0334
「ほーん……で、空の次は山か。山登りかハイキングか」
「どっちにしろ面白い話にはならないってのは確定だよ。準備もそこそこしなきゃいけないから、結構大変かも。まぁそのあたりはドクからの説明があれば確定するって感じか」
周介と手越は寮の談話室でテレビを見ながら話をしていた。
山の中にある謎の施設。それだけを聞けば非常に心躍る話なのだろうが、白部の話を聞く限りなかなか面倒なことになりそうな予感だけはしている。
大太刀部隊の動きもある以上、最低限の戦闘が起きることは想定しておくべきだ。手越の言うように、ハイキングのようにのんびりとした展開にならないのは間違いない。
「でもよ、大太刀が動くなら、もっと急な展開になってても不思議はないだろ?今すぐ出ろ!みたいなさ。それがないってことは、ただ単に警戒してるだけって可能性もあるだろ?」
「それもあり得る。けど、気になるのはその施設の中身だ。ドクたち上の人間がどういったものを想定してるのかは知らないけど……少なくともまともなものじゃないのは確定してる。拠点防衛、みたいな形に発展しても不思議はないだろ?」
「なるほど、俺らが動いたことによって、他の第三者が動くことを想定してるってことか……そうなると確かにその施設を守るための戦いに発展する……と」
今まで得た情報をもとに周介は今後の展開を組み立てていた。もちろん可能性が多すぎるためにいくつものルートがあるわけだが、その中には周介たちが突入した後外部勢力がやってきて戦闘になるということも想定されている。
もしドクたちが件の施設の中にある何かを求めている、ないし施設そのものをしっかりと調査したいと考えていた場合、一時的にではあるがその施設を拠点として防衛戦闘を行わなければならなくなるかもしれない。
周介たちのように機動力に秀でたチームが、防衛戦闘をするとなれば方法は限られてくる。だからこそ、周介は手越に頼むことがあった。
「手越、一つ頼みがあるんだけど」
「なんだ?一緒に出撃してくれって話か?」
「そのあたりは上が決めることだから俺らはどうしようもない。知りたいのは、お前らの得意分野のことだ」
得意分野。そして防衛戦。その単語を結び付けた手越は周介が聞きたいことを理解したのかなるほどとつぶやいて笑う。
「遅滞戦闘、援軍が来るまでの足止めを想定して動こうってことか。組織からの援軍を待って、挟み撃ち。それがお前のプランだな?」
「そういうこと。どのタイミングで大太刀が出てくるかも、どこに配置されるかもわからないなら機動力がある俺らが一番に接敵する可能性が高い。そこで位置さえ把握すれば、遅滞戦闘で足止めして大太刀を待てば」
「戦術としては正しいな。けどいいのかよ。お前のとこにはそれなりに戦える奴もいるだろ?」
「それも一人だけだ。相手が何人いるかもわからないのに倒すことが前提の戦い方じゃまず負ける。俺が考えるべきは負けない戦い方だ。味方は他にもいるんだし、俺らが勝つ必要はないだろ?」
それは消極的な戦い方ということもできる。だが、最も確実な戦い方ともいえるやり方だ。
遅滞戦闘、その場を停滞させる戦い方は常に増援を前提として行われるものだ。戦闘が始まり、組織にそのことを伝えれば組織はそれに対して増援を送るだろう。それがどのようなチームであれ戦力が増えることに変わりはない。
だがそれは相手も同じことだ。相手がどのような存在なのかは知らないが、相手だって組織だって動いている可能性がある以上、増援の可能性は否定できない。
最悪泥沼の総力戦になる可能性だってある。
「けど、それだと遅れが生じる上に、万が一全滅って可能性もあるぞ?お前ら以外は機動力は期待できない奴が多いんだ」
ここで重要になってくるのはもし総力戦になってもこちら側が出せる戦力が少なかった場合だ。そうなると、戦力を後出ししておきながら押し負けるという構図が成り立ってしまいかねない。
もちろん、周介もその可能性は頭に入れていた。
「そんな時は全力で撤退する。俺らの機動力と、瞳の人形を使えば撤退はできる。知与のおかげで索敵もできるようになったから、手薄な方向に一点突破すれば離脱することはできるはずだ。作戦としては失敗かもしれないけど、生き残ることはできる」
「……なんともまぁ、随分と意地の悪い戦い方だな。生存が大前提かよ」
「当たり前だろ。生き残ってなんぼだ。そういう敵がいたって情報を持ち帰るだけでも十分。決定的な失敗だったら、そりゃちょっと申し訳ないけどさ」
既にいろいろとやらかしている周介にとっては、まず生き残ることが最も優先されること柄だった。
それはすべての生き物にとって当たり前のことではあるが、危機に瀕しないとこういった考えは浮かびにくい。
時に蛮勇を振るうこともある中で、周介はとにかく生き残ることを優先して思考している。それは小動物のような考え方だ。
悪く言えば臆病者の思考といってもいい。だがその考え方が手越は嫌いではなかった。
周介はまだまだできないことが多い中で、自分にできることを考えて行動している。できないことをしようとするのではなく、自分にできることを選択肢に加えて最善を尽くそうとしている。
隊員としても、隊長としても、少しずつ成長している周介の姿に、手越はどこか嬉しさのようなものを感じていた。
周介を初めて見つけた能力者が自分だからそう思うのかもしれないなと、手越は笑う。
「で、俺らに聞きたいこと……って言うよりは、俺らの得意分野の研究って感じか?」
「そう。室内戦、あるいは拠点を守るための戦いってなると、機動力よりそっちの方が大事になりそうだから、可能ならその戦術って言うのかな、それを教えてほしい。実体験含めて」
「なるほど。チームとして指導をしてほしいと。それなら確かに上がどうこう言える話じゃないな。互いに研鑽してるってだけだ。いいぜ、うちのチームのやり方ってやつを教えてやるよ」
手越も周介達ラビット隊を鍛えることは悪いことではないと考えているのだろう。この考えに乗り気のようだった。
「とはいってもだぜ?俺らのチームはあくまで俺らの能力ありきで足止めを得意としてるってだけだ。お前らのチームで同じことができるとは思えないぞ?」
「同じことができる必要はない。似たような……違うな、同じ効果を発揮できるような何かを得られればいいなって思ってるんだ。やり方って言うより、気を付けるところとか、やったほうがいい事とかを知りたいんだ」
周介たちと手越のチームでは能力そのものが違いすぎるため、同じことをやろうと思っても同じ効果が得られるわけではない。
もちろんそれは逆も然りなわけだが、それでも似た効果を持つ何かを得ることはできるだろう。
気を付ける点、やるべき点、そういった専門家ならではの視点と考え方を知りたかったのだ。
「でもいいのか?お前のチームメイトも割と忙しいんだろ?」
「三人にはもう話はしてるんだ。今回の内容……って言うか白部からの情報を話して、拠点防衛の線もあり得るってことは伝えてある。その上で、お前らに指導を頼めないかって」
「ふむ……となると、うちのチーム全員が出なきゃ話にならないな。わかった、先輩らにも話通しておく。早めのほうがいいんだろ?」
「いつ動くことになるかわからないからな。早めのほうがありがたいかな」
「わかった。まぁ先輩たちも試験終わっただろうから暇してるだろ。たぶん良い返事が返ってくると思うぜ」
手越は携帯を操作してアイヴィー隊全員に連絡をしていた。その内容まではわからないが、少ししてから返事があったのか、よしよしと手越は頷いて親指を立てる。
「オッケーだ。先輩らも手伝ってくれるってよ。明日の放課後だ。そっちのメンバーは平気か?」
「一番怪しいのは玄徳だけど……聞いてみる」
周介や瞳のように学校に行っていたり、知与のように時間に余裕がある人間と違って玄徳は社会人だ。どうなるだろうかと不安にも思っていたが周介が連絡を取ると一分も経たずに返事が来る。
問題はないとの内容だった。
「玄徳もオッケーだ。んじゃ明日、頼むよ」
「おう。装備持って集合だな。お前のところのチームも四人そろってようやくそれっぽくなってきたからな。ちょっと楽しみだ」
「っていっても、まだまだ形だけの状態だけどな。前衛2、中衛1、後衛1の割合はバランスよく見えるかもしれないけど……そういえばそっちのチームの構成ってどうなんだ?」
「うちか?うちは前衛1、中衛1、後衛2の構成だ。俺が中衛な。前衛は小堤先輩」
「へぇ……前衛が1だときつくないか?攻撃に耐えられないだろ」
「そのあたりは俺がフォローしてんの。結構有能なんだぞ俺は」
以前教えてもらったことを周介は思い出していた。中衛はそのチームの要といえる立ち位置だ。前衛だけではなく後衛までもカバーし、そのチームの文字通り軸となる立ち位置。もっとも技術と高い能力と判断力を求められるポジションでもある。
手越の能力は確かに高性能ではあるが、それだけのことができる能力だと判断するのは難しい。
だが瞳の能力と同じく、人海戦術のように一度にたくさんのことをこなせるという意味では確かに向いているのかもわからなかった。
「それに、元々うちはそこまで戦闘を目的としてないからな。まともに戦おうとしなければやりようはいくらでもある」
「まともに戦わないってのは……どういうことだ?戦いにまともとかそうじゃないとかあるのか?」
周介にとって戦闘というものはとにかく避けたほうがいいというイメージしかないために、戦闘にそこまで多くの種類があるとも思っていなかった。
特に手越の言った『まとも』という単語が妙に引っ掛かる。
「そりゃあるぞ。例えば、お前が追いかけてる側で、相手が逃げる側。お前は相手を捕まえようと攻撃するけど、相手は逃げることに徹していて反撃もしてこない。これも、相手はまともに戦うつもりがない状況ってことになる」
「……うん、まぁそうかもな」
「逆に足を止めてお前を迎撃しようとしてくれば、相手はお前とまともに戦う気があるってことだ。わかったか?」
「……正面切って戦うかどうかってことか?」
「近いけど微妙だな、正解ではない。俺らにとって戦いは、相手を倒すことですらないからな。倒すも戦うも、俺らには最初から選ぶ気がないんだ。いうなればそうだな……勝つ気がない。けど負ける気もない。うん、これが一番近い表現な気がする」
勝つ気がない。その表現に周介はどういうことだろうかと首を傾げていた。勝負における勝敗にはいろんな形がある。戦いにおいてもそれは同じことだろう。
相手を倒せば勝ち、相手から逃げれば勝ち、相手を追い返せば勝ち、どのような勝ち方もある。だが手越は勝つ気がないといった。それがどうにもイメージできなかった。




