0314
「なら加賀、一つ料理を作ってみてくれるか?今冷蔵庫にある物で適当に作ってくれ」
「あ?なんで俺が」
「玄徳、言葉遣い」
「す、すんません。けど、なんで俺が……」
周介に諫められて即座に口調を直すが、やはり周介と瞳以外の人間には最初妙に突っかかる。もう少し言葉遣いと態度を気を付けてくれさえすれば普通に良い人間なのだがと、周介はため息をついてしまっていた。
そんな周介たちのやり取りを見て、きちんと手綱を握ることができているようだと、柏木は少し安心したようだった。
「君は今一人暮らしだろう?もし君の作る料理がそれなりに美味しければ、私の分も作ってもらおうと思ってな」
「……だから、なんで俺が?」
「もし、君がここにいる小島君と、私の分の食事を作ってくれるというのなら、君の分も含め食費は私が負担しよう。食事を作る手間を考慮して、早めに職場から上がることができるように手配もする。もちろん給料は変わらずだ」
その申し出は玄徳にとっては非常にありがたい申し出だった。今の時点でも比較的緩い職場環境ではあるが、就業規則はきちんとある。
そういった事情は組織が背景にある。その組織の小太刀部隊の部隊長を味方につけることができるのはかなり大きい影響を産む。
先ほど柏木が言ったように、食事を作るためといって早く帰ることもできる。しかも給料は変わらずというのは破格だ。
さらに言えばもし玄徳の腕が認められれば、食費まで負担してもらえるという。これはかなり大きなメリットだ。
知与の食事を作るのは玄徳としては別に問題はない。むしろ同じチームの人間としてはそういった部分で助け合うべきだとも思っている。
「いいっすよ、やってみましょう」
「おい玄徳、平気か?」
「まぁ、一人分作るより、何人か分作ったほうが楽ですから。そのあたりは良いっすよ。適当に冷蔵庫の中身使いますから」
そう言って玄徳はキッチンの方に向かっていく。本当に料理などできるのだろうかと、周介と瞳は心配そうに玄徳の背中を眺めていた。
「あの……私のご飯を作ってくれるのは……その、嬉しいけど……私ができるようになった方が」
「いきなり何もかもできるようになることはできない。君の場合、自分の食事のことよりも先にやるべきことが山積みだ。能力のこともそうだし、君自身の体力と知識を一般人のそれに近づけなければならない。それは容易なことではないぞ」
「あぁ、そっか。知与は文字の読み書きができないか……」
今まで盲目だった、今も盲目ではあるのだが、ということもあって、彼女は文字の読み書きということができない。
点字による判別はできても、紙などに書かれた文字を読むことができないのだ。
幸い、彼女はひらがなとカタカナ、そして簡単な漢字程度であればその形を知っていた。両親が辛抱強く教えてくれたのだろう。
だがそれをペンなどを使って書き記すとなると、かなりの時間を要する。難しい漢字や文字をいかに記載していくか。
そして一般的な同級生のそれに近づくためには、日本語だけではなく最低限の英語まで覚えなければならない。
いわば、知与はこれから同じ年の子供が十年近くかけて得た知識を一年以内に、同等以上のものにまで引き上げなければならないのだ。
「そこいらの半端な受験生よりもずっと大変な生活だと思いなさい。体力が持つ限り体力づくり、そして体力が尽きたら勉強の繰り返しだ。能力も操ることができるようにならなければいけないのだから、余っている時間はないと思っていい」
「でも高校は粋雲高校に入るんですよね?」
「その予定だ。だから受験らしい受験はないと思いなさい。だが最低限のレベルに達していなければまた同じ一年を過ごしてもらう予定だ」
「浪人ってことですか?」
「高校受験で浪人というのは珍しいが……まぁいないわけではない。実際彼女が通常の学校生活を送ることができない様であればそうなる」
「だってさ。なかなか大変そうだぞ?」
「勉強であれば手伝うから。いつでも言いなさい」
「あ、ありがとう……」
そんなことを話していると、キッチンの方から小気味よい音が聞こえてくる。一定のリズムで聞こえるそれは、玄徳が野菜を切っている音だった。
軽快に野菜を切る玄徳の手際はとても良い。野菜を可能な限り使い、捨てる場所を限りなく少なくしているのが傍から見ても理解できた。
しばらくすると、部屋中に香ばしい香りが広がることとなる。




