2. 突然の来訪者
暗くなると家の店を閉める手伝いをして、テーブルに置いた明かりを囲んで夕食を食べる。
そんないつもと変わらない一日の終わり、店の方のドアからノックの音が響いた。
「誰だろう、こんな時間に」
と言いながら父が外に出ていった。微かに話声が聞こえる。
店の中に入ろうとする役人の男の人たちの話をまとめると、魔法使いのせいで暮らしが不自由になっている。絶滅したはずの魔法使いがこの街にいるらしい。
その件に関して、魔法省のお偉いさんたちが調査に来たようだった。
にこやかで、けれど腹の底で嫌な計算を巡らせているような笑みを浮かべた役人の人たちが、さらに店の中に押し寄せていた。
「お母さん、魔法省の人だって。初めて見たね」
「ええ、そうね。」
お父さんもお母さんも、険しい顔で私を背中に隠すように庇っている。空気が重く澱み、息が詰まりそうだったその時。
「良かった、まだ開いてた。あれ、……お取込み中ですか?」
ひょっこりと店に入ってきたのは、見知らぬ男性だった。
三十歳くらいだろうか。いや、もう少し若いかもしれない。
ずぼらそうな雰囲気。何か面白そうなものを見つけた少年のような瞳。
その奥で、頭の歯車が恐ろしい速度で回転しているのが一目で分かった。
その男性を見る役人たちの顔が一瞬で嫌そうに歪む。
男性はすたすたと私の方へ歩み寄ると、しゃがみこんで目を合わせた。そして、役人たちからは見えない角度で、私にだけ伝わるように優しく――けれど、有無を言わせぬ圧を秘めた笑みを浮かべた。
「あ! あの時の魔法使いの子じゃあないか。君は確か……ロロルと言ったね?」
初対面の全く知らない人だった。そして私の名前はネロルだ。
というか、私は魔法使いではないのだけど、彼が魔法使いというなら、そういうことにしておいた方がいいのだろうか。
ここで「違います」と言うことが何を意味するのか。
詳しくはわからないが、私の頭の片隅で警鐘が鳴る。私が小さく頷くと同時に、男性は私の着ていたポンチョのフードをすぽりと被せた。視界が狭くなる。
「じゃあ、この子預かっていくから。それでいいですね、皆さん」
「……! ウルエ殿、それは――」
「もう解決済みになるだろ? 報告書をちゃんと出すように。そして、この方々にはもう関わらないこと」
ウルエと呼ばれたその人は、取り付く島もない冷ややかな声で役人たちを突っぱねると、私の背中をポンと押して外へと歩き出した。
俯いて歩く私の隣で、ウルエさんは胸元にあるハトの金属バッジに向けて何かをボソボソと囁いている。
私には聞き取れなかったけれど、ちらりと振り返った時、後ろの役人の人たちが固まっているのが見えた。
父も母も、この事態をどうするべきか、戸惑いながら、どうしようも出来ないようだった。
しかたがない。
これが最善策なんだ。
家の中には、私の下には守られるべき幼い妹や弟たちがいるから。
私は、この街が好きだ。お父さんもお母さんも、家族みんなが大好きだ。
だから、私がここで静かに去ることが一番正しい選択なのだと理解して、黙って隣を歩いた。
喰われるのか。売られるのか。
息があがるのも、手が震えるのも無視して。
どのくらい歩いただろう。振り返ると、あれほど大きかった私たちの家が、ちょうど私の拳くらいのサイズまで小さくなっていた。
その時、隣を歩いていたウルエさんがピタリと足を止めた。そして、急にガバッと頭を下げ、両手を合わせて拝むように言った。
「ほんっとにごめんね!! こうするしかなかったんだ……」
さっきまでの威厳も冷徹さも欠片もない、情けない声。私はフードの隙間からウルエさんを見上げ、慎重に問いかけた。
「……わたし、殺されます?」
「殺さないよ!? なんでそう極端なのさ」
――なんだ、違うのか。
ウルエさんは頭を抱えて叫び、それから深々とため息をついた。
その顔には、お兄さんの素顔と、私を連れ出してしまったことへの、心からの申し訳なさが浮かんでいた。
「じゃあ、自己紹介からね! 僕の名前はウルエ。改めまして、君はネロルちゃんだよね?」
「……はい」
「よし。じゃあ終電が近いから、少し急ごうか」
そう言ってウルエさんに背中を押され、暗い夜道を歩いた。
気づけば私たちは、街の外れにあるポツンと灯りのついた小さな駅のホームに立っていた。
いつの間にこんなところまで歩いていたんだろう。
ふと、ウルエさんが私の手を見つめ、優しく目を細めた。
「優しそうな手だ。普段から、下の子たちの面倒をよく見ていたのかな?」
「はい。父と母は仕事で忙しくて、家にいないことが多かったので……」
突然の質問に答えながら、私は心の中で少し驚いていた。
私の手は同年代の子たちと比べるとスベスベしていて白いと思う。
だが、それを指摘されたことは今まで一度もなかった。
ああ、そうか。うちの家は昔から『光石』を売っている家系だから、手に傷がないのが気になったのか。石を削ったり運んだりするこの仕事は手が傷つきやすいらしい。
「いつか、再会できるように手は打つからね」
この人の鋭い観察眼に少しだけ背筋が伸びる思いがしたけれど、嫌な冷たさは感じなかった。ガタゴトと、遠くから蒸気と魔法の音を響かせて列車がホーム滑り込んでくる。
一人も乗客の居ない車内に乗り込み、座席に二人で並んで腰掛けた。
窓の外を夜の闇が流れていく。
「ねえ、ネロルちゃん。なんで魔法使いは、こんなにも世界から避けられていると思う?」
どうしてだろうか。
それについて考えるべきなのだろうけど、離れていくトロノーメの町が目と頭から離れない。
ウルエさんが膝の上で手を組み、また静かな声で問いかけてきた。
「魔法使い以外に魔法を使う者たち、つまり魔女という職業の人が魔法を使うためには、道具が必要でしょ? しかも魔法使いは魔女が使えないような、たくさんの楽しい魔法や優しい魔法が使えるのに」
……そもそも、魔法使いや魔女になるためには、生まれつきの魔力がある事が前提だ。魔女と魔法遣いの明確な違いなんて考えたことなかったな。
というかこの男、別れに思いをはせる時間もくれないのか。
面倒だなと私は少し考えてから、慎重に言葉を選んで答えた。
「……人によって、楽しいことも優しいことも、違うから……でしょうか?」
「うん。それもあるかもしれないね。……いい答えだ。また今度、続きを教えてあげるよ。ちょっと昔ばなしをしようか!」




