0808
文化祭当日。粋雲高校の文化祭は数日に分けて行われる。初日に行うのはまず生徒たちとその関係者だけ参加可能。そして二日目は土曜日一般客も参加可能。そして三日目の日曜日が最終日となる。
この日は主に学生たちとその家族が楽しむ状況で、一般の客はそこまではいることはできない。
ただ、一貫校であるということもあり、各学校の関係者を含めるとかなりの数になる。はずだった。
「……なんかさ、少なくない?」
「そう?こんなもんじゃないのか?」
周介は自分の中学の学園祭の事を思い出していた。周介の中学は何日もわけて文化祭をするようなことはなく、一日だけの開催だったために周辺の一般人全員が参加するような形での文化祭だったために、非常に多い人通りだったのを覚えている。
だがそれに比べると、この参加人数の少なさはどうだろうか。門の出入り口で家族であるという証明のプリントを持ってやってきた人間は数えられる程度しかいないように見える。
生徒は今ほとんどが生徒同士を客として文化祭をやっているようなものだ。
それぞれが空き時間を作って他のクラスや部活がやっているものを見ているような形になる。
「あぁそっか、百枝は高校からここに入学してきてるんだもんね。この学校は毎年こんな感じ。基本親なんて見に来ないし。来るのはかなり珍しいんじゃない?ちっちゃい子がいたりすると家の人が連れて来たりするけど」
「えぇー……そういうもんなのか?文化祭って感じじゃない気がするんだけど」
「だから初日は大体練習。明日からが本番って感じなんだよ。今のうちに慣れられるってわけだ」
そんなことを話している時周介は、そういえばこの学校はそれなりに有名な進学校で、歴史もそれなり以上にある。金持ちなどの家庭が多いのだったということを思い出す。
家の人間は自分の子供の祭りなどそこまで気にするようなことはないのだろうか。可能なら妹や弟に見せてやりたかったと思う反面、家が遠くて来られなくてよかったとも思ってしまう。
何せ今周介は絶賛メイクの最中なのだ。
すね毛もすべてそり落とされ、顔はパックをされてうるおいキープ状態。そこにさらに化粧まで施され完璧に仕上げられている最中だ。
「ねぇ百枝、百枝って胸が大きい方が好きなタイプ?」
メイクをされているときに唐突にそんなことを聞かれる。もし時と場所が違えば、これは脈があるのではないかと思えてしまうのだが、女子生徒の手に女物の下着、ブラジャーと、何やら軟体質の物体、周介は初めて見るが胸にする詰め物であるパッドを見てしまうともはやそんな風には思えなかった。
「……俺は別にどっちでもいいかな!そのでかめのブラ何するつもりなのかな!?」
「わかってるくせに。はいこれつけてね。あとこれは単なる質問なんだけど、百枝ってパンツにこだわりある?トランクスとかブリーフとかボクサーとか」
「わかってる!わかってる!その答えによって俺の未来が決まるんだろ!俺は男物のパンツ以外穿く気はないぞ!俺の!尊厳は!絶対に守って見せる!」
女装をすることは百歩譲るとしても、女性ものの下着を身につけたらもはや戻れないところにまで行ってしまいそうだった。
少なくとも周介はそんなところに行くつもりは毛頭なかった。ブラジャーをつけさせられている時点で今更なのかもしれないが。
「まぁロングスカートだから見られることはないかなぁ……でもこれだけは履いておいて」
「なんだこれ?スパッツか」
「ボクサーパンツみたいなもんでしょ?これでごまかしておけば万が一見られても大丈夫でしょ?百枝なら見られても平気かもだけど」
「……俺さぁ、手越や真鍋と一緒にはしゃいだりするけどさ?別に変態ってわけじゃないんだよ。そういう話をするのが好きなだけであってさ?こういうのをするのは俺の趣味じゃないんだよ」
「はい、いいからさっさと着る!手には白の手袋。あれ?口紅どこ?」
「あ、こっち!」
「あいよ。ファンデーションはオッケーっと。ブロウと、アイシャドウとアイラインして……あ、つけまつげ!あとマスカラ!」
「はいはいこっち!っていうか百枝やばい!やばいよ!これ後で写真撮ろう!?百枝後で写真撮らせて!」
「俺はもう一生の汚点となることを覚悟したよ。もうなんでもこい!煮るなり焼くなり好きにしろ!」
ここまで玩具のようにされると周介としても一周回って頭がどうにかしそうになっていた。
同じようにメイクを施されている白部もまた死んだ魚のような目をしてしまっているが、もはやここまで来ては引き返せない。
「ヒールは大丈夫だった?何ならもうちょっと背の低いやつとかもあるけど」
「大丈夫だ。何とかする。俺は白部の三歩後をついて回ればいいんだろ?」
「そう!メイドさんっぽくね。看板も百枝が持つように」
「了解。白部お嬢様!参りますわよ!」
「やめて!お腹が!お腹痛い!笑わせないで!あとこれね」
そう言って白部と百枝の胸元にそれぞれ簡単に作られた名札のようなものがつけられる。
それぞれが可愛らしい文字と装飾が施されており、白部の胸元には『まいちゃん』と書かれた名札が。周介の胸元には『ももちゃん』と書かれた名札が取り付けられる。
「白部さんは『まい』ちゃん!百枝は『もも』ちゃん!二人ともなりきること!」
「……何で『もも』なんだ?」
「最初は『まわり』ちゃんにしようと思ったんだけど、そっちの方が女の子っぽいじゃん?」
周介と白部は互いにつけられた名札を見てから笑いをしてしまう。そして周介は独特のポーズをとりながら完全にメイド姿となった状態で白部に向かい立つ。
「行きますわよ!まいお嬢様!」
「…………やめて……!笑わせないで……!」
白部は必死に笑いをこらえているが、肩を振るわせてその場に崩れ落ちてしまっていた。
「メイドキャラが分かんないよ。百枝は基本喋らないほうがいいね。歩いてるときは基本黙ってること。黙ってれば滅茶苦茶可愛いんだから」
「……俺だけ罰ゲームなんだよなぁ……なんでこんなに完成度高いんだよ」
周介は自分の格好を姿見で確認する。確かに黙っていれば女の子にしか見えないなと、自分の変身ぶりに恐怖を抱いていた。
こんなコスプレの技術を持っているとは、同級生の女子が恐ろしくて仕方がなかった。ただの化粧術なのかもしれないが、それにしたって化粧で人が変わるとはよく言ったものだと、鏡に映る女子にしか見えないメイド姿の自分を見てため息をついてしまっていた。
周介たち広報チームの四人はまず一塊になって移動していた。校内を移動すると、中を見回っていた教師や生徒が周介たちを見て感嘆の声を漏らしていた。
中には携帯で写真を撮っている者もいる。
自分の汚点がこうして後世に残っていくのだなという事実を認めながら、周介はコスプレ写真館という看板を持って静かに、そして表情を崩さずに白部の後に続いていた。
「いやぁ、やっぱ注目度が違うなぁ!この鎧!百枝のおかげでいい宣伝になるぜ!」
「本当にね。中庭に出たら別行動でよろしくね。百枝は喋らないように」
喋らないようにと言われて少々落ち込んでいる周介は小さくうなずく。白部が気の毒そうに周介を見るが、彼女も彼女でかなり周到なコスプレをさせられている。
最早デコレーションされているのではないかと思えるほどに着飾っている白部は歩くのも大変そうだ。衣服の裾は地面に擦れないギリギリのところまである。赤を基調としたゴスロリファッションはあまりにも特徴的だ。
普段の白部からは想像できないような服装である上に、髪形も異なり眼鏡も付けていない。化粧もばっちりこなしているためこの場にいるのが白部であると認識できるものはいないだろう。
もっともそれは周介も同じだ。長い髪の毛にしっかりと施された化粧。胸元には大きなパッドを入れブラで固定しているため一見すると巨乳に見えることだろう。
ロングスカートにヒールの靴を履いて姿勢よく歩く姿は女性にしか見えない。もともと中性的な顔立ちが化粧だけでここまで変わるといったい誰が予想しただろうか。
「そんじゃ気を付けてね。宣伝よろしく!」
「頑張れよ!」
「……そっちもね」
白部の言葉に続いて周介も軽く手を挙げて互いの健闘を祈る。喋れないというのは案外不便なものだなと思いながら、周介は小さくため息をついていた。
「それじゃあ、いこ、ももちゃん」
「…………」
「……そんな恨めしそうな目で見ないで」
喋ると男であるということがばれるということもあって、周介は目で訴えるほかなかった。この場でしゃべろうものなら、聞く人が聞けば間違いなく周介が女装をしているということに気付いてしまう。
この女装姿だけでも見られるのが嫌なのに、知り合いに見られようものならもう二度とこの学校を歩くことはできなくなってしまうのではないかと思う程度には恥ずかしかった。
「お、なんかすごいの歩いてるな」
その瞬間、周介の耳に聞き慣れた声が聞こえてくる。
一瞬で背中に冷や汗が噴き出るのを感じながら、看板と一緒に振り返ると、そこには手越や福島、十文字の姿があった。
どうやら組織メンバーで文化祭を回っているようである。
「三組ってことは……百枝と白部のクラスか。コスプレ写真館って、何するんだ?」
「写真撮ってくれるってことか?いやコスプレできるのか!すげえじゃん!あとで行ってみねえ?」
「あ、ごめん。百枝知らないかな?一緒に見て回ろうと思って探してるんだけど見当たらなくてさ」
なんでこのタイミングでこの三人に出会ってしまうのかと、周介は白目をむきそうになるのをこらえてどうにかやり過ごそうと白部と顔を見合わせる。
「百枝は……その……」
「知らないか?あと白部ってやつが面白い格好してるって聞いたんだけど」
「……あの……えっと、実は……」
「ん……?その声……白部か?え!?マジで白部か!?」
手越が気づいたことで、一緒にいた福島と十文字も目の前にいるゴスロリ少女が白部であるということに気付いたのか驚愕に目を見開いている。
「え!?嘘だろ!?お前白部か!?」
「うわぁ、凄いね!よく似合ってるよ!」
手越と福島と十文字はそれぞれ、白部の声と胸元の名札に『まいちゃん』と書かれていたところから白部であると認識したようだったが、よく声だけでわかったものだなと感心してしまう。
同じクラスの周介も、白部のコスプレの段階を踏んでいなければ彼女が白部であると一発で理解はできなかっただろう。
さすがは長年組織で一緒にいただけはあるというところだろうか。
周介がそんなことを考えていると、手越たちの視線が周介の方に向く。
コスプレしているのがいったい誰だろうと気になったのだろう。そして胸元にある『ももちゃん』の名札に「まさか……マジか……!?」と小さく呟く手越に、周介はもう隠せないなということを悟る。
「なんだよ、文句あるかご主人様?」
「お前百枝か!?うっそだろおい!マジか!」
「うそぉ!?え!?マジ!?え!?マジで!?」
「うぇぇえあええああ!?ど、どどどういうこと!?本当に!?本当に百枝!?」
「あんまり名前連呼すんな。俺は今『ももちゃん』だ。リピートアフターミー!『ももちゃん』!」
「ぶっははははははははははは!マジか!マジか!やばい写真撮ろう!あとで他の連中にも見せてやろうぜ!真鍋にも絶対見せなきゃ!」
「お前ら後で覚えておけよ!絶対後で血祭りにあげてやる!」
周介が怒りの形相をしても、完全にメイクとコスプレをしている以上女性が怒っているようにしか見えず、三人は声を上げて笑ってしまっていた。それが悪いと思っていても、三人は笑いを止められなかった。




