0313
早く組織に慣れることができるように、周介たちは拠点についてから拠点の中を案内していた。
特に知与はこれから拠点で生活することになるのだ。最低限の場所を覚えておかなければ命に係わるだろう。
まず最初に向かったのはこれから知与が住まう場所ともなる宿泊施設だった。拠点内ではあまり利用するものが少ないため、その存在そのものを知るものが少ない。そんな場所に周介たちは足を運ぶ。
「ここ女子スペースだけど俺ら入っていいんかな?」
「いいでしょ。そもそもここ使ってる女性って……たぶん柏木さんくらいじゃないの?」
柏木というのは小太刀部隊の大隊長だ。普段名前が出てこないために周介は一瞬誰だっけという表情をしてしまうが、瞳に小突かれてすぐに思い出す。
宿泊施設の部屋は大きく分けて三つの区画に分かれている。寝室兼自室、リビングとダイニング、そして浴場である。
リビングを中央にし、それぞれの区画に分かれるような形になっているようだった。
周介たちの目の前に広がるリビングには大きなテーブルとソファ、そしてカーペットの敷かれた床とテレビなどが配置されていた。この場所でテレビが見ることができるのかは不明だったが、とても清潔になっており、誰かが住んでいる生活感なども漂わせながら、デザイナーズマンションのような誰かに見せても問題がないようなそんな雰囲気も感じさせる不思議な空間だった。
「へぇ、普通にいい部屋じゃね?男子の方もこうなってんのかな?」
「いやいや、前に荷物を届けに行きましたけど酷かったっすよ?あちこちにビールの缶やら渇きもんのゴミやら靴下やらが転がってました。あそこは男連中の酒飲み場みたいになってました」
「うっへ……男子の方には近づかないでおこう。知与はこれからここに住むんだろ?」
「そう聞いてるけど……どこに行けばいいのかな……部屋とか詳しくは聞いてなくて……」
「何をしている」
不意に背後から声をかけられ、周介と玄徳は飛びのいて驚いていた。その気配を何となく感じていた瞳と、索敵を発動させ続けている知与は特に驚いた様子はなかったが、声のしたほうに二人とも顔を向けている。
「だ、大隊長。お、お邪魔してます」
「ここは女性区画だ。男性がいるのはあまり褒められた行為ではないぞ」
「すいません、知与が……うちの新入隊員がここに住むって聞いたもんで」
「……あぁそうか、君が……」
「は、初めまして。小島知与といいます。この度小太刀部隊ラビット隊に所属することになりました。よろしくお願いします」
柏木にあったのは初めてなのか、知与は少し腰が引けながらも丁寧に頭を下げていた。知与の話を柏木も聞いているからだろう、目を細めながら小さくため息をついていた。
「君の話は聞いている。目が見えないということもあって不便も多いだろうが、一年後高校に編入する手筈はすでに整えている。今のうちに普通の生活ができるように努力しなさい。それが難しいことは理解しているが、まずは慣れることだ」
「は、はい。ありがとうございます」
柏木は周介と玄徳の間を縫うように中に入りながら、リビングから先に入ろうとしない周介たちを見て鼻を鳴らす。
「どうした、これからここに住むのだろう?なら入りなさい。茶くらいは出そう」
「いいんですか?俺ら男ですけど」
「普段であれば締め出すところだが、今日は特別だ。チームメイトを案内するのであれば致し方がないだろう。だが、リビング以外のところには行かないこと」
「行った場合は」
「命の保証はしない」
「……肝に銘じておきます」
周介と玄徳としても女性の住まいを粗探しようとは思わない。この場で大隊長がせっかく寛大な態度を見せてくれているのだ。素直にお茶をご馳走になるくらいならばいいだろうと、周介たちはリビングに案内されていた。
「にしても、ここは大隊長しか使っていないんですか?」
「普通の女性はこういう不特定多数の人間が行き来する場所に住まいを持たないだろう。私自身、そこまでここを多く利用するということもない。だが、君が来てからは使用頻度は高くなったな」
「それは、電気が来るようになったからですか」
「そうだ。ライフラインがまともに稼働するようになったおかげで、この部屋も薄暗くなくなった。冷蔵庫も使えるようになったし、ドライヤーも使える。ありがたいことだ」
柏木は四人にそれぞれティーカップを差し出す。その中には温かい紅茶が入っているようだった。
「ところで、その恰好はなんだ?どこかに面接でも行くつもりか?」
「あ、これはその……」
どう説明したものかと迷いながら、周介たちは紅茶に口をつける。
ティーパックのものではない、どこか深みのある苦みと香りが鼻腔をくすぐる。
部屋の中が紅茶の香りで満ちていく中、周介はぽつりぽつりと順序良く話をしていくことにした。
「なるほど……本来であれば私たちが圧力をもっとかけなければならないところだったが……そういう意味では君たちの行動は間違ってはいない。最適とは言えないが」
互いに紅茶を口に含みながら、周介たちはとりあえずスーツを着ている事情を説明していた。
とはいえ、周介たちが話せたことなど大したことはない。半分は悪乗りの結果といえるのだから、それを目的をもって行ったかと言われれば微妙なところだ。
「だが、確かに話を聞く限りこの子の両親は、どこか安心した様子が見受けられたという。正しく選別が行えなかったのも事実だ。情けない話だが、我々も人である以上は超えたくない一線というものもある」
「大隊長としては、あの圧力かけるのってどうなんです?俺や玄徳は……まぁ最初にやらかしてるタイプなんであれですけど、知与みたいに完全に被害者の側の人間にもやるんですか?」
「もちろんだ。被害者であったとしても同様だ。とはいえ、君達のように加害者側に回ったものと違って、多少は対応を変えるが……今回の場合は、彼女と両親が一緒に住むことはできないという風に圧力をかけたのだが……」
両親とともに住むことができない。それは子供にとって、そして親にとっても大きな衝撃を伴うものだ。だがその言葉に、衝撃を受けると同時に、ほんのわずかに喜んでしまった両親とその子供に、どのような顔をすればよいのか柏木自身わからなかった。
互いに互いが重荷になっているなどと、誰が予想できるだろうか。
そんな柏木の胸中をよそに、加害者側という単語に知与は少し反応していた。周介たちが何か犯罪行為を行ったのではないかと気になったのだろう。
瞳はそれを察したのか、ため息をつきながら周介と玄徳の背中を叩く。
こういうのは早めに話しておいたほうがいいだろうと、周介は苦笑しながら紅茶を口に入れる。
「まぁあれだ、俺は初めて能力を発動させたとき、電車に乗っててさ。運悪く電車をちょっと暴走させちゃったんだよ。そのせいで結構な人数の一般人に迷惑をかけた」
「俺は能力を身に着けた後、グレてバイクで暴走行為を繰り返した。能力で人に怪我させたことはねえけど、まぁ人に迷惑はかけたっす」
「よく言えました。まぁそういうこと。運がいいのか悪いのかわからないけど、こいつらはそこまで大した事故は起こしてないから今こうしてるわけ」
「……瞳さんは?何か事件とかは……」
「おうおう瞳はすげえぞ?俺たちに言えないことをたくさんやらかしてあだ!」
周介が悪乗りして瞳の武勇伝をでっち上げようとした瞬間、瞳の拳が周介の脇腹に直撃する。
「言っとくけど、あたしはあんたらみたく能力でも普通の生活でもやらかしてないから。あたしの場合は子供のころからいるから、理由とかは特にないの」
「そんな姉御、謙遜しなくていいっすよ。別に誰を沈めたとか埋めたとか言っても気にしませんかうぐぁ!」
同じく悪乗りしようとした玄徳の側頭部めがけて瞳の拳が叩きつけられる。暴力によって男二人をいともたやすく黙らせる瞳に、この部隊の上下関係はこんなことになっているのだなと柏木と知与は感心していた。
隊長は周介ではあるが、実際に部隊を取りまとめる要になっているのは瞳のように思える。精神的な主柱とでもいえばいいだろうか。そういった存在になっているのはよくわかった。
「他にも能力で馬鹿をやった奴は何人かいる。君のように完全な被害者というのは実は割とレアケースでね」
「そうなんですか?」
「能力という存在そのものが危険なものだ。精神的に不安定になった時に初期発動が発生しやすい。何か事件が起きれば、当然その発動率も上がる。ただ巻き込まれただけであってもね」
なにかに巻き込まれ、その衝撃的な事象によって能力が発動、結果的に誰かを巻き込む形になってしまったものは多いのだろう。
そういう意味では知与の場合は運が悪い中では運が良い方なのだろう。とはいえ地震によって家をなくしている時点で運はあまり良くないのだろうが。
「あとはそこの安形のように子供のころからうちにいるケースが多い。特に彼女は長い。同世代の中では一、二を争うだろうな」
「へぇ、瞳はそんなに長かったのか。運がないな」
「うっさい。って言うか、そういう話をしに来たんじゃないでしょうが」
もともとこの部屋の案内のつもりだったのだが、いつの間にかちょっとしたお茶会になってしまっていたことに気付き、周介たちは話題を変えようとしていた。
「大隊長、ここで生活する上で食事とかってどうされてるんです?」
「何のことはない。近くのスーパーに買いに行って自分で調理する。食事などは基本は自給自足だ……が……ん……」
柏木はそう言いながら知与の方に目を向ける。
今まで目が見えなかった少女が料理などができるとは思えない。どうしたものだろうかと柏木は迷っているようだった。
「なら俺が作りましょうか?」
名乗り出たのは玄徳だった。思わぬ申し出に周介と瞳は目を丸くしてしまう。
「玄徳お前料理できるのか?」
「一人暮らしして長いんで。まぁ男料理ですけど」
「……お前何気スペック高いよな……背は高いし運動はできるし……何なのお前」
「へへ、そう褒めないでくださいよ」
玄徳は親元を出てからずっと一人で暮らしているのだ。最低限の料理くらいはできて然るべきなのだが、こうしてできるといわれると少し驚いてしまう。
柏木も疑っているようで、玄徳の表情からその手先などをしっかりと観察していた。
疑ってしまうのも無理はないのだが、なんとも複雑な気分でもあった。




