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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
十話「分水嶺に立つ小動物」

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「へぇ、じゃあ本格的に銃を扱うようになったんだ」


「えぇ、残念ながらまだ実弾を撃つ度胸だけはないんですけど」


 あの時、撃たなければいけない場面で撃てなかった。本当に実弾を撃つ度胸は、自分にはまだない。それは周介が一番理解していた。


「そのほうがいいさ。銃を撃つことに慣れてしまうよりずっといいよ」


 周介は大門の庭園にやってきていた。ここができた当時はまだ土と花壇を模した形しかなかったただの部屋だったが、今は大門の細かな手入れのおかげか、木々や草花が青々と茂っている。


 太陽はなく、人工的な光ではあるが緑はしっかりと色づき、それぞれがより育とうと背を伸ばし続けている。


 周介はいつものように水を与えながら、自分の手に残っている銃の感触を思い出していた。


 撃った時の衝撃、そして手に残るグリップの感触。それらはどうにも忘れがたい。


 こうして如雨露を持っている手と同じなのに、全く違うものを持っているということから、どうしても印象が強くなってしまうのかもしれない。


「それに聞いたよ。僕らの訓練の手伝いをしてくれるんだって?」


「手伝いなんて……むしろこっちが鍛えてもらう側ですよ。一歩間違えばこっちが危ないですから」


「無理に手伝う必要はないんだよ?君たちは基本的に耐久力があるタイプじゃないんだし、それこそ訓練で怪我したら大変だよ」


「けど、訓練をしなきゃ実戦で怪我をすることになるかもしれません。そうなったら……そうなったらどうしようもないですから」


 周介は本当の実戦を経験したことで、訓練というものがいかに重要かを再認識していた。もともと訓練を軽視していたわけではないが、この間死にかけたことで訓練をきちんとやらないと本当に死ぬことになるということを学べたのだ。


 もちろん、訓練をしたところでどうしようもないこともあるかもしれないが、できることはしておきたいというのが正直なところだった。


 それは銃を手に取った理由にもつながる。いずれ、銃を本当の意味で扱うだけの覚悟を決めなければいけない時も来るだろうと、周介は何となく予想していた。


「……成長を喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか……微妙なところだね」


「そこは喜んでほしいですね。せっかくいろいろと危ない目にも遭ってるんですから」


「だからなんだけどね……そうだ、話は変わるけど、百枝君は夏休みはどうするんだい?もうすぐでしょ?」


 夏野菜を育てていたからか、不意に夏休みの話題が出てきたことで周介は困ってしまっていた。


「どうしようかと思ってまして……まぁ少しは帰りたいって気持ちはあるんですけど……相変わらず先立つものがなくてですね……」


 周介にとって致命的ともいえる往復の交通費。親に言えば出してくれるだろうがそれも申し訳なく思う。


 ゴールデンウィークの時のように都合よく西に向かう仕事が今回もあるとは思えない。場合によっては自転車で下道を使って帰るのもありだと思いながら周介は困ったような顔をする。


 実家には帰りたいが帰る手段がない。いや、より正確に言えば帰るための口実がないというべきか。


 周介にとっては帰る手段などいくらでもあるのだ。自転車でもバイクでも車でもヘリでも何でも行ける。だがそれを使えるだけの口実がない。


 一応は組織の備品であるために勝手に使うのは憚られるのである。


「んー……別に家に帰りたいから車を貸してくださいくらい良いと思うけどなぁ。高速使うとお金がかかるからあれだろうけど、百枝君の場合下道使えば燃料代はタダでしょ?それなら組織の人も気にしないと思うけど」


「そうだと良いんですけど、ただでさえ時折我儘言ってたんで迷惑かけるとまた評価というか評判が落ちそうな気がして……」


 周介は組織の拠点の発電を行っているということもあって拠点には必要不可欠な人間になりつつある。


 だがだからと言ってどんな我儘を言ってもいいというわけではないのだ。


 少なくとも家に帰りたいからという理由で組織の備品を使うことは少し意味が変わってくる。


「いっそのこと自分の車とかを買ったらどうだい?百枝君はランニングコストはかからないし、税金はかかるかもだけど」


「高校生で車を買おうとは……さすがにそれはちょっと」


「それなら部隊で購入するとかは?君の部隊であれば動くために専用の車を買っていたっていいだろうし」


「……そもそも組織にある車は大抵俺たちしか使わないんですよね……ヘリとかもそうですけど……まぁ、でもバイクくらいなら……」


 八方塞感があるが、それでも自分で何かを買うというのは割とよい案のように思えた。


 特にバイク程度であれば周介の給料から天引きしてもらえば中古品を買うくらいはできるのではないかと思えてくる。


 十万二十万程度であればもはや誤差だ。三千万近い借金に比べればないも同然でもある。


 普段節約している分そういうところに金をかけるべきだろうかと、周介は悩んでいた。


 現に借金をしていても、やはり実家には帰りたいと思うのが人情というもの。またドクに無理を言って仕事をもらうのもどうかと思えるため、ここは自分でバイクなどを買ったほうが気が楽になるかもわからない。


 特に周介は特例という形ではあるが免許が与えられているのだ。問題はそれを買うだけの金があるかどうかの話である。


 そこまで行けば往復の新幹線代の方が安くなるのがまた頭の痛い話でもあるわけなのだが。


「結局のところ、組織の人に頼んで車を使わせてもらうのが一番手っ取り早いと思うよ?それだけの仕事をしてるんだから、少しくらい我儘言っても文句は言われないさ」


「俺の場合既に我儘一回使ってるんですけどね。割とシャレにならないタイプの……大門さんはそういう時どうしてるんですか?お金がない時とか」


「んー……普通にバイトかなぁ……僕ら大太刀部隊は基本的に訓練と現場以外はフリーだからね。時間があるときはバイトしてたなぁ」


「拠点の中でですか?それとも外で?」


「両方やったね。特に僕は力仕事とかは得意だからそういうのでいろいろとやってたなぁ。百枝君なんて、普段からいろいろと運んでるじゃない?あれだってバイトみたいなものじゃないの?」


「あれは小太刀部隊としての仕事みたいなものですからね。まぁ給料には反映されてるんでしょうけど……俺の手元に入らないというかなんというか……」


 周介は普段から拠点内を駆け回り、いろいろな部署に道具や材料などを運んでいる。


 そういったものを運ぶのに適した車両などを扱うことができるというのも一つの理由なのだが、そういった雑用が染みついてしまっているのも事実だ。


 知与の加入により、拠点内の状況がさらによくわかるようになったおかげで運搬の効率自体も上がっている。


 周介の重機、瞳の人形、玄徳の加速、知与のナビゲート、それらすべてを活用して拠点内における運搬の多くを担っているのだ。


「百枝君の場合は……そうか、借金があるんだっけ?」


「えぇ、だいぶ減ってきてるとは思うんですけど……でもまだ半年しか経ってないから、たぶん十分の一どころか百分の一も返せているかどうか……」


 周介は自分の借金がどの程度まで減っているのか理解できていない。というかそのあたりを管理していなかった。


 自分の通帳に入ってくる金額はわかってもそれ以外がわからないのだ。


 定期的にどれくらい減っているのか聞こうとも思ったが、そもそも三千万という大金を前にして微々たる変化を気にしても仕方がないという気持ちも強かった。


「それでもうちの給料はそれなり以上に多いと思うけどなぁ……普通のバイトしているよりは多いんじゃない?特に現場で行動した後は結構入ってるよ?危険手当とかそういう意味合いなのかもしれないけど」


「やっぱり大太刀部隊だとそういうのがデフォなんですかね?こちらからすると羨ましい限りです」


「それでも君たちのおかげで拠点がどんどん良くなっていってるんだ。それは胸を張ってくれていいと思う。なんなら、僕らが君の実家に行くだけの理由を作ろうか?」


「え?どういうことです?」


「何も外部からの依頼だけで部隊が動くわけじゃないからね。同じ拠点内でも依頼を出したりだってできるさ。君たちに大太刀部隊からオファーがかかったのだってある意味そういうことだしね」


「……なるほど、そういう考え方もできるのか……じゃあ向こうの方に実家がある人と一緒に行動するって名目があれば?」


「んー……帰省を目的にすることができるかはさておいて、できなくはないと思うよ?何かもっともらしい理由さえあればの話だけど」


「ん……そのあたりは今後の課題ですね……毎回帰る時にこういうのやってたら面倒だしなぁ……いっそのこと先行投資でなんか買うっていうのも……」


「……課題……課題か……」


 課題という単語に大門が反応し、如雨露を持った状態で真剣に悩むような表情をする。


「どうかしましたか?」


「……ん、いやね、帰省とはまた別の話なんだけど、ちょっと考えてみるべきかなって」


 大門がいったい何を言っているのかはわからなかったが、ひとまず悪いことではないのだろうと判断していた。


 大太刀部隊には大太刀部隊のイベントなんかがあるのかもしれないなんてことを考えながら、周介はもうすぐ熟れそうな野菜たちを見る。


「大門さんは夏はどうするんです?大学は休みになるんですよね?」


「そうだね、高校よりずっと長く休みだから……またバイト三昧かなぁ……何事もなければいいんだけど」


「チームメイトの人たちはどうするんですか?」


「同じような感じかな。あー……ただ、そのうちの一人はほぼ一緒に行動してるから、あんまり一人の時間はないかな」


 部隊の中で仲が良いのは良いことだ。少なくとも夏休みの間も一緒に過ごす程度には仲が良いということなのだろう。


 もう間もなく訪れる夏休み。周介はどう過ごすべきだろうかと野菜たちに水をやりながら空想にふける。


 能力者になって初めての夏。いったいどのようなことが起きるのか想像すらできない。


 だが、きっと、いや間違いなく面倒なことが起きるのだろうなということは予想できていた。


 その予想は周介が思っていたよりもずっと早く訪れることになる。


 だが今はまだ周介はそのことを知らなかった。


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