0315
「できたっす。どうぞ」
玄徳が皿に盛りつけて持ってきたのは、一見すると普通のオムライス、あるいはオムレツのようだった。
黄色い卵で中にある何かを包んでいるのだろう。出来立てのそれは香しい湯気と共に周介達の食指を刺激した。
「これは、オムレツか?オムライスか?」
「オムライスです。中はチキンライス。ふわふわにするの苦手なんで、平焼きにしました」
店などで出る半熟のオムライスと違い、玄徳の焼いた卵は平たく伸ばして焼いてるだけのシンプルなものだった。
だがしっかりと中のライスを包んでおり、それだけでも今までずっと料理をしてきたという実績がうかがえる。
そして玄徳はもう一皿テーブルの上に置く。それは小さな椀に入れられたコンソメスープのようだった。
この短時間でオムライスに加えスープまで仕上げるその手際の良さ。周介は素直に感心してしまっていた。
周介ならばこの時間では一品作れるかどうかというところだ。慣れていないはずの台所でもこれほどの腕を発揮する玄徳に、周介たちは驚きを隠せなかった。
「玄徳お前すごいな。普通に料理上手いじゃん!」
「いえいえそんな大したことはありません。兄貴だってよく寮の台所で料理してるじゃないっすか。あれと同じようなもんっすよ」
「いや悪いけど俺ここまですごくないから……いや普通にすげえな」
「ありがとうございます。けど、評価は味で付けてほしいっすね」
玄徳はスプーンを二つ取り出して知与と柏木に渡す。これから食べることになる二人に判断してもらうのが最もいいだろう。
「知与、思い切り辛口審査していいからね。まずかったらまずいって言うこと」
「え?すごくおいしそうな匂いだけど……」
「玄徳、俺も一口食べたいからスプーンくれ」
「うっす」
「……では、まず一口」
柏木がまずスプーンを手に取ってオムライスを一口すくい上げる。卵の割れ目からオレンジ色の、ケチャップをしっかりとかけたであろうチキンライスが顔をだし、湯気と共にその香りをさらに強くさせる。
口の中に運ぶと、柏木はゆっくりとそれを噛み、味わったうえでそれを飲み込んだ。
そしてもう一口、スプーンを操ってオムライスを食べる。何度も噛んで呑み込み、今度はコンソメスープに手を伸ばす。
玉ねぎとキャベツ、そしてピーマンを使った野菜のコンソメスープだ。黒胡椒も入っているからか、口に運ぶとほんのわずかな辛みが舌と鼻を刺激する。
「……ふむ……食べてみなさい」
「はい、いただきます」
知与も同じようにオムライスを口に運び、何度も噛んで味を確かめる。飲み込むころにはその表情は笑顔になっていた。
「美味しい!え?玄徳が本当に作ったの?」
「お嬢、俺が作ったのちゃんとわかってたでしょうに……最初から最後まで俺が作りましたよ」
「ごめんなさい、けど……本当においしくて」
「スープもどうぞ」
「いただきます…………あぁ……美味しぃ……」
スープを飲んだ知与は笑みを浮かべている。知与がスープを飲んでいる間に、玄徳からスプーンを受け取った周介は一口オムライスを口にする。
「やばい、普通に美味い。え?玄徳すごくない?お前スペック高すぎだろ」
「んなことないっすよ。飲食店でバイトしてたこともあるんで。キッチンでよくこういうのは作ってたんす」
「へぇ……キッチン担当だったんだ」
「……顔怖いって理由でフロア入れなかったんですよ」
「あぁ……なるほど」
玄徳は高校を中退してからほぼ一人暮らしをしていた。当然バイトなどもいくつかやっていただろう。その中に飲食店のバイトもあったようだ。
キッチンで料理を作るという担当をやっていれば料理の腕は磨くことができるだろう。こういった意外な一面を見ることができた周介は、オムライスをどんどん口に運んでいく。
「ちょっと周介、一口ちょうだい」
「へいへい……玄徳スプーン追加」
「どうぞ」
「ん……ほんとだ、美味しい。玄徳の癖に」
「あざっす」
料理を褒められることは普通にうれしいのか、玄徳は得意げに笑って見せる。これなら昼の弁当も玄徳に作ってもらおうかなと周介は本気で考えていた。
「で?どうっすか?俺は合格っすか?」
「……悪くはない。料理のレパートリーはどれくらいある?」
「一般的な家庭……料理は、まぁ普通に。煮物とかになるとちょっと時間かかっちまいますけど」
「和洋中、どれでもということか」
「本格的なのは無理っすよ?あくまで普通の男料理です」
男料理といういい方に少し含みがあるが、玄徳の言いたいこともわかる。おかずとしての味があって、量があって、最低限美味くて、米のおかずになるもの。
一汁一菜などという言葉があるが、玄徳の場合それを最低限こなせるだけの技量があるのは先のオムライスで十分にわかっていた。
「一週間、試験的にここで料理を振るいなさい。それで本格決定する。レパートリーの広さも考慮して、こちらで献立は出す。それをやってみなさい」
「うっす。お嬢もそれでいいか?」
「うん、玄徳の料理、楽しみ」
朗らかに笑う知与の顔を見て、玄徳は複雑な表情を作っていた。自分のためというのもあるが、こうして自分の料理を喜んでもらえるという経験が少ないからか、どのような表情をしていいのかわからないのだろう。
「でもね、その、時間ができたらでいいんだけど、私にも料理を教えてくれないかな?」
「お嬢が、料理を?」
「うん、まだいろいろとできないことばかりだから、今は難しいかもしれないけど少しでも自分でできることを増やしたいの。だからお願いします」
知与はまだ一般人としての生活すら危うい状態だ。そんな状態でこれ以上新しいことをしてもパンクしてしまうのが精々だろうということは彼女自身理解できているのだろう。
だが、今のままでいいとも思っていない。彼女は誰かに何かを与えてもらえるのが、当たり前だとは思えていないのだ。
今まで、両親がそれをしてきた。両親が自分をさせてくれて、それをしてくれるのがありがたくもあり、申し訳なくもあった。それを他人にやらせるのは、さらに申し訳ないと思ってしまうのだ。
玄徳にその気持ちはわからない。だが、知与が頑張ろうとしていることは理解できていた。
「わかった。じゃあ、まずは見稽古って感じで。お嬢の場合、見るわけじゃなくて、索敵って感じで、俺が何してるのかを知っていけばちょっとは変わると思うし」
「うん、やってみる!」
知与の笑顔を見て、玄徳もつられて笑顔になる。知与がその笑顔をどのように感じているかは不明だが、周介と瞳はその笑顔が怖いとも思ってしまっていた。
顔で損するタイプの人間だなと、常々思ってしまう。
「じゃ、俺片づけしてくるんで。その間にこの部屋の中身をお嬢に紹介してやってくれますか?」
「わかった。瞳、大隊長と一緒に知与を連れて行ってくれるか?俺は玄徳の手伝いやってるから」
「そんな、兄貴に手伝わせるわけには……」
「女の人の住むところを男の俺が歩き回るわけにもいかないだろ?ほれ、片づけるぞ」
食べ終わったオムライスとスープの皿と、それを作った鍋やフライパンなどを周介は手早く洗い場に持っていく。
その時点で周介は気づいていた。作りながら、まな板や包丁、材料を乗せていた皿といった、使い終わった部分の洗いものは既に終えている。
作りながら洗う。何と細やかなことをする男だろうかと、自分の後ろを付いてくる大柄な男を見て周介は笑ってしまった。
「兄貴?どうしたんすか?」
「いや、何でもない」
これを言ったら怒るだろうか。玄徳は案外主夫が似合うのかもしれないなんて考えを周介は口に出すまいと笑いだけで済ませていた。
「ところで玄徳、お前ってマーボー豆腐作れる?」
「えぇ、まぁ普通のですけど」
「今度教えてくれないか?俺が作るとなんかおかしいんだよ。水っぽいんだ。薄いというかなんというか」
「味付けっすか……いいっすよ。俺の味付けで良ければ」
「助かる。俺料理のレパートリー少ないからさ、炒める系の料理しかできないし」
「十分でしょう。弁当に入れるんすか?」
「そうそう、最近同じ感じのものばっかだからさ」
「色合いも大事っすよ。肉ばっかり入れると、弁当が茶色くなりますからね」
「それは思った。けどそのほうが美味いんだよなぁ」
「肉は正義っすからね」
男子同士でそんな所帯じみた会話をしている中、女性陣は部屋の中の案内を始めていた。といってもこれから暮らすための場所や、部屋などを紹介するだけだ。普段使う場所、風呂場の使い方、水回りの使い方など、そういった一般的なことばかりだ。
彼女の場合、能力を使っての把握であるために全体を見てその場所を確認しながら行わなければいけない。覚えることはより多いだろう。
だが知与は楽しそうだった。今まで知ることができなかったことを知ることができるのだ。それも、当たり前かもしれない。




