8. 呪われた家(1)
「あ、ネロルちゃん。急で申し訳ないんだけど」
翌朝、冷え切ったリビングへ向かうと、ウルエさんが旅行用の大きな革カバンを抱え、慌ただしい様子で部屋から飛び出してきた。
昨日までの余裕のある雰囲気とは打って変わって、あきらかに急いでいる。
「外せない要件が入っちゃってね。ツールも連れて中央に向かうことになったんだ」
「えっ……! お二人でですか!?」
どちらが家主か分からないが、居候の私が一人で留守番してもいいのだろうか……
唐突な言葉に私が戸惑っていると、奥の扉からツールさんが入ってきた。
ウルエさんとは対照的に、ツールさんは大きな旅の荷物を持たず、手ぶらだった。
「……? でも、ツールさんはお荷物がありませんけど……」
「……荷物は持たない主義だ」
ツールさんは淡々と答え、それから自分の後ろに控えていた一人の人物へ視線を向けた。
「ネロル、私の代わりに留守を預かる者を連れてきた」
ツールさんの影からひょっこりと姿を現したのは、私より少しだけ背の高い少女だった。
つなぎの服を着て、短い髪をさっぱりと整えている。
丸く大きな瞳にはどこか人を品定めするような鋭い光が宿っていた。
「やあ! ボクはイト。ツール様の弟子だ!」
ハキハキとした口調で、まるで男の子のようにサバサバと言い放つ。
私より一歳年下だと聞いたけれど、私に対して少しも遠慮のない、ズケズケとした態度だった。
「君がネロルかい? 噂は聞いてるよ。拾われた子なんだろ?見たところごく普通のおとなしそうな女の子じゃないか」
イトは私の前に歩み寄ると、失礼なほどジロジロと私を上から下まで見つめ、腕を組んでフッと小さく鼻を鳴らした。
ハキハキしすぎていて、どこか自信満々で強引な雰囲気。静かに目立たず過ごしたい私にとって、イトは少し苦手なタイプの相手だった。
まあ、仲良くやらなくては。
「急がなくていいのか、ウルエ」
「そろそろ出ないとね。……シニクさんとの約束は八時だから。ネロルちゃん、イトと一緒に待ち合わせ場所へ行って、彼女の困りごとを聞いてあげておくれ」
「あぁ、それと……最近一部で流行っているそうだ、咳や頭痛などの風邪症状が。……ウルエが言うには、特に子供は悪化しやすいらしいから気をつけるように。」
取ってつけた台詞のように、言わされた感がある話し方だなぁ……ツンデレ?
カバンを抱え直したウルエさんが、急かされるように玄関へと向かう。
「僕らは急用があってね。じゃ、行ってくるよ! 二日後には戻るから!」
ウルエさんは風のように屋敷を飛び出していき、ツールさんも「無茶はするなよ」と短い一言を残して後を追っていった。
パタンと重い扉が閉まり、しんとした静寂が流れる。残されたのは、私とイトの二人だけだった。
……。
ただ石を温めてあげるだけだと思ってたのに……。
こんな大変なことになるとは思わなかったよ……
私は心の中で深いため息をついた。別に街の謎を解きたいわけでも、事件に首を突っ込みたいわけでもない。できれば部屋でじっとしていたいのに、なんでこんなことに……。
まあ、指示なら従うし、シニクさん困っていそうだったからな。
イトはつまらなさそうに息を吐くと、背中の道具袋を担ぎ直した。
「ボーッとしないでくれよ、ネロル。ボクは手際良く物事を進めるのが好きなんだ。時間を過ぎちゃうぞ。シニクって人のところへ行くんだろ」
「あ……うん……」
乗り気じゃない私の袖を強引に引っ張るイト。私は、重い足取りで寒風の吹く街へと踏み出したのだった。
朝八時。寒風が吹き荒れるパン屋さんの角へ向かうと、シニクさんは約束通り、身を縮めて佇んでいた。昨日渡した温熱石を両手で大切そうに抱きしめている。
「シニクさん……」
「あ……ネロル様! お待ちしていました! あのお二人はいらっしゃらないのですね」
「すみません。用事があるみたいで……」
私と、その横で不機嫌そうに手をポケットに突っ込んでいるイトを見てシニクさんは戸惑っていたが、寒さを避けるため、近くのさびれた喫茶店の暖かい店内へと移動した。
湯気の立つお茶のカップを包みながら、シニクさんは意を決したようにぽつりぽつりと話し始めた。
「……実は、ネロル様にお願いしたいことがあるんです。我が家の……呪いについて、調べていただきたくて」
「の、呪い……?」
思わず声が裏返った。呪いなんて、そんな物物しい話に関わりたくない。
「はい。私の家は街の外れにある古い木造の家で……夫はこの子が生まれる前に出て行ってしまいました。身寄りは私を育ててくれた祖父だけだったのですが、その祖父も三年前に亡くなってしまって……」
シニクさんの声が、広い部屋に響く。
私たちのようなまだ未成年の子供に、こんなことを頼んでもいいのだろうかと、その目が物語っている。
「祖父が亡くなってから、家がおかしくなり始めました。家のいたるところが壊れ始めて……今年になってからは冬になるといくら暖炉を焚いても寒さが消えず。ですが何より恐ろしいのは、誕生日を迎えたばかりだった三歳の長男が……」
シニクさんは辛そうに目を潤ませた。
「……その誕生日の1か月後、しとしとと雨が降り続く梅雨の時期に入った頃でした。部屋にいた息子がと吐き気を訴えて横になるようになり……そのまま一度も目を覚ますことなく、亡くなってしまったんです……」
「それは……」
「大変だったな。医者には診てもらえたのか?」
なんと声をかけるといいのだろうか。お気の毒に、大変でしたね、どちらも当てはまらない気がしたのだが、この人はどうしてこうズバズバとものを言えるのだろうか。
そんなイトの態度など気にしない様子で、シニクさんは子どもを愛おしそうに見つめながら話す。
「ええ。でも、何も分からなかった」
昨日抱きかかえられていた子どもは、よちよちと歩き、しりもちをついてはまた歩きを繰り返している。
「あの子も今よりもっと小さかったから、うつすわけにもいかなかったんです……。街の人たちは『呪われた家だ』『魔法使いの呪いだ』と噂しています。でも、私は絶対に魔法使いのせいにだけはしたくないんです! 祖父は悪い人じゃなかったし、私とひ孫を心から愛してくれていましたから……どうして我が家がこんなことになってしまったのか、本当の理由が知りたいんです」
街の人々のように偏見で魔法使いを責めず、亡き祖父を信じようとするシニクさん。
きっと、おじいさんも魔法使いだったのだろう。5年ほど前から魔法使いというだけで殺されるこの世界だ。人為的なものの可能性もある。
イトは腕を組み、淡々と冷ややかに告げた。
「ふうん。呪いなんてもの、あるわけないじゃないか。まあ、ボクが文献でも調べてあげるよ」
シニクさんはイトの素っ気ない態度に下を向いた。
もう少し、人の気持ちに寄り添った行動はできないのだろうか。
私は……正直、めんどくさいことになったなという思いと、でも落ち込んでいるシニクさんを放っておけない気持ちでぐるぐるしていた。
目立ちたくないし、ややこしい事件なんて関わりたくないのに。
でも、シニクさん、すごく困ってるし……
「あの……私、大したことはできないと思うんですけど……とりあえず、お家を見せてもらうくらいなら……」
私が気乗りしない様子でそう呟くと、イトが「うん!一緒にこのナゾを解こうな!」と私の背中をバシッと叩いた。
痛い。
シニクさんの案内で、家の中をまわらせてもらった。
イトはズカズカとシニクさんの先を歩き、これはなんだ?などと質問しっぱなしだ。
そういう所も、私にはできない。
私たちがいた場所はリビングで、1歳児が使うような玩具があり、床にはカーペットがひいてある。
リビングが見える形で台所が配置されており、窓も対角線上にあるため換気はできるだろう。
廊下を歩き、隣の部屋には寝室があり、その隣に可愛らしい子供部屋があった。




