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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
七話「山と大和の名残」

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「お世話になりました。ありがとうございました」


「いいえ。気をつけて帰ってください。今のところ脳に異常はありません。あとは体力をつけながら頑張っていきましょう」


 翌日、知与は検査入院していた病院から退院していた。


 この病院も組織が関わっており、能力関係の調査もすべてこの場で綿密に行ってもらっていた。


 知与の家族もこの場に来ており、知与の体の状況を特に聞きながら異常がないということを知り安心していたようだった。


 知与の両親は能力という特殊な力を持ってしまったことには驚いているようだったが、それ以上に知与が周りのものを知ることができるようになったということに喜んでいるようだった。


 彼女の母親に至っては、能力を発動し、周りがわかるようになり、声をかけなくても母親の方を向き、顔をしっかりと確認した娘の姿を見て涙すら流したほどだ。


 今までずっと目が見えずに苦労してきた娘に与えられた、何かしらの加護のようなもののように思えてしまうのも無理もないだろう。


「知与、変なところはないのね?あるなら今のうちに言いなさい?」


「大丈夫だよ。だいぶ慣れてきたし。目だけは気をつけなきゃいけないけど」


 知与は今目を閉じている状態だ。目を閉じていれば能力を発動していてもわかることはまずない。


 周囲を知覚しながら平然と歩く彼女に、両親は少し安心したようだった。


 念のために杖はもっているものの、それ以外は普通の女の子と同じように歩いている。まさかこんな日が来るとはと、彼女の両親はとにかく喜び、安心している。


 病院のロビーを出て入り口部分に到着すると、知与は不意に何かを感じ取ったのか一方向に顔を向ける。


 すると知与が顔を向けた方角から黒塗りの車がやってきていた。


 病院のロビーから続く入り口の前、タクシーなどが本来止まるべき場所に停車した黒塗りの車から、サングラスに黒のスーツで統一された者たちが出てくる。


 そして知与の前に来ると、後部座席のドアを開けて入るように促していた。


「お嬢、お勤めご苦労様です。どうぞ」


「玄徳、何やってるんです?」


「お嬢をお迎えに上がりました。どうぞ」


 有無を言わさずに入るように促す大男、玄徳に知与はどうしたものかと困ってしまっていた。


「あの、あなた方は?」


 知与の両親は状況がわかっていないのか困惑している。そこに颯爽と前に出た瞳が小さく頭を下げた。


「お初にお目にかかります。私たちは先日お嬢さんを救出した部隊のものです。本日はお嬢さんが退院されるということでお迎えに上がりました」


「え?あ……あぁ……?」


 両親は急に話をされても理解が追い付かないようだった。娘が組織に所属することは認めていたし、今後訓練などが必要だということも知ってはいたが、まさかこのような形で迎えに来るとは思ってもいなかったのである。


 サングラスに黒のスーツという、あまりにそれっぽい外見というのが警戒している最たる理由なのだが。


「お父さん、お母さん、この人たちは大丈夫だよ。助けてくれた人たちだから」


「そうなのか?本当に?」


「失礼、このような形で迎えるのも私たちの正体を隠すためでもあります、どうかご容赦を」


 実際は別にそんなことはないのだが、単純に面白そうだからやっているというのが大きな理由でもある。


 素顔を隠すという目的は果たしつつも、明らかに周りからは目立っている。お嬢と呼ばれ、黒塗りの車にサングラスとスーツに身を包んだ男と女が迎えに来るあの少女はいったい何者だろうと、病院関係者及び通院に来ていた客は困惑していた。


「お嬢、そろそろ時間が」


「えっと……わかりました。行きます。それじゃお父さん、お母さん、またね。なるべく会いに行くから」


「あぁ……何か困ったことがあったら電話しなさい。わかったね?」


「ちゃんとご飯食べるのよ?」


「わかってます。それじゃあ行きましょう」


「どうぞ」


 玄徳が手を取って知与を後部座席に入れると、運転席にはすでに周介が乗り込んでおりこれまたスーツにサングラスという統一した服装だった。


「お勤めご苦労様ですお嬢。これから拠点に向かうことになりますが、もうお別れは大丈夫でしょうか?」


「周介さんですよね?なんでこんな?」


「周介、出して。玄徳は後ろで対応」


「了解です姉御」


 全員が乗り込むと車はゆっくりと走り出す。そして病院が見えなくなった辺りで周介と玄徳、そして瞳は笑いをこらえられなくなり、車内で爆笑を始めていた。そしてその中に知与の笑いも含まれていたのは言うまでもないだろう。


「まぁまぁまぁ、ネタばらしをするとだ、せっかく迎えに行くんだから少し面白い趣向で迎えに行っただけなんだけどさ。結構いろんな人が見てたな」


 周介はサングラスを着けたまま車を走らせている。今は最寄りの拠点への入り口がある場所に向けて走っているところだった。


 とはいっても、索敵上そこまで衣服の違いがまだ判別できていない知与からすれば三人がそれぞれ恭しく迎えに来た程度しかわからなかったが、周りの人間の反応から何か妙な格好をしているのだな程度の認識はあった。


「三人のその恰好はそんなに変なの?」


「いや別に変ってわけじゃ……ただ病院への送り迎えとしてはちょっと目立ってたかもしれないな。少なくとも俺はあんなふうな出迎えは怖い」


「そんなに変な格好なの?」


「別にスーツなんだし変じゃないと思うけど?首元苦しいからスーツってあんまり好きじゃないけど」


「俺もっす。堅苦しくて。でもこういうのは面白いっすね」


 サングラスをつけ、髪をオールバックにしている玄徳は完全にその筋の人間のように見えてしまう。


 軽い口調ではなく硬い口調になるとさらにその傾向は強くなっていた。呼び方がそもそもそれに近いため、もともとの顔の怖さも相まって玄徳は完全になじみまくってしまっている。


「あとはまぁそうだな……お前の両親へのちょっとしたアプローチみたいなもんだ」


「お父さんたちに?どうして?」


「ん……俺らはさ、やっぱ普通とは違うから、そのあたりを印象付けたかったってのもある。話を聞いた限り、お前の両親にも圧力はかかってるみたいな話は聞いたけど、どうにも……なんていうかな、あんまり深刻そうに捉えられてなかったって聞いたんだわ」


「深刻そうにって……どういうこと?」


「……俺らはもう普通の人間に戻ることはできない。俺らの時は結構そういうアピールが強かった。たぶん知与の時も同じように言われたんだろうけど……その、お前の場合は最初からちょっと特殊だったからな。そのあたりの匙加減が難しかったんだと思う」


 最初から目の見えていなかった少女が、さらに特殊な能力を身に着けたと聞いたとき、おそらく話をする井巻も困ったはずだ。


 どれほど踏み込んでよいものだろうかとも迷っただろう。井巻の立場として、言わなければいけないことはわかっていても、どうしても人として踏み込んでいい領域といけない領域というものを彼自身持ち合わせている。


 そして、その圧力よりも知与の両親は知与が多くのものを知ることができるようになったという事実の方が大きかったのだ。


 それは、良い意味でも、悪い意味でもだ。


 一種の介護のような生活を十五年近く続けてきたのだから無理もないだろう。今後それから解放されるという、後ろ向きな喜びもその中には含まれていただろう。


 それらが大きすぎて、今自分たちがどういう立場に立ったのか、それを知与と知与の両親はあまり理解していないように思えたのだという。


 ただ単に気持ちが追い付いていないだけというのももちろんあるだろう。家がなくなり、環境が一変し、そこにさらに娘の変調。これらすべてを一度に処理できるほど、彼らは処理能力が高くなかった。あるいは、感覚がマヒしてしまっていて、正常に判断できていないのかもしれない。


「でも、話をしに来た……えっと……井巻さんは、スポーツをすることも見ることもできない。私の場合は、たくさんの人がいる場所に行くことそのものも避けるべきだって……」


「でしょうね。索敵能力は索敵できるものが多ければ多いほど脳に負荷がかかる。知与の能力の性能がどの程度かはわからないけど、使えば使うほど疲れるのは間違いないだろうし」


「能力者だからこその制約は大きいぞ。俺自身もまだ全部はわかってない。ぶっちゃけ流されてるだけって感じだ。あとは……知与の場合は住む場所を組織が提供してくれてるからな。ある種の人身御供ってとられてもおかしくないんだぞ?」


 それは一種の取引だ。知与が組織に貢献する代わりに、家族の住居を提供する。子供を利用しているととられても仕方がないだけのことを組織はしている。


 知与としても、そして知与の両親からしても、得体のしれない力を得てしまったことから専門知識のある組織に所属することをマイナスと捉えていないようだったが、見方によっては人質のようなものだ。


「でも、給料も出るし、福利厚生?だってしっかりしてるって……」


「子供を働かせてる時点でまずアウト。住み込みでさらにアウト。時々法に触れることをさせるって点でアウト。もうスリーアウトだ。冷静に考えたら結構ひどい組織だぞここは?」


「まぁあたしらが言っても説得力ないけどね。特にあたしなんてもうずっと前から組織にいるし。この二人は入って日が浅いけど」


「そうなんだ。いつ頃からいたんですか?」


「もう覚えてない。気が付いたらここにいたって感じ。いるのが当たり前になってたって方が正しいかな?どっちにしろ碌なもんじゃないっての」


「俺は今年の二月くらいか?受験の当日にやらかしてな」


「俺は四月、兄貴と戦って負けた。それから組織に入った。能力はその前から使えてたけどな」


「へぇ……訓練とかは、痛い?」


「あたしの場合は全然。たぶん知与の訓練も痛くはないと思う。こっちの二人は普通に大変だけど」


「体動かすからな。怪我もするし痛いし疲れる。そこは人それぞれだ」


 周介はとにかく試行錯誤を繰り返さなければ上達しないため痛みは必要不可欠だ。玄徳も似たようなものだが地力が違う。


 一方瞳はそもそも能力を操るという点において痛みを伴わない。疲れはするだろうがそれも結局のところは慣れだ。


 能力は個人によって差があるもの。それらを比べることは単純にはできない。まずは彼女の能力を正確に把握しなければいけないだろうと全員が理解していた。


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