0804
「目隠し?うち相手に随分と舐めたことしてくれるじゃん!?」
鬼怒川は煙の中に突っ込み、手当たり次第に攻撃を仕掛けながら周介の影を探り出す。障害物に加えて煙幕が出ているというのに、鬼怒川は周介の位置をかなり正確に把握していた。
周介は持ち前の脅威を察知する感覚でそれを避け、同時に再び煙の中に姿を消す。だがやはり鬼怒川は周介の位置を大まかに把握することができていた。
その原因は大きく分ければ二つ。鬼怒川自身の経験によるもの。煙幕や障害物などに隠れたとしても、周介の移動の際にはそれ相応の音がする。そして煙の中を動けば、周介が通った後の煙は大なり小なりうごめく。その変化を見逃していないのだ。
そしてもう一つ。これこそが原因の中でも大きな割合を占めている。
鬼怒川は、周介の気配とでもいうものを追っているのだ。
周介が自らに迫る脅威をかなり正確に位置や範囲などを把握できるように、鬼怒川は大雑把ではあるが、特定の人物、特定の第三者などの気配を知覚できるのだ。
それは鬼怒川が目覚めている感覚。つい先日、周介が一見すればだれかもわからない状態であるというのに、鬼怒川は周介であると気付いたのはこれが原因でもある。正確な位置こそ分からないものの、周介のそれと違い、脅威ではなかったとしても特定の個人を気配で感じ取り、把握することができる。
障害物に隠れていようと、息をひそめていようと、どこにいるのかが大まかにわかる。
もし鬼怒川に、大した攻撃力がなければそこまで効果があるような感覚でもなかっただろう。
だが、鬼怒川は組織内でも上位に入るほどの攻撃力を有している能力者の一人だ。
大雑把にでも位置がわかってしまえば、あとはその場所に攻撃を仕掛けるだけ。彼女の感覚が及ばないほどに遠くに逃げられるのであればよかったが、この訓練場という限られた空間の中では、彼女の持つ察知能力から逃れることはできない。
だがもとより周介も、鬼怒川から簡単に逃げられるとも思っていなかったし、鬼怒川が何かしらの感覚で周介の位置を把握していることも知っていた。
何度も逃げていれば、死角に回り込むこともある。鬼怒川からは見えていないであろう状況であるにもかかわらず、攻撃を仕掛けてきたことだってあるのだ。
自分が特殊な感覚を有しているのだ、鬼怒川に同じことができても不思議はないと周介はあらかじめ予測も立てていた。
煙幕を展開する前よりも大雑把ではあるものの、鬼怒川の攻撃は確実に周介に向けられている。大雑把になった分、障害物や訓練所そのものへの被害が大きくなっている。轟音と衝撃が辺りに響く中、周介は先ほどよりもかなり余裕をもって回避することができていた。
鬼怒川の恐ろしいところは、周介の体めがけて超高速の攻撃を何度も何度も、それこそ当たるまで連続で繰り返すところだ。
その速度のせいで、回避してもすぐに次の攻撃が別の角度からやってくる。一つ対処を間違えば体がバラバラになっても不思議はない。
しかもその精度が高いところが厄介なのだ。攻撃一つ一つを確実に回避しなければいけないため、周介は常に全神経を回避に集中させる必要があった。
煙幕によって鬼怒川の攻撃精度は著しく低下している。それでも周介の体に当たる程度には、その位置を把握しているのだから、つくづく恐怖を覚えずにはいられない。
だがそれでも、先ほどまでのような脅威は今鬼怒川にはない。攻撃一発一発の精度が落ちたおかげで、全力の回避でなくとも避けられる。周介はいつもの五倍近い時間を、こうやって相手の動きを阻害することでやり過ごそうとしていた。
もっとも、そんなものが長続きしないということもわかっていたが。
「あぁもう!しゃらくさい!」
移動し続けていた鬼怒川が足を止め、腕を巨大化させる。何をするつもりなのか、周介には予測できていた。
「おらああぁああ!」
鬼怒川が腕を強引に振り回すと、周囲に暴風が巻き起こる。ただ腕を振り回しただけで、辺りの状況は一変していた。
飛行している時と同程度の風を周介は感じながら障害物の一つに掴まる。すでに壊れかけていた障害物のいくつかはこの暴風のせいで音を立てて崩れていっていた。
煙を吐き出し続けているスモークグレネードも、いつの間にか煙を吐き出すのをやめ、ただの空き缶に近くなってしまっている。
「相変わらず……力任せな子だ……」
「ですが、煙も晴れましたよ……これで先ほどの繰り返しに……」
煙が無くなれば、鬼怒川を阻むものはないに等しい。気配のするそのほうに、鬼怒川は視線を向けると満面の笑みを作る。
「見つけた。私から隠れようなんて百年早いぜ百枝君!」
「かくれんぼじゃないんで。逃げ切れば、いいだけでしょう?」
周介は僅かに肩を上下させながら集中力を高めている。短い時間とはいえ煙のおかげで時間も稼げた。
残り時間があと何分あるか。時計を気にしている余裕もない。だが周介は一種の覚悟を決めていた。
アーム、そして手足に残された推進剤の残量を確認しながら、大きく息を吸う。
集中力はまだ維持できている。あとは周介のみに不運が起きないことを祈るのみだ。
「ヨッシーさん!残り時間は!?」
「……あと二分!」
「オッケー。二分もあれば、十分」
「二分……二分なら……!」
二人は同時に跳躍する。互いに二分であれば行けると、そう判断した。
片や逃げられると。片や仕留められると。
両者の視線が空中で交差する。衝撃と轟音が響き渡るのも、あと二分。




