0814
玄徳と別れた後、周介と白部は適度に休憩をとりながら営業活動、もとい呼び込みを続けていた。
コスプレをしている少女や鎧姿の人間が歩いているという噂は既に出回っているらしく、他のコスプレをモチーフにした出店関係、出し物関係の人間も同様の手段を取り始めている。
周介と白部がコスプレをして出歩く。そして一年三組のところに行列が出来上がったところで他のクラスも同じような手段に打って出たのだ。
最早一種のコスプレ見本市になりつつあった。考えることは皆同じということだろうか。クラスや部活の出し物の中でコスプレをモチーフにしたものはそれなりにある。種類は違えど一斉にそれらが動き出せばどうなるか。
当然と言えば当然だが、どこかを見れば何かしらのコスプレをした人物が呼び込みをしている状況が出来上がる。特に人が多い場所、出店などが立ち並ぶ場所や人が多く通る場所にはコスプレをした人間が立ち並ぶ結果になった。
主に女性のものばかりで、男性がコスプレをしているというのはほとんどなかった。そんな中で観衆の目を引いたのは周介が作った鎧だった。
周囲が可愛らしい、煌びやかなコスプレをしている中で唯一鎧を着飾っている人物が同じように呼び込みをしている。それは周りのコスプレの中ではかなり目立つ存在になっていた。
周囲のクラスがコスプレ状態で呼び込みをするのを逆手にとって、コスプレ写真館を運営する一年三組は周介が作った二着の鎧を同時に呼び込みに使うことで集客性を高めていた。
なにせ、他のコスプレに関する店はある程度コンセプトを限って衣装を用意しているため特定の衣装しかないが、周介たちの出店はあくまで多種多様なコスプレというだけだ。用意できる手札は山のようにある。
その中でも、鎧を持っているのは周介が自作した一年三組だけ。その強みを生かすことにしたのだ。
「でもさ、なんで俺らはこの格好のままなわけ?」
「鎧は大きい人が着た方がいいからじゃない?」
「納得いかない」
だが、鎧は周介ではなく、他の背の高い男子生徒に着られてしまっていた。周介は未だにメイド姿のままである。
周介と白部のコスプレ衣装も、周りのコスプレと比べればレベルが高いことから視線が集まることは確かだが、他にもコスプレがあることから視線の集まり具合は昨日に比べれば格段に減っていた。
「にしても人増えたな……すごい数」
「この辺りの人からすれば地域のお祭りみたいなものだから。仕方ないでしょ」
「土曜日って言うこともあって、暇な人が押し寄せてるって感じか。熱気凄いな」
不満そうな顔をすれば客が逃げるということもあって二人は朗らかな笑みを浮かべたままだが、会話は小声であまり聞こえないようにしてある。
いちいち呼び込みをしなくとも、視線が集まり持っている看板を見てくれるのであればありがたい。
視線が集まらなくなってきているのも周介としてはありがたかった。いつまでもこんな恥ずかしい格好を晒し続けていたくはないのだ。
そんな中、何やら小さな人だかりができているのが周介の目に映る。脅威、というほどのものではない。だが何か不和のようなものが生じているのが集まっている人間の声などから感じられた。
「人が集まると、なんか問題が起きる。面倒くさいな」
「……どうする?場所変える?」
「いや、ちょっとだけ様子見に行こう。もしやばそうだったら先生呼べばいいだろ」
周介は白部より先に出て人だかりができている方に歩き始める。人の群れの先、人がやや遠巻きに見ているその先、その先に周介と同じようにコスプレをしている女子生徒がいた。そしてその女子生徒の腕を掴んでいる長身の男が一人。
女子生徒の顔から、嫌がっていることは見て取れた。対して男の方は笑っている。おおよその事情はそれだけでも理解できた。コスプレしている女子生徒を連れ出そうとしているのか、それとも連絡先を聞こうとでもしているのか。
近くにいた生徒は既に教師を呼ぶべく動き出している者もいる。自分にできることはないだろうと思い、その場から離れようとする瞬間、女子生徒の悲鳴が聞こえる。
無理矢理掴み上げた腕を、強く握ったのだろう。男の腕で、その握力で握り込めばどうなるか考えればわかるはずだ。
「お嬢様、この状況、録画しておいてくれ」
「……了解」
周介から看板を渡された白部はカメラを掲げ、その状況を録画し始める。何が起きているのかをはっきりさせるために。
そんな中、周介はゆっくりと、メイドとしての仕草を崩すことなく人の隙間を縫うように進んでいく。
「痛い!離してよ!」
「まぁまぁ!いいからこっちに……あ?」
ゆっくりと近づいてくる、笑みを浮かべたメイド。その姿に周りで遠巻きに見ていた人間もまた周介を見ていた。
「なんだ?お前も相手してくれんのか?嬉しいね」
周介のメイド姿の、その豊満な胸元に目を向けて男は下卑た笑みを浮かべる。
女子生徒の腕を掴んだまま、もう一方の腕を伸ばしてきた瞬間、周介はその腕の手首をつかむと体を即座に回り込ませ、相手の膝裏を蹴り体勢を崩すと同時にその腕を勢いよく捻りあげる。
捻りあげられた腕と、崩された態勢によって痛みを覚え体が反射的に動いてしまうのを利用して、周介はその男の体に体重をかけ、そのままの勢いで地面に組み伏せ完全に関節を極めていた。
玄徳との日々の訓練で、周介は組み技、特に関節技に近い動きは常に練習している。メイドの姿をしているということもあって相手が完全に油断しているところを、捻りあげた。
「いてででで!は、離せ!おい!この……!」
男が自分の下で喚いていても、周介は関節を極め続けた。いつの間にか手を放されていた女生徒に笑みを浮かべてもう安心であるということを示す。
力を込めて何とか関節技から逃れようとしている男が決して逃げられないように力を加え続けると、周りの観客を割ってくるように男性教師が警備員を引き連れてやってきていた。
「大丈夫か?何が……」
メイドに取り押さえられている男性という、一見するとよくわからない光景のせいである程度話を聞いていても一瞬混乱してしまう男性教師と警備員に、近くから援護射撃が加わった。
「この人!痴漢です!そのメイドさんが助けてくれました!」
掴まれていた女子生徒の言葉から、男性教師と警備員は抑えられている男を掴む。今なお暴れようとする男性は罵詈雑言をその口から放っているが、さすがに警備員と男性教師がそろってやってきている状態では完全に力負けしてしまっている。拘束を解除しても問題がないと判断した周介は男の上から退き、別の場所に連れていかれるのを確認してからゆっくりと立ち上がり衣服についた埃などを払っていた。
それと同時に歓声と拍手が周りから聞こえてくる。どう反応したものかわからなかった周介は、とりあえずスカートの裾を軽く上げて会釈をして見せると、その歓声と拍手はさらに大きくなり、携帯のカメラなどで写真を撮るものもかなり多くなっていた。
周りの人をすり抜けるように、携帯を抱えていた白部がメイド姿の周介のもとに歩み寄ると、周介は申し訳なさそうに頭を下げる。
「もう少し、説明をしてからやってほしかったんだけど?」
白部の言葉に周介は苦笑するほかなかった。確かにもう少し白部に説明をしてやるべきだったかもわからない。
ラビット隊の人間であれば、あれだけ告げればあの後周介が何をするのかは察してくれるが、白部はそこまで気が回らなかったのだろう。
ただ動画を撮影するだけにとどまったため、連れていかれた男の素性を即座に調べるなどのことはできなかったようである。
「とにかく、ここを離れましょ。目立ちすぎ。いい宣伝にはなったけどね」
周介は白部から渡された看板を受けとると、周りにいた全員に見えるように掲げ満面の笑みを浮かべる。
仕事熱心な周介に白部は呆れるが、そんな表情を作ったのも一瞬のことで、瞬きを一回入れると同時に営業モードに切り替えていた。
「一年三組でコスプレ写真館やってます!一緒にコスプレして、思い出に残しませんか?お待ちしてます!」
白部が言葉に合わせてポーズをとる。周介も併せてポーズをとると周りの人の写真を撮る動きが加速していった。
それが終わると同時に二人はスカートの裾を少し上げて挨拶をしてからその場から移動していく。止めようとする者は誰もいなかった。歩く先にいる人はすぐにその道を譲り、周介たちが歩いていく先を見つめることになる。
ただ一人、先ほど助けられた女子生徒だけは、周介たちの後をついてきた。
「あ、あの。ありがと。メイドさん」
人が少なくなってきたところで、女子生徒は改めて周介の前に立つと頭を下げて感謝してきた。
本当に怖かったのだろうか、その手は僅かに震えている。
彼女自身もコスプレをしているために、どのクラスの誰なのかはわからないが、それは周介も同じことだ。
周介は周りに人が少ないのを確認し、白部に一瞬視線を向ける。白部はここでなら話しても問題はないのではないかと、周介自身が話すように促していた。
「あんな様子見ちゃったら、しょうがないだろ。相手がこの姿に油断しててくれて助かった」
「……え……!?声……え!?男!?」
「はい静かに。こんな格好俺だってやりたくてやってるわけじゃないってことはわかってほしいね。助けたんだから、内緒で頼むよ」
「もも、口調」
「おっと失礼しましたお嬢様。そういうわけです。どうか他言無用でお願いいたします」
「はぁ……それは良いけど……すご……本当に男子?見えないんだけど?」
「褒め言葉として受け取っておきましょう。それよりも、先ほどのいざこざ、怪我はありませんでしたか?」
「あぁうん、大丈夫。ちょっと強く握られただけ」
「次からは二人一組で動くことをお勧めします。可能であれば男子を連れていたほうがよいでしょう」
「私達みたいに。そのほうが安心」
「メイドとお嬢様の片方が男子なんて、絶対わからないし。でもありがと。一年三組だっけ?あとでお礼しに行く。えっと……名前は、聞かないほうがいい?」
「んー……正直あんまり名乗りたくはありませんね。今は『もも』と、『まい』お嬢様ということで」
互いに胸元についている名札を示し、苦笑する。事情を知らない女子生徒も、その表情から、この二人が望んでコスプレをしていないということは何となく察することができていた。
「わかった。ありがとうももちゃん」
今いるメイドはただの『もも』それだけでいいと判断したようだった。
少なくとも文化祭の間は会うことができるだろうと、そう考える。先ほどからまれたのだって犬にかまれたようなものだと、そう思うのが一番いいのだろうと、三人ともそう考えていた。




