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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
六話「空と大地の嘶きに」

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「思ってたよりずっと運動神経いいな。俺が練習してた時よりずっと早く上達してる気がするんだけど」


「今まで動けなかった分ってことっすかね?すごいっすよこれは」


 訓練を始めてから三十分余り。周介と玄徳はもはや周囲に常に位置して補助をすることもなくなっていた。


 夢中になって滑っている知与は、今まで自分がやったこともなかった行動を純粋に楽しんでいるようだった。


 今まで走ることだって満足にしてこなかった彼女が、これほどまでに体を動かすセンスがあったなどと、おそらく本人も知らなかったことだろう。


 最初こそ戸惑い、危ない動きなどもあったが、慣れてしまった今となってはスケートプレイヤーのように自在に滑っている。


 今は体を動かす事よりも、どちらかというと能力を維持することに集中しているという様子だった。


「これが才能ってやつか……なんかすごいへこむな」


「運動神経いい奴ってのは大抵何でもできますからね……どうします?そろそろ難易度上げますか?」


「そうだな……玄徳も軽く準備運動しておいてくれ。安形、ぬいぐるみクッションの設置頼む。いざって時は頼むぞ」


「了解です」


「わかった」


 今は能力を発動しながら普通に滑っている彼女だが、ここからはラビット隊特有の動きになってくるだろう。


 どういうことかといえば、周介の能力を使った高速移動への訓練に至ることになる。


「そろそろ次のレベルに行くぞ。随分早いと思うかもだけど」


「え?でもまだ全然」


「いや十分上手いよ。次は俺ら特有の動きをしていく。まぁまずは動きを確認しててくれ。って言うか、どれくらいの距離確認できるんだ?」


「えっと……最初はかなり広かったんだけど、今はだいぶ縮めてます」


「索敵距離の変更もできるのか……かなり便利だな……まぁいいや。じゃあこの部屋全体を見るようにしててくれるか?俺が走るから」


「ついていきますか?」


「いや、たぶん無理だ。とりあえず見ててくれ」


 実際は見ているのではなく索敵しているのだが、そのあたりは言い回しの問題だろう。とりあえず周介は姿勢を低くするとローラースケートを用いた高速移動を開始する。


 能力を使った高速移動は先ほどまでのローラースケート単体での移動とは桁が違う。先ほどまでは自転車より少し遅い程度の速度だったが、今は自動車と同程度の速度を出しているのだ。


 急速に移動し始めた周介を追うように、知与は視線を、顔を動かしている。


 一体何が起きているのかわからないといった様子だったが、あれが周介の能力なのだと、彼女も何となく理解しているようだった。


「こんな感じだ。これをやってもらう」


「えっと……どうやって?」


「俺の能力は物体を動かすことができる。けどそれは回転させるだけなんだ。こんな風にな」


 そう言って周介は自分の足を片方持ち上げるとローラーだけを高速回転させる。それを見てあれほどの速度で動くその理屈を理解したからか、知与はなるほどと小さくつぶやいていた。


「つまり、次は今はいてるローラースケートを自分で進めるんじゃなくて俺の能力で進めるから。進行方向とかを自分の体でコントロールするんだ」


「それだけだと、逆に簡単なんじゃ……?」


「自分の体の都合で動かないのって結構大変なんだよ。怪我するかもだから俺の装備をいくつか貸しておく」


 そう言って周介は昔使っていたプロテクターを知与につける。腕や足に取り付けるためのもので、何度も使ったからか小さい傷が目立つ。


「とりあえず最初はゆっくり行くから。そこから徐々に速度上げていくから注意な。俺が先導して見本見せるから。玄徳!後ろからついてきてくれ!」


「ういっす!」


 周介が能力を発動すると、周介と知与のローラーがゆっくりと回転しだし、体が前に進んでいく。


 最初は回転の速度がわからずに転んだことを思い出して周介は自分も成長したものだなと小さく感動していた。


 知与は自分の体が勝手に前に進んでいくことに驚いていたが、ローラーが動いているだけだということを理解したからか、腰を低くして周介の動きを真似していた。


 先ほどと同じように若干の誤差修正が必要なのは目に見えている。いくら知与が運動神経がいいとはいえ限度があるだろう。


 何度も失敗して何度も転んで、そうやって覚えていくだろうと周介は考えていた。


 むしろ、そうでなければ自分が何度も転んでけがをした苦労が報われないとさえ思ってしまう。瞳の人形のように真似をすることが得意ならまだしも、今まで満足に体を動かしたことがなかった少女に簡単にまねをされてしまったら立場がない。


 とはいえ、嫌な予感はしていた。


 目の前にいるこの少女、実はかなりの才能を秘めた天才なのではないか。そんな一抹の不安が的中するのは、およそ三十分後のことである。


 本気での訓練を初めてしばらくして周介は既に普段と同じ程度の速度が出せる程度の能力を発動していた。


 そして、その動きにほぼ完璧についていっている知与を見て、周介は軽く絶望していた。


 この速度が出せるようになるまで、周介がどれほど転び、どれほど体を痛め、どれほどの時間がかかったことだろうか。


 それを彼女は三十分程度で、しかも二回か三回程度転んだだけで習得してしまったのである。


 まだ訓練場を一周するという単純な動きしかさせていないものの、それでもこれほど早く習得されるとは思っていなかっただけにその衝撃はかなり大きかった。


「速い!速い!速い!!」


 しかも何が周介の心を抉るかというと、彼女は心底この状況を楽しんでいるようだったのだ。


 自分が今まで体感したことがないほどの速度を、自分の体で実感できているのだから。


 車の中も同様の速度があっても、風を感じるようなことはできた覚えはなかった。電車の中でもそれは同じだ。


 今彼女は、自分の体だけでこれほどの速度を出している。周介の能力によって、それだけの速度に至っている。


 そして何より彼女の能力で、常に移動し続けるという状況を認識できているのも大きな理由だったかもしれない。


「いやぁすごいっすね。あんだけ悠々と動けるとは」


「あんたももうちょっと時間かかったもんね。スケートで走るの」


「俺は実際に自分で走ったほうが好きです。まぁ、にしたってあれは……」


 たった三十分だ。それだけの時間で彼女はそれだけの体の動きを身に着けた。


 まだ能力に関しては発動しているときと、つい発動を解いてしまっているときがあるようだったが、それでもある程度コントロールはできているようだった。


 常に発動し続けるにはまだ訓練が必要だろう。だが能力のオンオフということに関しては問題はなさそうである。


「あんたから見て、あの子の身体能力はどの程度なわけ?」


「……反応速度はすげえいいです。それが能力のせいなのかはわかりませんけど。ただ体力はほぼ皆無ですね。たぶんですけど、そろそろ電池切れ起こすんじゃないかなって」


 寄り添って走っていた玄徳は彼女の体力がどの程度なのかはわかっていた。


 自分の足で走るほど激しく体を動かさないとはいえ、ローラースケートの動きに合わせているだけでもそれなりに体力は消耗する。


「でも疲れてるなら自分でわかるんじゃないの?」


「いえ、今あいつはたぶんハイになってます。自分で自分の疲れ具合を認識できてないんすよ。そろそろやばいです」


 子供によくあることだが、テンションが上がってしまうと自分の体のことなど二の次になってしまう。そして興奮する対象から離れて少しすると、自分の体力がなくなっていることに自分自身が認識するのか、意識を失うように眠ってしまうのだ。


 今の彼女は今まで見えなかったものが分かり、今まで体感したこともないような速度で動くことができる。そんな状態にあれば興奮してしまうのも無理からぬことだろう。


「そろそろ休憩させたほうがいいってこと?」


「そうっすね。たぶんそのタイミングで落ちるんじゃないかと」


「なら、事故を起こす前にそろそろ休憩って言ったほうがいいでしょうね」


「俺が言ってきますよ。あの感じだと、集中がちょっと乱れるだけで……」


 そう言って玄徳は立ち上がると訓練場を周回している周介たちを先回りするように移動し、手を振って二人を呼び止める。


 周介は玄徳の姿を確認すると能力を解除し、慣性のみでゆっくりと進みながら位置を調整して玄徳のそばに停止する。


「どうした玄徳、なんか用か?」


「そろそろ休憩しましょう。結構そっちのは汗かいてるみたいですし」


 周介は後ろからついてきていた知与の方を見て確かになと苦笑する。


 彼女は笑って、楽しそうに滑ってはいるが、その体はもう汗だくだ。もともと汚れてしまっている服のままだったが、さすがにこれ以上続けるのは無理だろうと思えるほどだ。


 一度本格的な休憩をはさんだほうがいいだろうと、周介が考えていると、周介と少し遅れて知与が軽快な動きで近づいてくる。


「ど、どうしましたか!なにか!ありましたか!?」


「あぁ、いや、そろそろ休憩しようって話だ。だいぶ汗かいたろ?しっかり水も飲まなきゃな」


「え?あぁ、そういえば……気づきませんでした」


 知与は今の自分の体の状態を今になって理解したのか、少し不快そうな顔をする。汗だくの状態でいい顔をできる女子は少ないだろう。


 彼女は自分の体にへばりつく衣服をパタパタと仰ぎながら、わずかに赤みがかった顔から滴る汗をぬぐう。


「とりあえず深呼吸しろ。ゆっくり体を伸ばして。あとこれも外しておけ」


「あ、ごめんなさい」


 玄徳は知与の足からローラースケートを脱がせると、本人に促すようにゆっくりと深呼吸をさせた。


「でも、ようやくコツが掴めました。もっともっと走りたいです!」


「そりゃよかったな。行くぞ」


 玄徳が差し出した手を取る。知与は少し安心したような顔をして玄徳に並んで歩きだした。


「はい。あとは能力……も……」


 不意に彼女は崩れ落ちた。そしてそれを予測していたのだろう。玄徳は彼女を抱き留めると軽く抱きかかえて運んでいく。


「なるほど、体力の限界だったわけだ。悪かったな気づけなくて」


「一緒に走っていればわかりませんよ。遠くで見てたからわかったんです……それより、どうです?一緒に走ってみて」


「……すごいよ。ほぼ俺の動きをトレースしてるみたいだった。それも、自分用にすぐに修正してた。安形の人形と走った時よりびっくりしたよ。生身だからかな?」


 知与の運動神経の良さは、周介も感じていることだった。こんなことがあり得ていいのかと、与えられた才能の差に嫉妬しそうになる。いや、そんな気さえも起こさないほどに圧倒的な差がそこにはある。


 玄徳の手の中に納まる小さな少女を見て、周介は感動すら覚えてしまっていた。


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