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とにもかくにも試してみないことには始まらないと、周介はそれを装着していた。
普段身に着けているそれに比べると想像以上にそれらは軽かった。
通常装備であれば腰、足の部分にしかついていない噴出装置は腕の部分にも取り付けられている。
装甲の内側にしまうような形で普段のそれと大きく形を変えているが、それがより一層戦闘機などのジェットエンジンを彷彿とさせる。前腕と上腕に一つずつ、大腿部、下腿部に一つずつ、腰、そして背中の方の部分にも、アームと干渉しない形で噴出装置が取り付けられている。
逆にアーム部分の翼と、噴出装置以外は何も取り付けられていない。
完全に飛ぶことを目的とした装備であることは間違いなかった。
「よし!じゃあ頼むよ!」
「頼むよって……まぁやりますけど……瞳、玄徳、なんかあったらフォロー頼むな」
「はいはい」
「うっす、任せてください」
どこかに突っ込みそうになったら二人に助けてもらわなければ大事故につながりかねない。周介は自分の体に取り付けられた噴出装置の構造を何となく把握しながら、今までのそれとはまた形が変わっていることに気付く。
今までも細かく変更が加えられてきた周介の装備だが、どんどん最適化されているのが周介にもわかった。
まずは腰、周介が噴出装置を作動させると、空気がどんどんと押し出され推進力が生まれているのがわかる。
高速回転する装置から、押し出される空気から、部屋に独特の音が伝わっていくのを感じながら、周介はその体がわずかに上に持ち上げられていることを感じ取る。
そして腕、足、肩、それぞれに取り付けられているすべての噴出口をゆっくりとだが確実に回していく。
ここで注意しなければいけないのは、一気に回すとまた大変なことになるということである。さすがの周介も今までの実績があるのだ。いきなり全力で回せば痛い目に遭うのはもうこりごりであった。
慎重に少しずつ回転数を上げていくと、周介の体がほんのわずかに持ち上がる。
噴出装置そのものが上に持ち上がり、それにつられるように周介の体も持ち上がっているというべきだろうか。
空を飛んでいるという感覚はあまりなかった。腕や足をつっかえ棒のようにして、体が持ち上がるのを支えているというような感じだ。
これが思ったよりも難しい。体の微妙な姿勢、そして噴出装置の角度、それらによって周介は空中を右往左往してしまう。
「うんうん、計算通りしっかり飛べているね。一応まだマックスじゃないんだろう?」
「はい、さすがに全力を出すのはまだ早いかと思いまして」
「ここじゃ天井も低いからね。近いうちに海に行ってそこで練習しようか。にしてもふらふらしてるね」
「そりゃ、そうでしょ、なんていうか、バランスがとりにくくて」
「ゆっくりと動こうとすれば、それだけバランスがとりにくくなるのは当然さ。普通の人だって、自転車をゆっくり進めようとするのは難しい。逆にスピードが出ていたほうが安定するってこともある」
「そういうもんですか……ね……っとととととお!?」
「兄貴!」
周介の体が大きく流れて壁にぶつかる瞬間、玄徳が能力を発動しその速度を一気に低下させる。そして瞳の操る人形が周介と壁の間に挟まりクッションになっていた。
幸い周介に全く痛みはなかったが、なかなかどうして練習が必要なのはよくわかった。
「これは、新しい訓練は結構大変そうだな……人の動きに、空を飛ぶか……」
「でもそれができれば、周介君の行動の幅は一気に広がるよ。個人的には、その装備での飛行ができたら飛行機を飛ばしてもらおうと思ってるんだよね」
「えぇ?本気で言ってます?」
「そりゃそうだ。でも自分の体で飛ぶよりは楽だと思うよ?車を運転するようなもんさ」
「また適当なことを……」
「適当なんかじゃないさ。訓練した、練習した普通の人間にできるように設計されたものなんだよ?それなら君にだってできるさ。今までだってそうやってきたんだから。人間が使うために作られた道具を、君が使えない道理はないだろう?」
最初からすべてができる人間なんていない。何もできないところから人間は始まり、そして練習や訓練によってそれを身に着けていく。
車も同じだ。そして飛行機も同じだ。どんな人間も訓練によってそれを身に着ける。
ドクの言う通り、車も飛行機も人間が使うために作られた道具だ。人が使えるように最適化されているものである。
長い年月を積み重ねることで、人の手と足、それらを駆使して操縦できるようになった機械だが、周介が使えない道理は確かにない。
とはいえ先が長いことは間違いない。周介は今まで自分で空を飛んだことはヘリでしか経験はないのだ。
それもかなり練習した。水の中の訓練のようにある程度の安全が保障されている環境と違い、空中では一つの間違いが死に直結する。
いつも通り、少しずつ訓練していくしかないのだなと、周介は地面に降り立ちながらそんなことを考えていた。
「ところでドク、新しい装備はいいんですけど……大太刀部隊からきた訓練の話ってどれくらい聞いてます?」
「あぁ、そのことならもう知ってるよ。割といい案だと思うよ?君たちは大太刀部隊みたいな戦闘系能力者と対峙すること自体が絶望的だ。そんな相手と対峙した時に逃げる術を覚えておくのは決して損にはならない。そして、大太刀部隊は君たちのような機動力の高い相手と戦うことに不慣れ、逃がさないようにとにかく捕まえようとする戦い方を学ぶのは大事だ。どちらにも得があるいい話じゃないか」
危ないということに目をつぶればねとドクは苦笑しながらそう言う。
やはり多少の危険は前提条件として仕方がないと考えているようだった。それもそうだろう。訓練とはいえ相手は大太刀部隊。それは以前山で経験した実戦形式の訓練で嫌というほど身に染みている。
「俺らは基本戦闘部隊じゃないのに、そこまでするなんて」
「戦闘部隊ではないね。でも君はどうしたって現場に出るじゃないか。僕らが望む望まないに関わらず」
「俺は現場に出たいと思ってはいないんですけど?」
「……君のそういうところ、そろそろわかって来たよ。言っていることとやっていることがちぐはぐだ。理性的な部分と本質的な部分が食い違っているんだね。難儀な性格だよ」
周介は平時においては理性的に物事を考え、自らの身の安全を第一に考えることができる、良くも悪くも普通の男子高校生程度の常識的思考回路しか持たない。
だが、どういうわけかその本質は、その常識的な部分とは大きくかけ離れたところにあるのだ。
身の危険に対しても、誰かの危険に対しても、何より自分の命に対しても、常識とはかけ離れた行動ができる。できてしまう。
ドクは今までの周介の行動から、周介の本質を本当の意味で理解しつつあった。
小太刀部隊の大隊長と周介が面と向かって初めて会った時、周介のことを危うさを感じたと言っていた意味を、ドクはようやく本当の意味で理解したのだ。
周介は危うい。あの時柏木がそういったように、脆い足場だろうと平然と走っていけるような考えを持ってしまっている。
それは、どこか狂っているとさえいえる恐ろしさを内包している。
理性と狂気の狭間を、綱渡りのようなその境界線を平然と歩くその姿に、僅かな畏怖さえも含んでしまうのは仕方のないことだろう。
だが、部隊の中で誰も周介から離れようとしないのは、その本質が善のそれに近いからなのだろう。
本人はそんなことは全く思っていないのが、また厄介なところでもあるのだが。
「大隊長はなんて言ってるんです?一応部下が大太刀部隊と訓練するっていうのは」
「どうだろうね、内心穏やかではないかもしれないけれど、君達の事情を知っているからか好意的に捉えているようだよ。今まで大太刀部隊と僕ら小太刀部隊の間に、ちょっとした溝があったのは結構気にしていたみたいでね」
「そうなんですか?あんまり気にしたことなかったですけど」
「組織に入ったばかりの周介君だと、大太刀部隊の人との違いって分かりにくいだろうけどね。それに周介君は拠点内での運搬とかやってるから大太刀部隊の人と割とかかわること多いけど、普通の人はほとんど関わりはないんだよ」
片や裏方、片や表舞台で命を賭けての戦闘。そんな二つの部隊が交わるところは限られてくるのはよくわかる話だ。
どちらが欠けても組織が成り立たないのはよくわかる。それは小太刀部隊として現場に、そして裏方にと組織全体を見渡してきた周介も知っていることだ。
だがそこまで溝があるとは思っていなかった。
「瞳、そうなのか?」
「あたしたちは現場にも出るからあんまりそういう感じしてないけど、完全裏方の人たちからすると、やっぱり大太刀部隊の人は怖いっていう感じはあるんじゃない?逆に大太刀部隊からすれば、あたし達みたいな小太刀部隊は現場に出ない、苦労をしない人ってイメージが強いんでしょ」
「現場に行くってことが全部じゃないだろ。裏方にだってそれなりに大変なことだって」
「それはそう。けど、現場に行く人は命がけ。でも裏方はそういった危険は少ない。どうしたって格差があるのは仕方がないんじゃないの?立場と意識の違いなんてそんなに簡単に割り切れるもんじゃないでしょ」
そんなものだろうかと、周介は頭を抱えてしまう。周りの人間の意識の違いなど周介は考えたこともなかった。
大太刀部隊と小太刀部隊。両者の間にある考え方の違いは、思っていたよりも大きいのかもしれなかった。
「まぁそのあたりは今後訓練していくにあたって、いろいろと知っていくことだろうからね。僕から言えることは体だけは壊さないようにね。そっちの方は機械と違って替えが利かないんだ」
「わかってますよ。にしたってもうちょっと言い方ってものがあるでしょうに」
「ごめんごめん。けど本心だよ。装備はいくら壊してくれても構わない。でも君たちは無事でいてほしい。そういうことだよ」
「壊した分だけ修理と改良ができるからってことですか」
「それもある。むしろそっちの方が本命かな」
ドクの隠そうともしない物言いに周介はため息を隠せなかった。




