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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
六話「空と大地の嘶きに」

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 知与が目を覚ましたのはそれから二時間ほど後になってからだった。


 目を覚ました時、自分が再び暗闇の中にいるということを認識した彼女は一瞬強い恐怖に襲われた。

 先ほどまでの、何もかもが理解できたあの何かは夢だったのではないか。自分が特殊な力を使って、同じく特殊な力を持った人たちに導かれたのは、自分の脳が作り出した虚構だったのではないか。


 あの暖かな手は、ただの気のせいだったのではないか。


 そんなことを考え、彼女は体を勢いよく起こす。すると、近くで驚いたような声が聞こえた。それは、先ほどまで話していた、先ほどまで一緒にいた人物のものだった。


「起きた?体の調子はどう?」


「え、あ……」


「……混乱してるか……ゆっくり深呼吸して。記憶を整理して。能力は使える?」


「あ……はい」


 夢ではなかった。心の底から安堵すると同時に、ゆっくりと意識を集中させて能力を発動させる。


 その部屋は、先ほどまで自分のいた広い空間、訓練場ではなかった。それなりに広いが、先ほどの空間とは比べ物にならない。そこには自分以外に三人の人間がいる。知与はそれを理解するとそれぞれの人に顔を向ける。


「さすがに着替えさせたから。あの状態じゃちょっとね」


「あ……ありがとう、ございます」


 いつの間にか自分が着ている服が、私服ではなくただのジャージになっていることに気付き、知与は少し困惑する。


「あとお風呂にも入れておいた。眠っている状態で悪かったけど、軽く体も洗ったから。あぁ、男どもには触らせてないから安心して」


「ありがとう、ございます……」


 同性とは言え、さすがに自分の裸を見られるのは恥ずかしいのか、知与は僅かに顔を赤くしながら瞳に感謝を述べていた。


 彼女自身の記憶が確かであったなら、汗だくで、わずかに泥と埃の付いた体だったはずだ。だが今の自身の体は綺麗なものだ。


 清潔な体に衣服、そして眠っていたと思われるベッドもきれいなものであるということが肌触りでわかる。


「それで……ここは……私は……」


「ここはラビット隊専属の部屋。あなたは訓練が一段落して、疲れて眠っちゃった。覚えてるでしょ?」


「はい……えっと、能力の訓練と、体を動かして……スピードを出せる訓練を」


「そう。少なくとも、最低限はこなしてた。だから、うちの隊長としては、あなたの入隊は認められるって」


 瞳がその視線を近くで座って勉強している周介に向ける。周介は話を振られたからか、瞳の方に顔を向けると少し複雑な顔をしていた。


 自分があれだけ訓練して身に着けたものを、半日どころか一時間も経たずに習得されたという事実にどう反応したらいいのかわからないのだろう。


「これからも、引き続き訓練をしていくことになる。あとは、今日はゆっくり休んで……ご両親に話をしに行きなさい。それからはまた大変だけど」


「大変……ですか?」


「ん……どういえばいいかはわからないけど、少なくとも今までみたいな生活はできなくなる。あなたの場合家がなくなっちゃったから、どこに住むのかとか、そういう話もする必要があると思うの。あとは、家族としっかり話しなさい」


「……ありがとうございます。えっと……」


「瞳。安形瞳。もう一度自己紹介しようか?そっちで座ってるのが隊長の百枝周介。あっちで筋トレしてるのが加賀玄徳」


 瞳が指をさすその方向に顔を向け、それぞれがどのような人物なのかを知与は覚えようとしていた。


 今まで触覚と記憶を強く結び付けてきた彼女にとって、能力による知覚と記憶を結びつけるのはなかなか難易度が高かったが、良くしてくれている人たちを早く覚えなければならないと、強く三人の身体的、外見的特徴を覚えようとしていた。


「えっと、細い男の人が百枝さんで、大きな男の人が加賀さん、あなたが、安形さん」


「そう。呼び方は好きにしていいけど」


「俺は加賀って呼び方あまり好きじゃないから、玄徳で頼む」


 知与が目覚めたことを知ったからか、玄徳がベッドの近くまで歩み寄ってくる。


「えと、じゃあ、玄徳さん?」


「さん付けもいらない」


「……玄徳……君?」


「君付けもなぁ……」


「げんとくん?」


「姉御、それはやめてください。ガキの頃のあだ名なんで」


 呼び方に関しては玄徳が一番特殊だろうと、周介もいったん勉強をやめてベッドの近くに集まることにした。


「まぁ、俺も好きに呼んでくれていいぞ。呼びやすい方で。玄徳が名前呼びだからそっちで統一してもいいし」


「じゃあえっと……周介さん、瞳さん……玄徳?」


「まぁ、さんも君も嫌ってなったらそうなるよな……」


「でも、どうして周介さんと瞳さんは、兄貴と姉御?」


「そりゃ俺にとってこのお二人が上の存在だからだ」


 上の存在という意味が知与にはよくわからなかったが、その呼び方に、少しだけ知与はそわそわしたように玄徳の方を確認し続ける。


「あの、私は何て呼ぶんです?」


「あ?えっと、小島知与だろ?だから、小島とか?」


「……私だけ苗字ですか?」


 他の二人は特殊な呼び方をしているのに自分だけ名前で呼ばれるのは、少し仲間外れをされているように思えてしまうのだろう。


 ちょっとしたことだが、呼び方というのは大事なものだ。


「玄徳、せっかくだからなんか考えてやりなさいよ。兄貴姉御とまで呼べとは言わないけど、ほら」


「えぇ……なんかって……んんん」


 玄徳は普段周介を兄貴、瞳を姉御と呼んでいる。とはいえここにきて新人の、しかも最も年下となるものを姉貴分として扱うのは玄徳としても抵抗があった。


 とはいえ知与の言い分も理解できるだけに、どのように反応したものかと迷ってしまっていた。


 知与は外見はとても小さい。百四十センチにも届いていない身長に栗色の柔らかい髪は肩口まで伸びており、顔だちも幼いために小学生に見えなくもないほどの外見だ。


 だがその眼は芯のある強さを持っているように玄徳は感じられた。その瞳が光を映していなくとも、玄徳は彼女の中に何か強さのようなものを感じ取っている。


「じゃあ……お嬢」


「……お嬢って……お前のネーミングはどうしてこう偏るんだろうな」


「まぁでも……っぽいかも。お嬢様って言うより、お嬢さんって感じだけど」


 お嬢。周介が兄貴、瞳が姉御、知与がお嬢。玄徳の呼び方がどうにも特定の方向に偏っていくのを周介は感じていたが、どうやら知与はその呼び方が嫌いではないのか、小さく微笑んで恥ずかしそうにしていた。


「ですが兄貴、姉御、それだったらお二人も呼び方を変えるべきなんじゃあないっすか?」


「呼び方?どういうこと?」


「お二人は互いを名字で呼んでるじゃないっすか。お嬢が名前で呼んでるなら、お二人も下の名前で呼ぶべきでは?」


 仕返しのつもりなのだろうか、玄徳は知与を盾にして二人に迫る。小さな女の子を前に出させるなんとも情けない姿だが、玄徳が言わんとしていることは別段おかしな話でもない。


 知与が周介たちを名前で呼ぶのであれば、周介達もまた下の名前で呼んでやるべきなのではないかと思えなくもない。


 チームメイトとの関係をよくする機会でもあるため、周介も瞳もそこまで拒みはしなかった。


「じゃあ、よろしくな知与」


「よろしくね、知与」


「はい、よろしくお願いします」


 笑顔を浮かべる知与を見てから、周介と瞳は互いの顔を見る。


「……よろしく、瞳」


「……よろしく、周介」


 互いに下の名前で呼ぶというのは強い違和感がある。今まで苗字で呼び合っていたのだから仕方のない話だが、これで全員が下の名前で呼び合うことになったわけである。


 とはいえ、若干一名呼び方が相変わらずおかしいままなのだが。


「皆さんは普段ここで何をしてるんですか?いろいろありますけど……」


 知与は改めてラビット隊にあてがわれた部屋を観察していた。部屋の中自体にある物、そして部屋の外側にある物も索敵でわかっているのだろう。


 とはいえなにがあるかはわかっても、それが何を意味しているものなのかはわかっていないようで、目を白黒させていた。


「俺はあれを回して発電してる。この拠点の電力のほとんどは俺が今作ってるんだよ。んで、暇だから勉強してる」


「発電ですか……すごい!すごいですね!」


 文字通り目を輝かせる知与に、周介は苦笑しながら常に能力を発動し続けることに対して慣れたものだと、自分の成長に少し感心もしていた。


 目の前に能力に目覚めたばかりの新人が現れるとこういう新鮮さがあるのだなと、周介は少しだけ嬉しかった。


「周りのはあたしが教えるわ。大抵整備してるのあたしだし……立てる?」


「あ、はい!」


 知与はベッドから降りると瞳の後についていった。その様子を見て、周介は一安心すると同時に、少しだけ申し訳ないようにため息をつく。


「玄徳、目の届くときは可能な限り知与の近くにいてやってくれるか?」


「構いませんが……やっぱり心配ですか?」


「それもあるけど、敬語がとれる程度には仲良くなりたいだろ?今はちょっと、まだ警戒してる感じだしな。玄徳は何となく信頼されてる感じだし」


「はぁ……そうっすかね?」


 チームメイトで敬語を使いあう仲にはなりたくないと周介は考えていた。玄徳は自分自身で周介たちの下だと決めているから別として、知与のように新しいメンバーなら、しっかりと友好的な関係を築きたいと思うのは当然のことだろう。

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