻撃だったんだけどなぁ……マジかぁ……」
ラビットγの持つ銃砲は周介が有する装備の中で最も高い攻撃力を持っている装備だ。周介の個人装備に取り付けられているパイルバンカーよりも高い威力を誇り、ドクがいうところの主力戦車の主砲級の威力を有しているという。
だがそんな威力を持っているはずの一撃が軽々と防がれた。しかもダメージを負うどころかちょっとびっくりした程度だという。
大太刀部隊のトップクラスの部隊に対して、自分の持つ手札がどの程度通用するのか知りたいと思ったのは事実だ。鬼怒川の攻撃をいなしていた時点で、このくらいの攻撃を受けても死なないだろうという予想もできた。
だが全く効いていないなどと誰が予想できるだろう。少なくとも戦車の主砲と同等の威力を持っている攻撃だというのに。
そんな事を考えて、周介はふと思い出す。かつて戦車を相手にしたことがあるというセリフを。あれは誰と話していた時に聞いた言葉だったか、周介も曖昧だった。
だが大太刀部隊からすれば主力戦車を相手にして戦うくらいのことは別に珍しい事でも何でもないのだということを、こうして目の前に突き付けられて初めて実感する。
人間業ではない。
「どうする周介?白旗上げる?」
瞳の言葉に周介は笑う。瞳自身心にも思っていないようなことを言っている自覚があるからか薄く笑みを浮かべているのだ。
「冗談。言ったはずだぞ全力をぶつけるって。手札が全部なくなるまで全部ぶつけてやろうじゃないの!ここまで来たらやれるところまでやってやるっての!」
その言葉と声は半ば自棄になっているのが全員に伝わるものだった。だがどこか、うっすらとではあるが楽しそうでもある。
その声に全く戦意が衰えていないことが全員理解できた。少なくとも周介はやる気だ。まだまだ自分たちはすべてを見せていないのだ。そのすべてを見せるまで白旗を上げるつもりは毛頭ない。
少なくとも、部隊の隊長である周介がやる気を出しているこの状況で、諦めるという選択肢を頭の中に入れている隊員は誰もいなかった。
「攻撃しまくるぞ。相手の位置と状態は知与が確認。常に攻撃し続けろ。俺は定期的に銃砲を撃って片方を足止めする!」
「了解。こちらも隙ができ次第曲射します……!前に来ます!」
「猛止めろぉ!」
「あいよぉ!」
知与が前に出たと叫んだ瞬間猛は前に出ていた。煙を突き破って前に出てきたのは大門だった。その体に牧野の防護膜を纏い、こちらに突進してきている。
その体を猛が正面から殴りつけると、大門もそれに反応し拳を拳で迎え撃つ。
衝撃波と異音が響くと同時に周辺にあった煙が僅かに揺らぐ。
「大門さんが前衛ってことは、防御は雨戸さんか。よし、多角的な攻撃でかき回すぞ。瞳、人形を左右に展開、知与、うまく射撃してくれ。俺も援護する。玄徳、お前は猛のフォローだ」
即座に指示を出す周介の言葉を即座に理解し、全員が動き出す。瞳は広い空間に人形たちを展開させていき、後衛を狙う動きを見せながら適度に射撃を繰り返す。知与は持ち前の巨大な狙撃銃、対物ライフルを構えながら既にグレネードランチャーを用意しいつでも上空からの曲射が可能なように準備していた。
玄徳は大門と正面切って殴り合っている猛のフォローをするべく前へと走っている。ただ一発でも貰えば玄徳もただでは済まない。そのためいつでも回避できるように適切な距離を取りながら大門の動きを見極めてその動きを鈍らせることに徹している。
大門と猛の殴り合いは、人間のそれとは思えないほどに激しく、強く、恐ろしいものだった。
一撃一撃が鈍い音をあたりに響かせ、拳と拳がぶつかる度に衝撃波が周囲にまき散らされる。互いの体に直撃しようと、お互い怯む様子もなく次の拳を叩きつける。
どちらが優勢なのか、どちらが劣勢なのか、傍から見ればそんなものは全くわからない。どちらの戦意も気迫も勢いも全く衰えない。
だが強いて言えば、わずかに押し返しているのは猛の方だった。
これは能力の違いの問題だ。猛の能力は変貌型であるのに対し大門の能力は単純な身体能力強化。猛は脚部を杭のような形状に変化させ、アスファルトにしっかり食い込ませることで強打を繰り出せるだけの足場を無理やりに作り出しているのだ。だが大門にそんな芸当はできない。
打撃そのものが効いているわけではなく、足場が滑るせいで後退してしまっているだけの話だ。
さらに言えば、玄徳が猛のフォローをしているのも大きい。時に加速し、時に減速する不規則な、いや意図的に行われる肉体の動きの変化は大門にいつも通りの動きをさせていなかった。
大門も、自らの体にかかる妙な力が玄徳によるものだとわかっている。だが玄徳の方に向かわせまいと、その意識を向けさせまいと、猛は肉薄する。
前へ、少しでも前へ、周介たちから遠ざける。猛は今目の前の相手を倒すことではなく、少しでも周介たちから遠ざけるために戦っていた。
倒すためではなく守るために、今までの経験からそうすることが最も重要であると、猛の本能が叫んでいた。
猛が大門を止めてくれるおかげで、周介は比較的自由に動くことができる。そこで周介はこの時点でかなり乱暴な手段に打って出ていた。
ラビットγは銃砲を構えた状態で待機させ、もう一機操ることができるラビットβを走らせる。
今の周介に二つの機体を同時に操れるだけの操作能力はない。まだ練度が足りないのだ。
遠くに向かう機体を操るのだって神経を大きく削る。視界の先にいる大門がこちらに迫ってくるのではないかと気が気でない。煙の向こう側にいる雨戸が次の瞬間に突っ込んでくるのではないかと恐ろしい。
だがその恐怖を超えて向かわせなければ勝機はつかめないのだ。周介は意気込んでβを雨戸たちのいる煙の向こう側へと走らせる。
βに搭載されたカメラが、銃弾や爆発物から笹江たちを守っている雨戸を捉える。
周介がすることはただ一つ。力任せにその機体をぶつけることだけだった。
βは試作段階に作られた試験用の機体だ。ありとあらゆる構造を試すために作り出されたために、正式な装備というものは一つもありはしない。
そのためγが使っているような銃砲などもβには規格があわず使うことができないのだ。
無理矢理、壊すかもしれないような使い方をすれば一度くらいは使えるかもしれないが、二度と使えなくなる可能性も高い。
そのため、βが今使える武器は、その質量と装甲を持つ機体そのものだけだ。
「こいつは……!あの時の奴か!」
拳を振りかざし、笹江と牧野がいる場所めがけて叩きつけようとするβを見て、雨戸はその肉体を膨らませると迎え撃つべく腰を落とした。
βの拳が叩きつけられる瞬間、雨戸の拳が突き出され、機械の拳と獣の拳が衝突する。
「くそ……!この!」
質量に潰されそうになるところを雨戸は歯を食いしばり、殴るというより押し返すように腕だけではなく全身の力を使ってβの攻撃を耐え、わずかにではあるがその機体を後退させていた。
周介がもっと微細なコントロールを行うことができたなら、もしかしたら雨戸に大ダメージを与えることができたかもしれない。だが、ただ叩きつけることしかできなかったβは雨戸の力によって僅かに力の向きを変えられ、強引に押し返された。
「こんなもので私を倒せるとでも……っ!?」
雨戸の視線がβに集中していた瞬間、両脇から光を放つ何かが突進してくる。それは車だった。周介たちが持ってきていた乗用車や装甲車だ。猛烈な勢いで突っ込んできている。その先にいるのはアスファルトの壁の影に隠れている笹江と牧野だ。
そして目の前にはもう一度拳を振り上げているβがいる。まずい。そう思った瞬間に、雨戸は即座にアスファルトの裏に回り込み笹江と牧野を抱えて跳躍した。
その場から離れるのと、乗用車と装甲車が正面衝突するのはほぼ同時だった。
そしてワンテンポ遅れてβの拳がアスファルトに叩きつけられる。完全にコントロールできていないのは目に見えている。だが突っ込んできた車のタイミングはほぼ最適といってもよかった。
誰も乗っていないようだったが、周介ならばこの程度は操れてもおかしくないと雨戸は舌打ちする。
装甲車はまだ動けるように見える。乗用車はバンパーが大きく破壊され、これ以上動くことはできないように見えるが、タイヤは高速回転しアスファルトの地面をスリップしながら再び動き出そうとしていた。
エンジンなど関係ない。まだ動いている。まだ動こうとしている。このままいくと面倒なことになると判断した雨戸は即座にその体についている尾を使って乗用車を跳ね上げひっくり返す。
再び走り出し襲い掛かる装甲車から笹江と牧野を抱えた状態で跳躍して逃げ、距離を作ろうとする。
「私の認識が甘かったな。二人とも、戦闘状態だ」
雨戸はそういうと抱えていた二人を背中に背負い、自らの変貌の肉体の中に取り込んでいく。
猛が知与にやっていたのと同じことだ。変貌の肉体を使って非戦闘員を抱え守る。ただ包んでいるだけであるため急激な動きをすれば乗せている人間に負担がかかるがそんなことは言っていられない。
「相手は小太刀部隊よ?」
「あぁ、私も誤解していた。彼らは確かに小太刀部隊だ。だが、私たちと戦えるだけの戦力を有している。変に気遣いなどすれば、やられるのはこちらの方だ」
それは前線で戦い続けた雨戸だからこそ感じたことだ。周介の攻撃は容赦がない。いや、容赦をしている余裕がないというべきだろうか。
追い詰められた獣は通常よりも強い力を発揮する。窮鼠猫を噛むということわざのある通り、今の周介たちは追い詰められ、加減など考えている状態ではないのだ。
そして同時に『BB隊に対してであればやりすぎたところで問題はない』という絶大な信頼を感じさせる攻撃だ。
嬉しくもあり、同時に悔しくもあった。今年の夏に初めて会った少年が、ここまで成長したことが嬉しく、同時にそれをすぐに見抜くことができなかった自分の目の節穴っぷりが悔しかった。
「私の能力は使う?」
「まだだ。切り札は温存しておきたい。少なくとも」
襲い掛かってきた装甲車を、雨戸は下からすくい上げるようなアッパーをぶつけることで先ほどの乗用車と同じくひっくり返す。
「次の手を撃ってくるまでは様子見だ。このまま前に出る」
非戦闘職の二人を庇う形で雨戸が動かなかったのが、ここからは二人を気遣った動きとはいえ前に出る。それは周介たちの戦闘プランの前提を崩すものだった。
ここからは純粋な、本当に単純な力の蹂躙になる。それを雨戸の背中にいる二人は感じ取っていた。




