11. 呪われた家(4)
石畳を歩く足が冷え、吐く息が白くみえる。
街の人たちの歩くスピードに合わせて、目立たない程度で周囲を観察する。
……やっぱり、ツールさんの言っていたとおり、風邪が流行っているのだろうか。咳をする人がいるし、薬屋の前には人だかりができている。
杖を買ってもらった店まではだいぶん歩いたから、その間になんとなくだけど店の配置は把握してる。
目立ちたくない、ややこしい事件には関わりたくない。そう思っていたはずなのに、気がつけば私は、何かに急かされるように職人街の広場へと向かっていた。
とにかく、あの壁紙が何なのか。ツールさんが言っていた『死者が増える毒物』と関係があるのか。それを確かめるには、イトを見つけるしかない。
どこに行ったんだろう。
玩具屋さん、家具屋さん、本屋さん、八百屋も服屋も、通りにある店を全部覗いてみるけど、どこにもいない。
もう、だいぶ歩いたな。
これだけ探して居ないなら、もう帰ったのかもしれない。いや、でもあれだけ張り切ってシニクさんの家を駆け出して行ったんだ。先に帰ることは考えにくいな。
このまま見つからないなら、私が先にお屋敷に帰るか?シニクさんにも明日また来ると伝えたし、イトが訪問したらそれを伝えてくれるだろう。
来た道をふりかえり、歩きだそうとしたところで、向かい側に見慣れた格好の子が見える。
……イトだ。
初めて来たこの街中で、少し知ってる人が来ると、なんかちょっとだけ安心する。
いつの間にか詰めていた息が吐き出せた気がした。
イトは分厚い古文書を小脇に抱え、職人たちが廃棄した木材などの山を真剣な顔で漁っている。
「イト!」
「うわっ!? ……なんだ、ネロルか。驚かせるなよ。そっちの調査は終わったのかい?」
駆け寄った私を見て、イトは少し意外そうに丸い瞳を見開いた。
「イト、聞いてほしくて。さっき子供部屋で、めくれかけた壁紙の裏側を見たの。そしたら、すごく鮮やかな緑色の古い壁紙が貼られていて……。それを見て思い出したんだけど、昨日、ツールさんがウルエさんにぼやいていたの。『あの毒物はどうするんだ?早く文献を出して公表してしまわないと、手遅れになる。死者が増えるぞ』って」
「……え?」
「あ、うん、ごめん……。ただ、なんかツールさんが前にぼやいてたんだけど……『新しく毒性があるものが見つかった』って……」
私の発言に、イトがぴくりと反応した。
「……あぁ、ツール様とウルエ様の研究だな。あれは確か、染料についてだったはずだ。……待てよ、染料……?」
イトの丸い瞳が大きく見開かれた。
「緑色の毒物……『砒石』のことか!」
イトは抱えていた古文書をバサバサと勢いよくめくり、あるページを指さした。
そこには、近年になって発見された、特定の鉱物を用いた染料の危険性について記されていた。詳しくはまだ確認できていないと書いてあるが。
「これだ! ツール様たちが中央へ向かったのは、この砒石を使った緑色の染料を、全面使用禁止にするためだったのかもしれない! ……待てよ、ネロル。さっきシニクさんの家の子供部屋の内側が、その緑色だったって言ったかい?」
「うん。上から白い壁紙が重ねて貼られていたけど、元々は一面その緑色だったって」
「じゃあ、ボクが調べたこれと繋がるぞ!」
イトは興奮したようにニヤリと笑い、古文書の別のページを叩いた。
「シニクさんのおじいさん、実はこの街でも指折りの乾燥と防腐が得意な魔法使いだったんだ。家全体に、湿気を寄せ付けない強力な保存魔法をかけていた。それが、3年前におじいさんが亡くなったことでゆっくりと薄れ始めて……半年前、雨が降り続く梅雨の時期に、完全に切れたんだ!」
「魔法が、切れた……?」
「そうさ! 魔法が切れた途端、あの家には3年分の湿気が一気に押し寄せた。特にあの子供部屋は、上から新しい壁紙を貼ったせいで湿気が逃げず、裏側で爆発的にカビが増殖したんだよ!」
イトの言葉が、私の頭の中でツールさんの言葉とカチリと噛み合った。
カビ。異常な湿気。
「あ……。化学反応みたいな?」
「――たぶんね」
呪いなんかじゃない。
魔法使いのせいじゃなかった。
魔法の衰退によって起きた家の老化と、砒石という薬害。屋根から雨漏りでもしているのなら余計に……
「そして、あの部屋がどうして子供部屋になったかわかるか?」
「え、いや、分からないけど……」
「3年前まで、あの部屋はシニクさんのおじいさんの部屋だった。亡くなったおじいさんは自分のことより家族のことを何よりも思っていて、自分の部屋への魔法は後回しにしていた。だから、あの部屋だけ老朽化が激しいんじゃないかな……推測だけどね。」
なるほど。
私は、置かれている物ばかりを見ていたのかもしれない。イトは建物全体をみていたのか。
さっきまで気が合わないと思っていたはずのイトが、今は誰よりも頼もしい相棒に見えた。
「よし!!じゃあシニクさんの家に向かおう!!」
「うん!……あ、いや、明日って約束しちゃって」
まさか、今日のうちにその原因を見つけることができるとは思っていなかった。
それに明日になったら、もし、早く用事が終わればウルエさん達が帰ってくるかもしれない。
答え合わせをして、指示を仰いでからがいいと思う。
「大丈夫!!シニクさん優しそうだったから!」
「……いや、やめよう!小さい子いたでしょ?今寝かしつけてるかもしれないよ。起こしたら大変だから」
「……あ。そうか、ちびっ子がいたな。今押しかけたら迷惑か」
勢いよく走り出そうとしていたイトはピタリと足を止め、首の後ろをかきながら照れくさそうに笑った。
思い立ったらすぐ行動してしまう彼女らしいけれど、理由まで説明すれば素直に納得してくれるみたいだ。
ふと空を見上げると、いつの間にか街を包んでいた薄雲が消え去り、濃紺の夜空が広範囲に広がっていた。
石畳を照らす街灯の明かりの向こう、冴え冴えとした冬の空気のなかで、いくつかの星が瞬き始めていた。




