↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
七話「山と大和の名残」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

331/1751

0331

「あ、兄貴!?」


 無我夢中で蹴りを放っていた玄徳は周介の声で我に返っていた。怒りと勢いに任せて攻撃していたその動きが停まった瞬間、古守はこれ幸いとばかりに玄徳めがけて拳を振るい始める。


 その拳は鋭い、玄徳も防御と回避をしようとするが、それすらも先読みしているのか拳は玄徳の体を少しずつ、だが確実に痛めつけていた。


「せっかく能力使っていいなら乗るだけじゃなくて乗せてみろよ!もったいないぞ!」


 我に返ったばかりの玄徳は周介の言葉に困惑していた。乗る、乗せる。その違いが理解できなかったのだ。


 放たれる拳に、玄徳は一度古守の射程距離から離れようとした。ただ走って逃げるだけでは間違いなく距離を詰められる。能力を使って一気に距離を取ろうとした瞬間、自分の能力を無意識的に発動した時、玄徳は周介の言葉の意味を本能的に察していた。


 それをやった時、どうなるのだろうと一瞬考えた。僅かに体の動きが停まったその隙を見逃さず、古守の拳は玄徳の顔面を捕らえた。


 重く鋭い拳により殴られ、玄徳の体が後方に弾かれる。ここまでだろうかと周介も鬼怒川も半ば諦めた瞬間、玄徳は地面を転がりながら再び態勢を整える。


 その鼻から血を流してはいるが、だがその表情は先ほどまでの激怒にまみれたものではなくなっていた。その表情にあるのは好奇心だった。


 今までのように能力を使っての高速移動は使わず、玄徳はあえてゆっくりと近づき、腰を落として拳を構えた。


 足を止めて打ち合う。技量で完全に上を行かれている状態では悪手でしかないように思える対応だが、玄徳はこれをしたくて仕方がなかった。


 古守も玄徳の意図を察したのか、腰を落として足を止め、完全に打ち合う体勢をとっていた。


 なにか狙いがある。古守もそれはわかっていてもそれ以上のことはわからなかった。周介の言葉の意味も理解はできていない。


 だが玄徳はその言葉の意味を理解できていた。だからこそ、実践せずにはいられなかった。


 先に手を出したのは玄徳だ。腰のひねりを加えながらも、体重を乗せては打たない、所謂ジャブに近い形で古守を牽制する。


 まだ能力も使っていないただの拳、そんな拳で古守をどうこうできるとは玄徳も思っていない。古守は玄徳のジャブを完全に見切った上で手で弾いていく。


 決して深く踏み込まない。玄徳が何を狙っているのかは不明だったが、古守は相手が様子見だけをしているのであればこちらから動こうと、玄徳の攻撃に合わせる形でカウンターを放つことにした。


 踏み込み、拳が交差する形で放たれる拳。それを確認した時、玄徳は笑っていた。


 瞬間、古守の体が大きくずれる。


 玄徳の体めがけて向かっていくような、そんな不自然な動きだ。体が引っ張られる、いや、体が急に『加速』した。


 自分の体が勝手に動いたことに、古守は内心舌打ちをするも、同時に玄徳の狙いがわかって感心してしまっていた。


 先ほど周介が口にしていた言葉の意味も、この時点で古守は理解できていた。


 古守の体がずれるのを見て、玄徳は身を翻すと向かってくる体めがけて肘鉄をめり込ませる。


 もう一方の腕で防御されるが、先ほどまでとは打って変わってカウンターの要領で入ったのだ。腕を通しても、その痛みは古守に伝わっていた。


「お?何をしたんだい?なんかヨッシーさんの動きがおかしかったけど」


「うまくいったみたいですね。やっぱあいつはすごいなぁ」


 先ほどの周介のアドバイスを、玄徳が忠実に実践したのだということを理解した鬼怒川は、周介の頭を掴んで揺さぶる。


「ねぇねぇ、彼はいったいなにしたの?」


「玄徳の能力は加速と減速です。ただそれは自分の体だけじゃなくて、動いてるものであれば多分何でもかけられます。さっきは踏み込んだ古守さんの、体のどの部位かは知りませんけど、どこかを加速させたんでしょう」


「なるほど、相手を強引に動かした……相手の思ってもみない形で」


「そうです。しっかり不意打ちになったでしょうね」


 玄徳は今まで相手を阻害する形での能力の発動はあまりしてこなかった。古守もそれを知っていたからこそしっかりカウンターを合わせられていた。


 だが、周介の助言によって相手の体に、相手の動きを阻害するような形でも能力を使って見せた。


 人間の体は、本人が動かしているときは思った通りに大体動いてくれるだろう。だが本人の意図しない形で何かが起きた場合、簡単に体勢を崩してしまう。


 それが数センチにも満たない段差であっても、足を動かす際に躓いてしまえば転倒しかねないのと同じだ。


 今回で言えば、玄徳の能力によって体の一部が強制的に加速された。体の一部だけが急速に加速した場合どうなるか。腕を加速されたのであれば、その腕に引っ張られる形で体が引っ張られ、可動部との境目である関節に多大な負荷がかかる。


 体勢を崩し、相手の体にも負荷をかけられる。玄徳の行った能力の発動は、近接格闘系の攻撃を主としている人間の動きのほとんどを阻害する、かなり意味の大きいものだ。


 補助だけではなく阻害もできる。相手の意図せぬ形での加速は、一瞬一瞬を重視する格闘戦においては致命的とすら言えるだろう。


 玄徳は笑みを浮かべていた。自分に思いつかなかったことを思いつかせてくれた周介への感謝と、これまで以上に戦えるという可能性を見出したことで、楽しみで仕方がなかった。


「動きが変わったね。さっきまでとは全然違う」


 玄徳は自ら動くことはあまりしなくなった。相手の動きを待ち、強制加速による阻害によって相手の体勢を崩してからの攻撃に切り替えていた。


 とはいえ、相手の攻撃を誘発しなければいけないのだから相手の攻撃が届く範囲に居なければいけない。


 しかもまだ試したばかりの戦い方であるために成功率もそこまで高くはなかった。五回に一回成功すればいい、その程度の成功率だった。


 だが、先ほどまでのような一方的にやられるだけの攻撃よりも、ずっと精度も高く、命中率も上がっていた。


 相手の体勢を崩し、相手に攻撃し、連撃を加える。


 玄徳は終始笑っていた。先ほどまでとは違う。それを誰よりも理解しているのは対峙している古守だった。


 鬼気迫る、殺気さえ含まれた拳ではない。今はもう楽しくて仕方がないという様子だった。できることが増え、やれることが増え、試してみたくてしょうがない。そんな様子だった。


 兄貴分を侮辱され、怒りに燃えて前が見えなくなっていた玄徳はもういない。冷静かどうかはさておいて、とにかく試行錯誤して前に進もうとしている。


 良い変化だと思いながら、古守は玄徳めがけて拳を振るう。瞬間拳が加速される。体勢が崩れてしまう。そう思った瞬間、加速された拳は偶然か玄徳の顔面に直撃していた。


「あ……」


「……あーあ……」


 傍から見ていた周介と鬼怒川も何が起きたのか理解していた。


 腕を加速して体勢を崩そうとしようとしたが、その加速した拳が顔面に入ってしまった。相手の攻撃の威力をむしろ高めてしまった結果になる。


 当然、無理やり加速された古守の拳は、普段以上の負荷により多少痛めてしまっているが、それ以上に玄徳のダメージは深刻だった。


 数メートル地面を転がり、わずかに痙攣している。


「やっちゃったね……まぁ初めてやったにしてはましな方かな?」


「おーい、玄徳、大丈夫か?」


 周介が近寄り、声をかけると玄徳は僅かに体を動かし、ゆっくりとだが確実に立ち上がる。膝は僅かに震えており、鼻と口からは血をたらし、意識がもうろうとしているのか視点も定まっていないようだったが、それでも顔は笑っていた。


 怖い。


 その玄徳の顔を見た周介の率直な感想がそれだった。前に出ようと足を動かす玄徳の肩を掴んで、二本のアームでがっちりと固定する。


「そこまでだ玄徳、よくやったよ。ちょっと休め」


「……あ……兄貴……?」


 どうやら本当に意識を失っていたらしい。周介が声をかけるとようやく意識を取り戻したのか周囲の状況を確認しようと視線を動かしている。


「すごいぞ、あれが完璧になれば近接戦じゃ負けなしになれるぞ!とりあえず、今は休め。少ししたらエイド隊のところに行こう」


「……すんません……俺……」


「いいから、いいから休め」


 周介は玄徳をその場に寝かせると小さくため息をついた。


 そんな周介を、古守は観察していた。先ほどの言葉、能力を理解している周介だからこそ出たアドバイスだというのは古守にも理解できた。


 だが問題はそこではない。もっとも重要なのは、周介の言葉を聞いて、玄徳が何の迷いもなくそれを実行したということだ。


 怒りに満ちていた状態から、周介の言葉を聞いて即座に我に返り、その言葉の意味を考えたせいなのか、一瞬体の動きが鈍ったのを古守は確認している。そして、粗削りながらも、その言葉を忠実に実行に移した。


 玄徳という人間が、周介という人間を強く信頼し尊敬しているからこそだということがよくわかる。

 だからこそ古守は気がかりだった。玄徳ほどの男が、何故周介に従うのかと。


 先ほどの問答だけではどうしても理解できなかった。この目の前にいる少年にそれほどの器量があるのかと、この少年は一体何を持ち合わせているのだろうかと、古守の中の疑問と好奇心は強くなっていた。


「申し訳ありません、どうやら打ちどころが少々悪かったようで……」


「いやいや、あれは玄徳の暴発でしょう。加速された拳で殴られりゃこうなりますって。古守さんこそ大丈夫ですか?拳」


「はい、まぁこういう怪我もそこそこあるのが大太刀部隊です。お気にされなくとも」


「ヨッシーさんが怪我するってかなり久しぶりじゃないです?まぁ自爆に近い形ですけど」


「……そうですね、こういう怪我をするのは実に久しぶりかと」


 古守は今までの訓練を思い出して、薄く笑みを浮かべていた。なかなか骨のある若者が入ってきたものだと、周介と玄徳の方を見る。


「これからも、暇があれば足を運んでください。お二人であれば歓迎しますよ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 古守に対して頭を下げる周介は礼儀正しい少年にしか見えない。古守は不思議で仕方がなかったが、今後それを知ることができればよいなと、そんなことを考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。