6. 杖を買いに
お屋敷の扉を抜け、ウルエさんの結界をくぐり抜けると、そこはトロノーメとは全く違う雰囲気の街だった。
潮風の匂いと、焼き立てのパンの香ばしい匂い。
海の塩が体に纏わりついてくる。
活気のある市場から少し離れた、石畳の狭い路地裏を三人で歩く。
「ここだよ」
ウルエさんが立ち止まったのは、軒先に古い本が積み上げられた、小さな古本屋さんだった。看板の文字は風化して半分消えかけている。
「本屋さん……ですか?」
「表向きはね。中に入ろう」
ギィと重い音を立てて扉を開けると、中は天井まで届く本棚と、紙とインクの匂いで満ちていた。
カウンターの奥から、白い髭を生やした小柄なおじいさんが、眼鏡の上の丸い目をこちらに向けてくる。
「なんじゃ……ウルエか。また厄介事を持ち込んできたのかね?」
「ひどいなぁ、トロおじさん。今日は大切なお客さんを連れてきたんですよ。この子に合う芯材と魔源石を選んでほしくて」
トロおじさんと言われたその方は、カウンターから身を乗り出して、私をじっと見つめた。
その目はとても鋭くて、私の中にある魔力の流れまで見透かされているみたいだった。
「ほう……。型に嵌まった魔法使いではないな。道具を持たぬ、純粋な――」
「おい。余計な探りを入れるな」
ツールさんの低い声が割り込んだ。
ツールさんはおじいさんとウルエさんの間にすっと立ち、どこか身頭の高さような、静かな威厳を漂わせた。
純粋な、の続きはなんだったんだろう。
職業として守られている魔女と違い、自由を縛られ、日陰を歩まされる魔法使いの社会。
ツールさんがこれほど警戒を露わにするということは、私の魔力の性質は、知られるだけで罰の対象になるような、何か危険なものなのだろうか。
考えても仕方ないか。何も知らない私には答えは出ないし、知らない方がいいこともあるはず。
「私たちは客だ。彼女の波長に最も適した素材を提示してもらえれば、代金は私が支払う」
「ほぉ、これは失礼。ツール坊っちゃんもご一緒でしたか。ふむ、あのウルエが連れてきたお嬢さんだ、タダ者ではないとは思っていたが……よろしい。奥へどうぞ」
「……その呼び方はやめてくれ」
ツールさんは嫌そうな表情をしながら否定していた。
おじいさんが重そうな鉄の扉の鍵を開けると、そこは古本屋とはまったく違う、無数の木材やきれいな鉱石が並ぶ本格的な工房だった。
「さあ、お嬢さん。……自分の直感だけを信じて、そこに並んでいる木の枝と魔源石に触れてみるんじゃ」
棚には、金色の木目を持つ木や、真っ黒で硬そうな木、しなやかな枝など、見たこともない素材がたくさん並んでいる。
そっと指先を滑らせていく。
あたたかいけれど少し主張が強すぎる木もあれば、冷たすぎて私の魔力を弾いてしまうような木もあった。
そして、棚のいちばん隅に置かれた、少し曲がりくねった小さな白い木肌の枝に触れた瞬間。
――じわぁ。
胸の奥が懐かしくて優しい感触がした。
「ふむ……林檎の木か。柔らかな魔力を包み込む木じゃな。では次は魔源石だ」
おじいさんが用意したのは、磨かれていないごつごつした原石たち。
私は小さな琥珀色の原石に手を伸ばした。
光に透かすと、まるで蜂蜜のようにトロリとした柔らかな光を宿している。
「ほう……! 面白いのぉ。その琥珀は、高出力の攻撃魔法には全く向かんが、魔力を極小に保持し、ゆっくりと持続させる記憶の石。お嬢さん、お主……自分の魔力の性質を完璧に理解しておるな」
おじいさんは感心したように頷き、さっそくその場で木を削り、琥珀色の魔源石を嵌め込む作業に取りかかってくれた。
「素晴らしい目利きだね、ネロルちゃん」
ウルエさんがニコニコしながら私の頭を撫でた。私は照れくさくて微笑みながら、ふと隣のツールさんを見た。
ツールさんは難しい顔で棚を検分していたけれど、私が琥珀を選んだ瞬間、ごくわずかに満足そうに口元をゆるめたのを、私は見逃さなかった。
三十分ほどで完成した私の杖は、長さ二十センチほどの可愛らしい、林檎の杖だった。
先端には、丸く磨かれた琥珀が優しく嵌まっている。
「ありがとうございます、大切にします!」
お礼を言い、代金をツールさんが支払ってくれて、私たちは店を出た。
なんだか誇らしくて、少しだけ大人になったような気分だった。
私が魔法を使えることを少し認められた気分。
鳥の鳴き声も潮風も、全てが私を祝福しているように思えた。
……あの角を曲がる前までは。




