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文化祭三日目は、目まぐるしく過ぎていた。どういうわけか、入場者に加え、一年三組に集まるものがかなり増えたのが原因である。
その理由は白部にあった。
「昨日撮ったあの取り押さえるやつ、ネットに流したの。そしたらバズった」
というのが白部の言である。動画を投稿した際、本人だとわからないように周りの人々にはモザイクがかけられ、問題行動をしていた男や女子生徒の声にはボイスチェンジャーを使用している徹底ぶりだ。
しかも見やすいようにテロップなどを入れた結果、歓声と共にスカートの裾を挙げて挨拶するところで動画は締めくくられ、最後に一年三組の出し物のCMもどきが流れるその動画は、思いのほか再生数を伸ばしていた。
白部曰くバズったということらしいが、正確にはバズらせたという表現の方が適切かもしれない。
その結果がこれだ。一年三組には大量の人が溢れている。そして動画のメイド姿の少女を見ようと多くの人間がカメラを向けていた。
「白部、提案したの確かに俺だけどさ、こんなに効果出る?」
「着替える前でよかった。今日はもう宣伝しなくていいでしょ?」
動画を投稿するように持ち掛けたのは周介だった。せっかく動画をとったのだから何かの宣伝に使えないかと思ったのだが、まさかここまで反響を呼ぶとは思っていなかった。
一見すれば綺麗なメイド姿の女性が、乱暴をしている男を見事に組み伏せるその動画はたった半日で拡散され多くのものの目に留まっていた。
これらの拡散の度合いも実は白部の仕込みなのだが。
「こういう情報拡散は私の得意なところだから。これで今日は一日のんびりできるんじゃない?私たち宣伝部隊は何もしなくてもいいでしょ」
「さすがっす白部さん。情報操作はお手のもんですね」
「何話してんだよお前ら!手伝え!人が多すぎて他のところにも迷惑になってんだ!整列させるなりなんなりしろ!」
手伝わされるのかよと周介と白部は顔を見合わせてしょんぼりする。今日はゆっくり、普通の自分の姿で遊べると思っていただけにこの反応は少し予想外だった。
客の多くは、この動画のメイドさんはいないのかとそう聞いてきた。だがここで周介がメイドの姿をさらせば、あっという間に写真撮影が始まってしまうだろう。これ以上の混雑は周介としても、クラスの人間としても望むところではなかった。
人の群れは昼を過ぎても収まらない。動画を見てやってくる人の群れは、未だかつてないほどの入場者を産んでおり、他のクラスからも手伝ってもらって整理をする羽目になったほどだ。
そんな時間が、一体どれくらい続いただろう。日は傾き、三日目の終了を告げる鐘がもうすぐなる。
最終日は怒涛のような人の群れだったが、それでも、この時間にもなるとかなり人の数は少なかった。
「終わったぁ……疲れたぁ……!」
「いやぁ大盛況だったな。百枝、白部グッジョブ!お前らのおかげで大成功だ!」
それぞれの出し物も終え、クラスの全員がここ一年三組に集まっていた。だが周介としてはここで終わるつもりはなかった。
「おいお前ら、俺らにだけコスプレさせてお前らだけはしないとかそんなこと許さないからな!全員コスプレして集合写真撮るぞ!オラ適当にコスプレしろ!」
周介の言葉にクラスメートたちは「マジかよ」「着るのか?」「女装してみろよお前」「これ着たかった!」「カメラ係呼んでくる!」など、案外乗り気だった。
せっかくコスプレができる環境があっても、それらをすべて客に任せていたのだから仕方がないのかもしれない。
こういうのは一時の恥だ。そういうものはかなぐり捨てるのが祭りの鉄則だと周介はわかっていた。
「じゃあ百枝と白部さんも!ほらメイクしてあげるから!」
「また!?いやいや俺らは普通に写ってれば」
断ろうとした周介だったが、不意に周介の背中を押す誰かがいた。それは白部だった。彼女は笑みを浮かべながら周介の背を押してくる。
「最後だし、いいんじゃない?ね?」
白部の笑みは、今まで周介があまり見たことのないものだった。コスプレ中にしていた強引な作り笑いではない。どこか自然で、朗らかで、楽しそうで、白部の本当の笑顔のようにも感じられた。
「ほらももちゃんとまいちゃんの最後のお披露目!気合入れてメイクするから!座った座った!」
「あぁもうわかったよ!好きにしろ!」
ここまで来たら最後まで、自棄になってやろうじゃないかと周介は椅子に座って堂々とふんぞり返る。
最早怖いものは何もない。この三日間、恥辱に塗れた。だがそれもまた楽しかったのも事実なのだ。
「ありがとうね、百枝」
「何が?」
「私にしてくれて」
その言葉の意味は周介にはよくわからなかった。妙な言い回しだと思った。
「おかげで、楽しかった……んだと、思う」
白部は自信なさげに、だが嬉しそうに笑う。メイクをされながら笑う彼女は、この状況を楽しいと、そう感じているのだろう。
「よっしできた!みんな準備いい!?集まって!百枝と白部さんは真ん中!ほらポーズとって!」
コスプレしたクラスメート全員が教室の後ろに集まって並ぶ。その中心に、周介と白部は並んで座っていた。
「じゃあ撮るよ。ハイチーズ!」
カメラを持って撮影してくれている隣のクラスの同級生が、何回も写真を撮っていく。誰かの携帯で、使っていたデジカメで。全員がおかしな格好をし、全員が笑い、ポーズをとり、楽しそうにしている。
学生らしいことを久しぶりにやったものだと、周介はこの時だけは、自分の立場というものを忘れていた。
この時だけ、周介はただの高校生に戻れていた。本当に短い、この時間だけは。
写真の中に残るメイド姿の周介と、お嬢様姿の白部。そして様々なコスプレのクラスメート。この写真は、長く、長く周介が持ち続けることになる。




