0969
周介たちが装備を整えてその場にやってくると、その場には何もなかった。
平坦に舗装されたアスファルトだけがその場にある。周りを囲っているのは満足な固定もされていないような金網のフェンスだけ。
それ以外には何もない。本当に、何もない。
壁も、障害物も、建物も、道路らしい標識も、何もない。
「何もないな。知与、広さはどれくらいだ?」
「……百メートル四方です。広いですけど……本当に何もないです」
「……やりにくいな」
機動力に特化している周介たちだが、その機動力を最も活かせるのは障害物などの足場がある場所だ。逆に平坦な場所は比較的苦手な部類になる。
周介が能力を学んでいた最初期にはローラーなどの装備を用いて移動を行ってもいたが、その移動方法も最近は補助的な役割の方が大きい。何よりあの動きは軌道を読まれやすいためにあまり使いたくはなかった。
玄徳も猛も、足場があってこそ機動力を活かせる。
相手の攻撃を防ぐための壁であり盾になる、相手の視界から逃れるための隠れ蓑となる、足場となり移動のために使える障害物がない。確かにこの状況下は周介達の苦手としている状況でもある。
瞳の人海戦術を使えばうまく立ち回れるかもしれないが、相手が能力者であった場合頭数を増やしても意味がない。
耐久力のない人形をいくら増やそうとも、強力な能力の一撃で吹き飛ばされたり、崩壊させられる。
周介たちが戦闘時に気を付けているのは相手の攻撃に当たらないことだ。耐久力のない周介たちは攻撃に当たらないことを第一に動かなければならない。そのため相手の視線や射線を切ったりするための障害物は必要不可欠だった。
以前鬼怒川に訓練場の障害物をすべて破壊された時のことを思い出していた。移動そのものができなくなれば、当然何もできなくなる。もちろん多少立ち回ることはできるかもしれないが、それにだって限度がある。
普段鬼怒川とやっている一分の訓練とは違うのだ。一時間ともなれば周介たちの集中力が持つかもわからない。
「どうする大将。立ち回りとかは?」
「相手がわからないことには何とも言えないけど……この中で唯一耐久力のある猛は前、あとは装備を使ってごまかしながら戦うしかないな……相手が鬼怒川先輩たちだったら終わる。一時間どころか十分くらいで終わる」
もし相手が鬼怒川率いるオーガ隊だった場合、周介たちには万が一にも勝ち目はない。時折オーガ隊のところに顔を出している周介は知っているのだ。彼らには絶対勝つことなどできないと。
というかそもそも戦闘にすらなりはしない。どう頑張っても遊び相手になるかどうかといったところだろう。
「おいおい、俺がいるんだ。勝てないまでも、時間切れまでは何とか頑張ろうぜ」
「……オーガ隊が相手だった場合、鬼怒川先輩は猛に任せるとして、他全部俺らが相手しろってのか?無理。まだ障害物とかがたくさんあるならまだしもこんな平坦な場所で戦えるか。しかも一時間も」
もしオーガ隊が相手だった場合、相手が油断してくれない限り、そして一人ずつ相手をしてくれるくらいの幸運がない限り間違いなく一時間どころか十分も持たないという確信が周介にはあった。
身近で鬼怒川の脅威を感じ取っているのだ。いくら周介に戦闘の才能がなくとも、戦闘用の能力がなくともそのくらいはわかる。
問題なのは誰が相手なのかというところだ。
簡単にあきらめるような趣味はないが、それにしたって限度がある。瞬殺されてしまえばそこまでだ。
もっとも、ドクは勝利条件は口にしていたが敗北条件は口にしていなかった。
もし周介たちにできるとすれば時間切れまで粘ることだろうが、それも結局相手が誰かによる。
装備は潤沢であるとはいえ限度がある。一時間装備を使いっぱなしで動き回れば当然じり貧になるのは周介たちだ。
「基本は前面に猛と人形、俺と玄徳で中距離援護、瞳知与言音の三人は後衛のポジションで行くぞ。相手によって臨機応変に対応。瞳、フォロー任せた」
「わかったわ」
「玄徳、俺に合わせて適宜加速と減速、射撃投擲で援護してくれ」
「うっす」
「知与、状況に応じて射撃を許可する。状況に応じて瞳の人形の動きを指示してやってくれ」
「わかりました」
「言音は異空間の中で待機しながら必要に応じて装備の出し入れ。忙しいけど頼むぞ」
「わかったっす」
「猛は前衛。頼むぞ」
「おう、任せとけ」
それぞれに指示を出していると、周介たちのいる場所の近くにトラックがやってくる。自衛隊などがよく使っている人を運ぶためのトラックだ。
そしてその中から何人かの人物が降りてくる。それが周介たちの戦う相手だと、いやでも理解できた。
「お、いたいた。おーい、お待たせ」
「……大門さん!?」
やってきたのは大門と、笹江率いるBB隊だった。子供たちの面会を頼んでいた大門たちが現れたのは周介にとって完全に予想外だった。まさか彼らがやってくるとは思わなかったのである。
「あの、ひょっとして俺らの相手って」
「そう、僕たちだよ。よろしくね」
そう言って大門はその大きな胸板を叩く。申し訳なさそうにしている笹江を見て周介は軽く絶望していた。
「おひめ先輩……マジですか?」
「ごめんね。私達も黙ってないとダメだったから……あ、でも安心して、ちゃんと昨日も一昨日もあの子たちのお見舞いは行ってきたから」
しっかりと約束を守ってくれる当たり律儀なものなのだがそれでもまさか試験官として参加しているとは思わなかった。
何より、まさか自分たちの相手をすることになるとは思ってもみなかった。
BB隊全員がそろった時の戦力がどの程度なのか、周介たちはまだその本領を見たことはない。だが確かに周介たちの相手としては最悪の部類と言っていい。
特に大門は鬼怒川と正面から殴り合えるだけの能力を持っている人間だ。周介たちで勝つのはまず無理だと考えていいだろう。
ただ、この中で猛は比較的安心しているようだった。
「なぁ大将、BB隊相手なら勝ちも狙えるんじゃねえか?」
「お前なに言ってんの?正気か?勝てると思ってんのかよ」
「まぁ聞けって。確かにこいつらは強いけどさ、少なくとも頭数はこっちが上だ。それに副隊長の能力があればさらにその数は増えるだろ?」
「そりゃ……そうだけど」
「向こうは非戦闘員が二人いる。そこを攻めれば、うまくやりゃ相手に降伏させられるだろって話だ。なぁ?」
猛はわざとBB隊に聞こえるようにこちらの思惑を伝えてきた。忖度をしろと言っているのではなく、これから非戦闘員に対して攻撃を仕掛けてやるぞという圧力をかけているのだということは周介にもわかる。
BB隊における基本的な戦闘要員は二人。強化能力者の大門と変貌能力者の雨戸だ。二人とも高い身体能力を得ることができるため、この二人が同時に前に出て来た時点で周介たちの戦線は崩壊するといっていい。何せこちらで満足にその攻撃を受け止められそうなのは猛しかいないのだから。
そしてBB隊の編成は確かに直接戦闘要員の大門と雨戸以外はいない。笹江の能力は周介もまだ知らないが、牧野の能力は味方に対して防護膜を張るというわかりやすい援護の能力だ。
猛曰く、笹江の能力が加わることによってBB隊は本領を発揮すると聞いたことがあるが、具体的にどうなるのかはわからない。
だが猛の言うように戦闘要員ではないのは間違いないのだ。そういう意味では猛の作戦もあながち間違いではない。
周介たちは六人。そのうちの一人が直接戦闘能力を持った変貌能力者の猛で、それ以外は援護、補助といった役回りしかできない。
だが、少なくとも周介と玄徳は最低限動き回れる程度の力はあり、瞳の人形たちも武装させればそれなりの戦力にはなり、知与も近接武器を持たせるか狙撃系の射撃武器を持たせると同じくそれなりの戦力にはなる。
最も瞳の人形と知与の戦力は能力者を比較対象にするとかなり見劣りはするのだが、それでも頭数としては脅威と言えるだろう。
味方が攻撃をされる。そういうことを念頭に入れれば、必ず二人いる戦力の片方を防御に回さなければならなくなる。
となれば相手をするのはどちらか一人。ならば猛と連携すればどうにかなるかもしれない。そんなことを考えて周介は一瞬でその考えを否定する。
「お前、本気でそんなことできると思ってる?」
「……思ってるよ。大将はそう思わないのか?」
「……思わないっていうか、思えないっていうか……」
確かに笹江と牧野の二人を標的にすれば、多少は二人いる前衛のどちらかの意識を散らすことはできるだろう。
だがこの部隊がそのあたりのことを考えていないとは思えなかった。それに、非戦闘員を狙うというやり方は周介は好き好んでやりたいとは思えなかったのだ。
もちろん、そんな甘い考えを持って勝てるような相手でもないとは間違いないし、そんなことが考えられるほど実力もないために手段など選んでいる場合ではないのもまた事実なのだが。
「もとより苦手な相手って銘打ってんだ。できることをやろうぜ。俺はできると思ってる。お前らは?」
猛の言葉に全員が微妙な顔をするが、玄徳がため息を吐きながら前に出る。
「兄貴、やってみましょう。この人らを相手にしたら、勝てる人らの方が少ないでしょうから、負けてもともとっていうのは趣味じゃありませんが、胸を借りるつもりでいってみませんか?」
胸を借りるつもりで。そういう考え方もあるのかと周介は納得もしていた。先ほどまで勝てるはずがないという気持ちが強かったが、とにかくいろいろぶつけてみるにはいい機会だとも思えてくる。
何せ相手はBB隊だ。どんな攻撃をしても問題はないだろうという安心感がある。
周介が瞳の方に視線を向けると、その視線の意図を察したからか瞳も小さくうなずいて同意をしてくれる。




