9. 呪われた家(2)
子供部屋に案内され、入ってすぐのところでシニクさんの足が止まった。
クレヨンやお絵かき帳が棚にあり、本棚には絵本が置かれてあるのがみえる。
棚の中段は、1歳の子どもの手が掴まり立ちをするのにちょうどいい高さなのに、埃がうっすらと溜まっている。
それに、この本は知っているけど、1歳児にこの内容読むかな?妹が1歳のときなら、飽きてしまうような、長くて言葉が多い気がする。
だとすると、3歳の息子が亡くなったと言っていた梅雨から約6ヶ月の間手付かずだったということ?
「ここの部屋は……」
私がポツリと口に出すと、眉をひそめた険しい表情で答えた。
「えぇ。……亡くなった長男のものです」
その声は小さく震えていて、愛する我が子を失った生々しい傷跡が、半年経った今も癒えていないことを物語っていた。
気まずい沈黙が流れる中、私は部屋の一歩奥へと足を踏み入れた。
その瞬間、私の鼻腔を奇妙な違和感がくすぐった。
「……?」
眉をひそめたのは、今度は私の方だった。
ほんの微かにだけど、なにか腐ったような、あるいはニンニクのような、ツンとした嫌な臭いがするのだ。
食べ物の匂いではない。
これは何か別の異物の臭いだ、と警鐘を鳴らしている気がした。
「すみません、シニクさん。この部屋、何か匂いませんか? ……少し、ニンニクに似たような……」
「え? いえ、特に何も……。あの子が使っていたおもちゃや、半年前のままの匂いだと思いますけれど……」
シニクさんは不思議そうに首を傾げた。
毎日ここにいる彼女には、もう馴染んでしまって分からないのかもしれない。
私がなおも匂いの元を探ろうと部屋を見回していると、私の横をイトがすり抜けていった。
イトは部屋の隅へ歩み寄ると、新しく張り替えられたという可愛い星柄の壁紙を、指先でコンコンと叩いた。
「ふうん。匂いなんてどうでもいいさ、ネロル。それより、この部屋の空気、妙にジメジメしてないか?」
「ジメジメ……?」
「そう。窓はあるのに、まるで部屋全体が湿気を吸い込んで、吐き出せないみたいに重い感じ。ほら、見てみなよ。壁紙は綺麗だけど、この木製の棚の裏側。うっすらと白カビが浮いてる」
イトは自慢げに、確信に満ちた目で私を見た。
そんな言い方……
息子の死亡も、1歳児の育児も、この人は全部ひとりで乗り越えてきたんだ。
カビが生えるかどうかも、いつも過ごす訳でもない子供部屋の掃除も、そんなことする暇も気力もなかっただろうから。
「この家がおかしくなったのは、3年前におじいさんが亡くなってからだって言ったよね。ボクの勘だけど、この家自体にかけられていた、構造を保つための『何か』が狂い始めてるんだ。これは建物の問題だよ。君には分からないだろうけどね」
トゲのある言い方に、私は少しカチンときた。
「……匂いはどうでもよくないよ。体調を崩すような原因が、この空気の中に混ざっているかもしれないんだから」
「そんな目に見えない匂いより、目に見える建物の歪みの方が確かさ。ボクはボクのやり方で調べるよ」
イトはフンと鼻を鳴らすと、シニクさんに向き直った。
「シニクさん、ボクは一度街に戻って、この家の建築記録や、おじいさんが生前どんな仕事をしていたかの文献を調べてくる。呪いの正体は、きっと家の構造にあるはずだ」
「あ、はい……よろしくお願いします……」
圧倒されるシニクさんを置いて、イトは「じゃあね、ネロル。どっちの診立てが正しいか勝負だ」と言い残し、風のように部屋を飛び出していってしまった。
……本当に、嵐みたいな子だな。
思わずため息が出そうになるのを飲み込み、私はシニクさんを振り返った。
イトが家の歴史を調べるなら、私は私のやり方で、亡くなった男の子の身体に何が起きていたのかを突き止めるしかない。
「シニクさん。……少し辛いお話になってしまうかもしれませんが、亡くなられた息子さんの、当時の体調について……詳しく教えていただけますか?」




