12. 呪われた家(5)
翌日、シニクさんの家で、私たちは真相を説明した。
おじいさんの祟りでも呪いでもなく、古い壁紙の緑色の染料が原因だったことを。
「そんな……。じゃあ、私が良かれと思って貼った新しい壁紙のせいで、カビが繁殖して、ハクトを……。私が、あの子を殺してしまったの……?」
シニクさんはその場に崩れ落ち、ホロホロと涙を零していた。そんな彼女の姿を見て、私は胸が締め付けられるように痛んだけど、何もかける言葉が見つからなかった。
その時、部屋の片隅を調べていたイトが、古びた引き出しの中から、一本の木製の杖を見つけ出した。
先端には、魔力が枯れ果てて灰色に濁った、小さな魔源石が埋め込まれている。
「シニクさん、これ、おじいさんの杖だよね」
イトはそれを私の手に握らせると、真剣な目で私を見た。
「ネロル。君は魔力をつかえたよな?自分なりのやり方でいい。このおじいさんの杖に、もう一度だけ、君の魔力を流してみてくれないか?」
「え? でも、私、魔法のことなんて何もわからないよ……?」
「んなこと知ってる。いいから、やってみてくれ」
イトの圧力に負け、私はごくりと唾を呑んだ。
ゆっくりと目を閉じ、昨日と同じように、おじいさんの杖へと注ぎ込んでいく。
じわ……と、灰色の魔源石が、懐かしい陽だまりのような青磁色の光を放ち始めた。
すると、部屋の隅の、あの緑色の壁紙がめくれた隙間から、ふわりと光の粒が舞い上がった。
光の粒は空中で集まり、手のひらサイズの、小さな女の子の姿をした妖精が姿を現したのだ。
「あ……」
驚きのあまり声が出た。
その妖精は、今にも消えてしまいそうに透き通っていた。けれど、その表情はとても穏やかで、愛おしそうに部屋を見守るように静かに微笑んでいる。
「え、妖精? イト、これって……」
「……君は本当に魔法について何も知らないのな」
イトは呆れたように笑いながらも、その瞳にはどこか切ない色が浮かんでいた。
「魔法をかけた人の魔源石に魔力をこめると、その魔法によって生み出されたり、そこに留まっていた妖精の姿が見えることがあるんだ。保存魔法が、おじいさんが亡くなってから3年間もかかった状態だったってことは、だいぶん持った方だよ。おじいさん、この家と家族を守るために、何重にも、それこそ命を削るみたいに魔法をかけてくれていたんだな」
私にもシニクさんにもわかるように説明してくれている。
イトも相手のこと考えて発言することあるんだなぁ。……いや、そういうこと思うのは失礼すぎるな。
「……そうだったんだね」
「まぁ、魔法使いじゃないボク達にはみえないし、それをかけた時の真源石に魔力を入れたことがないと使えないんだけどね」
……なるほど。
というか、イトは魔法使いではなくて人間だったんだ。
情報が多すぎて難しいけど、魔法使いであることが前提条件ってことかな。
それなら外ではあまり触れない方がいい存在だな。気をつけよう。
シニクさんは、私が見えている妖精の方を向いて、みえないものを感じとろうとしているようだった。
「本来なら、何人もの妖精がこの家を支えてくれていたはずだ。でも、魔法が衰退して、少しずつみんな消えていって……。それでも、この最後のひとりが、おじいさんの家族を守りたいっていう強い想いを引き継いで、この部屋に残り続けてくれていたんだよ。これ以上、有毒なものが部屋に広がらないように、必死に抑え込んでくれていたんだ」
よく見ると、小さな妖精は、めくれた緑色の壁紙の隙間を、その小さな両手で一生懸命に塞ぐような仕草をしていた。
自分が消えそうになりながらも、シニクさんと、その腕の中で無邪気に笑う1歳の子どものために。
「おじいちゃん……」
シニクさんの目から、止まりかけていた涙がまた溢れ落ちた。
そこにあったのは、呪いでも祟りでもなかった。魔法が消えゆく過酷な世界の中で、最期までひ孫たちの命を守ろうとし続けた、おじいさんの不器用でやさしい想いの残り香だったのだ。
妖精は、シニクさんが自分の想いに気づいてくれたのを知ると、嬉しそうに、満足そうに小さくお辞儀をした。
そして、私のあたたかい魔力に包まれながら、きらきらとした光の粒子となって、優しく冬の空気の中へと溶けて消えて行こうとしていた。
この最後の妖精が消えたら、この家は……




