0813
「どうぞ。冷えてて美味いですよ」
「あ、ありがとうございます」
詩帯は周介が渡してきたラムネを受け取りながら、今もなお目の前にいるメイド姿の少女、実際は少女ではないのだが、を見て眉を顰める。
少女の格好に少女の外見をしているのに、その声は男のものという矛盾にあふれた状況のせいで、会話をするたびに脳が混乱してしまっていた。
「あの……えと……夏に、坊ちゃんと一緒に、いた、方ですか?」
「あぁ、すいませんこんな格好で。百枝周介です。夏はお世話になりました」
「あぁやっぱり。でもその……すごい格好ですね」
「お恥ずかしい限りです。文化祭のノリってやつでして……それにしても、どうして東京に?まぁ、何となくわかりはしますが。玄徳に会いに来たんですよね?」
詩帯はいたって普通の私服を着ていた。まだ照り盛る太陽のせいもあって比較的薄着ではあるが、秋らしい爽やかな印象を与える色合いのカーディガンを羽織っている。
少なくとも仕事をするというう服装ではない。おそらくは玄徳の様子を見に来たというところだろうか。
「お察しの通りです。坊ちゃんの行方がようやくわかったということもあり、私が坊ちゃんの生活環境などの確認をしてくるようにと仰せつかりました。ちょうど坊ちゃんも休みをとるという話は聞いていたので」
生活環境を確認して来いという命令は、おそらくは体のいい理由でしかなかったのだろう。玄徳の両親からすれば、詩帯に休暇をやるのと一緒に玄徳と一緒に過ごす時間を与えたかったというところなのだろうが、それを言うのは野暮というものだなと周介はあえてそれを口にすることはなかった。
とはいえ、玄徳の生活環境と言われるとかなり面倒な部分はある。何せ玄徳の生活の一部に知与や言音の世話というものが入っているのだ。
玄徳の仕事や、住んでいる場所も周介は立場上知ってはいるが、深く入り込むようなことはしてこなかった。
男の一人暮らしというものをあまり知らない周介からすれば、手越と一緒に使っているあの部屋をさらに汚くしたような状況を想像する以外にない。
「で、玄徳と待ち合わせを?」
「いえ、実は坊ちゃんには言っていないんです。抜き打ちの方がより精度の高い視察ができると思いまして。ただ今日この学校の文化祭に行くとは聞いていたんですが……」
約束もせずにこの文化祭の場所にやってくるというのは何とも冒険心の強い女性だなと、周介は少し呆れてしまっていた。
だが確かに抜き打ちでなければ掃除などをしてしまう可能性もある。そういう意味では正しい判断なのかもわからない。
「まさかのサプライズですか……良ければ呼びますけど?」
「えっと……大丈夫ですかね?」
「大丈夫でしょう。たぶん今はうちの連中と文化祭を見て回ってるところだと思いますし。ちょっと電話してみます」
周介がすぐに玄徳の携帯に電話をかけると、一回、二回コールしたところで玄徳が通話に出る。
『はい!どうしました兄貴!』
「玄徳今どこにいる?ちょっと合流したいんだけど」
『今は体育館の方にいます。何かありましたか?』
「いや、お前に客が来てるんだ」
『客?俺にっすか?あ、しまった課長っすかね?今日の休み取り消しとかかなぁ……?』
「まぁとにかく合流しよう。体育館だったな」
『あぁいいっすよ兄貴。俺がそっち行きます。兄貴は今どこにいるんすか?』
「中庭だ。格好は昨日のままだからすぐ見つかるだろ」
『今日もあの格好してるんすか?なんつーかその……』
「これも仕事だ。とにかく頼む」
『了解っす。ちょっと待っててください』
玄徳はそれだけ言うとすぐに通話を切る。今まさに体育館からこちらに向かってきていることだろう。
周介はスカートのポケットに携帯をしまうとすぐに来ますよと詩帯に告げていた。
「坊ちゃんは、どこかで遊んでいるのでしょうか?」
「どうでしょう?あいつにとっては仕事場でもあるので、羽目は外していないと思います。ともかく、せっかくの文化祭です。どうか楽しんでください」
「ですが、私は」
「どれくらいこちらにいられるかはわかりませんが、ここまで来てくれたんです。楽しんでくれると、催している側としては嬉しいんですがね」
せっかく仙台からここまでやって来たのに、仕事のような感覚で何も楽しめないというのではあまりにも可哀そうだ。
玄徳と一緒に行動できるのであれば、せめて文化祭の空気と、その出し物だけは楽しんでもらいたかった。
それは主催者側としての思いでもある。
「兄貴!お待たせしました!」
本当にすぐやって来たなと、周介は走ってこちらにやってきている玄徳の方に目を向ける。その手には屋台で買ったのだろうか、綿あめが握られていた。
「この格好の俺に堂々と兄貴って呼ぶなよな?ほれ、お前の客だ」
周介はベンチに座っている詩帯の方に視線を向ける。
「ども……って雅!?なんでここに!?」
「坊ちゃん、お久しぶりです。今日は坊ちゃんの私生活の視察に伺いました」
夏ぶりの再会。約二カ月程度だろうか。まさか詩帯がここにきているとは思っていなかったのだろう。玄徳は目を丸くしてしまっていた。
「視察って……そうか、親父とお袋の差し金か?」
「差し金などと、そのようなことを言わないでください。お二人とも坊ちゃんのことを気にかけているんですよ?何年も行方知れずだったんですから」
何年も連絡をしていなかったという点に関しては玄徳も負い目があるからか、それ以上反論することはなかった。
とはいえ、まさか東京にまで詩帯を派遣するとは思っていなかったのだろう。少しやりすぎだとも感じているようだった。
「まぁとにかくだ。玄徳、せっかくうちの文化祭に来てくれたんだ。詩帯さんを案内してやってくれ。楽しんでくれたほうが俺らも嬉しいし」
「え?そ、そりゃあ……いいっすけど」
「詩帯さん。時間があればで構いません。うちの出し物見ていってくださいよ。玄徳の私生活チェックは、その後でもできるでしょう?」
「は、はい。それはもう」
「じゃあ頼んだ。俺らはまだ仕事あるからこれで失礼する。さぁ行きますよお嬢様」
「はいはい」
周介と白部がいなくなっていくのを見ながら、玄徳は少し気まずかった。気を遣われたのではないかとそんな気がして仕方がない。もっとも周介も先ほどあったような素振りだったので、突発的なことではあったのだろうが。
「っていうか、お前日帰りとかじゃねえだろうな?」
「一応、三日ほど滞在する予定ではいますが……実は昨日からもう東京には来ていまして」
「なんだそりゃ!っていうか、三日もいるのかよ……」
「えぇ、普段の坊ちゃんの生活を報告するのが仕事ですから。普段通りに過ごしてくださいね」
普段通りと言われても困るのが玄徳の立場だった。何せ玄徳の普段の生活には知与や言音の夕食づくりも含まれているのだ。
三日間とはいえ、その間をあの二人だけで生き抜けというのは少し不安もある。知与はもうすでに料理をかなり覚えているとはいえ、それでも周介に任されている以上手を抜くことはできない。
だが、普段通りの行動をとる玄徳を見張るということは、当然拠点にまでついてこようとするだろう。
それはダメだ。詩帯は玄徳の身内ではあるが一般人だ。拠点内に入れることは可能な限り避けたほうがいいということは玄徳もわかっている。
スポンサーの中には一般人でも拠点内に入る者もいるが、あれは例外中の例外だ。作り置きでもしておけばよかったかなと思いながら玄徳はため息をついてしまう。
「けどなぁ……俺の部屋汚いぞ?掃除とかあんまりしてないし」
「そんなの昔から変わらないじゃないですか。いつも私が片づけろと言っても漫画はまとめないし雑誌は床に積みっぱなしで、飲み終わったペットボトルも床に転がっていましたし……今もそうですか?」
「…………」
玄徳の沈黙こそが答えだった。玄徳は仕事場やラビット隊の隊室は、仕事という義務感を持って片付けや掃除などは行うが、自分の空間となるとその義務感が一切なくなる。
自分が使うもので、自分が住む場所なのだからという感覚が強すぎるせいか、玄徳の自宅はそこまできれいではない。
「あとで坊ちゃんの部屋は掃除しますからね。家に案内してください」
「いやだって言っても付いてくるんだろ?ったく……仕事休み入れるんじゃなかった」
「お仕事も見たかったんですけどね。どんな風に働いているのかを」
「……お前に見せられないことだってしてる。前説明した通りだ」
「そっちも知りたくはありますが……深くは聞きません。私が知りたいのは、坊ちゃんの普段のお仕事です」
普段の仕事と言われても、玄徳にとってはどちらも仕事だ。日常的な訓練や定期的な依頼。そして毎日ある清掃業の仕事。どちらも玄徳の大事な仕事だ。
どちらもみたいのだろうという気持ちを理解しながら、なぜそこまで見せなければいけないのかという気持ちも沸いてくる。
だが同時に、いずれ詩帯には見せなければいけないということも、何となく察している。
玄徳と近しい存在であり、将来にもかかわってくる彼女はそれを知らなければならない。それを知る権利、いや、義務がある。
いつかは、いずれは、それを見せなければいけない。それを知らなければならない。
だがそれは今ではないように思う。それが一体いつのことになるのかはわからないが、玄徳はひとまず自分の部屋の状況を思い出して頭を抱えていた。
「ともかく、今はこの学校を案内してください。先ほどの、百枝さんもおっしゃっていたでしょう?まずは楽しんでほしいと」
「……兄貴も変に気ぃ使ってくれるよ。まぁ、東京に来て見るのが俺の汚い部屋だけってんじゃ味気ないのもわかるけどな」
周介はこの二人の関係を知っている。だからこそ二人になれる状況を作ったが、玄徳もその気遣いには気付いていた。
「二人でお祭りを見て回るなんて、何年ぶりでしょうね?」
「……さぁな。覚えてない。中学上がってからは野球ばっかりやってたからなぁ……」
野球ばかりやっていて、祭りなどにも満足に行った記憶はない。部活の仲間と一緒に遊んだ記憶はあるが、それももうすでにおぼろげになってしまっている。
特に詩帯と一緒に遊んだ記憶はかなり少ない。近すぎたせいか、一緒にいた記憶はあっても、一緒に遊んだ記憶はほとんどないのだ。印象に残っていないというのはそれだけ当たり前だったということなのだろう。




