3話
殺人鬼ヒカルがぱっと消えた直後、ユウフウの視界は元に戻った。
「フロッシュ」と、ユウフウは呼ぶ。
「はい」
「実はもう君はヒカルのターゲットじゃなくったんだ」
「えっ? そうなんですか?」と、フロッシュはもちろん驚く。
「うん、私がターゲットになった。私は彼を倒す。それで彼は終わりだ。だから君はもう安心して」
「――分かりました」と、フロッシュはちょっと納得していない様子で答えた。
「ありがとう。――アツヤ、“けしぇん堂”に行こうか」
「うん!」
と、二人は国道を北へ歩き始める。
「そういえば買ったケーキどこで食べる?」
「私の家でいいんじゃない?」
「そうだね」と、アツヤは嬉しそうに同意した。
数分後、二人は右手の四本目の脇道を曲がって最初の交差点の右下角にある“けしぇん堂”に到着した。アツヤが望んだショートケーキは無事あった。それを購入して二人は次の店“ワックス”に向かう。“ワックス”は“けしぇん堂”が面した交差点を左に曲がったその通り――東西に伸びる駅前通りのアーケードにあり、“けしぇん堂”よりも短い時間で行くことができる。東方にあるそこにももちろんショートケーキはあった。
「買えてよかったね」と、“ワックス”の店の前でユウフウは言った。
「うん! 食べ比べ楽しみ!」と、両手にお楽しみを持ったアツヤはるんるんで答えた。
「じゃ行こうか」
「うん」
と、二人は駅前通りをさらに東――駅のほう――へ歩き始める。
だがその直後に二人は立ち止まる。
「ユウフウさん」と、背後から呼ばれたからだ。
(この声は!?)
ユウフウはそう驚きながら振り返る。
(アカリ……)
やはり彼女がいた。
「さっそく来たのね、このボケナス女!」と、アツヤは怒鳴る。
(なんだ?)
ユウフウは違和感を覚える。
アカリは戸惑っているからだ。アツヤに戸惑っているように見えるが、ユウフウには彼女がそうなる理由が分からない。そうなる理由なんか一つもないだろうからだ。
そんな様子の彼女は「ユウフウですか?」と、ユウフウを見て聞く。
(どういうことだ?)
まるで初めて会うような感じにユウフウは戸惑う。
〈なんだ? どうなってんだ?〉と、ルドシーントロフもユウフウと同じ気持ちだ。
「――そうだけど」
すると相手はほっとした表情を浮かべ「初めまして、私はアカリと言います。よかった、会うことができて」
(えっ? 初めまして?)
〈自己紹介だと? おいおいマジで初対面みたいじゃないか? どういうことだ?〉
「はぁ? 何ふざけたこと言ってんのよ! ユウフウと君はもう会ってるじゃないのよ!」
「会っている……?」と、アカリはまた戸惑う。
(アツヤのことも覚えていないのか……?)
「そうよ、何とぼけてるのよ? あっ、もしかして何か企んでるんでしょ? いいわ、ユウフウの代わりに私が相手になってやる! 君の好きにはさせないわよ!」
〈なるほど、企むか。まぁそりゃそうだよな。ユウフウとは一度会ってるんだから。そんで関係悪くなって再会の約束をした。企んでますなぁ〉
(企む――本当にそうなんだろうか?)
〈うん? どうした? ユウフウ〉
(いや、彼女の態度があまりにも自然だからさ。本当に私と初対面のように見える)
〈そうだな。だが演技だろ? それにやっばり美人だ。大した俳優だよ〉
(――ルドシーントロフ、アカリの頭の中を調べてほしい。彼女が演技をしているのかどうなのか)
〈調べる? 無駄な気がするけどまぁいいよ〉
と、ユウフウの視界が緑色になる。
と、アカリの目も緑色に染まる。
(どうかな?)
〈ちょっと待て――おっ、マジかよ〉
(どうしたの?)
〈無駄じゃなかったのさ。こいつは演技をしていない。マジで初対面ってヤツだよ。というか、こいつは記憶喪失だよ〉
(何?)ユウフウは驚く(どうしてそうなっているんだ?)
〈さぁな。自分で記憶を消したのか、誰かの仕業なのか、それとも偶然なのか〉
(誰かの仕業?)
〈それが一番ありえるよな〉
(――ああ)
そうだろうね。自分の記憶を自分で消す理由が分からないし、偶然にしてもそんなピンポイントな偶然があるだろうか?
(そうだ)
〈どうした?〉
(ちょっと気になることがあるんだ。視界を元に戻してくれ)
〈気になることってアカリのことか? なら私が調べてやるよ。言ってみろ〉
(彼女に直接聞くよ。記憶喪失なら本当のことを言うだろうから)
〈そうか。けれどその前にアツヤを落ち着かせろ。今にも手が出るぞ?〉
(分かってるよ)
と、視界が戻り、ユウフウは「アツヤ、落ち着いて」
「はぁ!? なしてよ! こんなヤツ問答無用でしょ!」
「アツヤ、どうやら見たところ彼女は記憶を失っているようだよ」
「記憶を?」
「そうだよね?」と、ユウフウはアカリ――目が戻っている――に聞く。
「はい、そうなんです」
「記憶喪失? なしてよ?」と、アツヤはアカリに聞く。
「分かりません……だから私不安なんです。ユウフウさん、助けてください」
「私に? ――そういえば君は私に会えてよかったと言っていたが、どうして?」
「君を頼りにするようアドバイスされたんです」
「アドバイス? 誰に?」
「すみません、それは忘れました」
「忘れた?」
「はい。すみません……」
〈おいおい忘れたってか、ずいぶん都合がいいんじゃないのか? どうする? ユウフウ。また調べてやろうか?〉
(――大丈夫だよ)
〈『大丈夫』? 信じたのか?〉
(そうだね。彼女は本当のことを言っていると思う)
〈ふーん、まぁ君がいいならいいけど〉
「ユウフウ」と、アツヤ。
「何?」
「どうするわけ? こいつを助けるの?」
「――そうだな、助けよう」
「はぁ!?」
「可哀想だろ? 見捨てるわけにはいかない」
「――ふふっ、そっか。分かったわ」
「ありがとうございます!」と、アカリは笑顔で感謝した。
「けれどユウフウ、いくら記憶喪失だからってまだ信用できないわ」と、アツヤは言った「コントロールしましょうよ」
「コントロールってなんですか?」と、アカリはアツヤに聞く。
「悪さしないようにするのよ、魔法でね」
「魔法で? そんなことできるんですか?」
「それも忘れたの? ――けれどコントロールするわ。ユウフウ」
「分かった。アカリさん、いいかな?」
「は、はい。分かりました。それで二人が安心するなら」
「ありがとう」
「その前にユウフウ、ちょっと二人で話しましょう」と、アツヤは言った。
「うん」
と、二人はアカリから少し離れる。
「ユウフウ、あいつに悪ささせない他にもやってほしいことがあるわ」と、アツヤは小声で話す。
「良いよ。それは?」と、ユウフウも小声で聞く。
「君を好きにならないようにコントロールして」
〈ふふっ〉
ユウフウは微笑して「分かったよ」
「ありがとう」と、アツヤはほっとしたようだ。
「じゃ戻ろう」
「うん」
戻った途端に、
(ルドシーントロフ、頼む)
〈了解さ〉
と、ユウフウは緑の視界になる。
そしてアカリの目も緑に。
(――成功した?)
〈もちろんばっちしさ。容易い容易い〉
(ありがとう)
と、ユウフウの目は普通になる。
そしてユウフウは報告する。「二人共、コントロールは成功したよ」
「よかったわ」と、アツヤ。
「ありがとうございます」と、アカリ。
「じゃユウフウ、君の家に帰りましょう」
「――その前にアカリさんのケーキを買おう」
「なしてよ?」
「気まずいだろ? 彼女だけケーキなくて私達だけケーキ食べるのはさ」
「私は別にいいですよ、ケーキ」
「遠慮しなくていいですよ」と、ユウフウは言った。
「あっ!」
「どうしたの? アツヤ」と、ユウフウは聞く。
と、アツヤはアカリをつと睨み「ユウフウ、もしかしてこいつ、君と一緒に暮らすことになるんじゃないの?」
「一緒に? ――まぁそうなるね」
「駄目よ!」と、アツヤはばっとユウフウを見て叫ぶ「そんなこと許さないわ!」
〈怖い!〉
「――ふっ、落ち着けよ。コントロールは成功したんだよ、別に何も問題ないじゃないか?」
「……そうだけどー……」
「怯えさせてしまってすみません、アカリさん」
「いえ、大丈夫です。けれど本当にいいんですか? 私を家に入れて」
「もちろんですよ。――アツヤ、ケーキ私に渡して」
「なして?」
「アカリさんのケーキを買ってきてよ。頭を冷静にするためにもさ」
「……分かったわ」
「ありがとう」と、ユウフウはケーキの箱を受け取った。
「“ワックス”と“けしぇん堂”両方のケーキを買えばいいのよね?」
「うん」
「あっ、私はどちらかでいいです」
「遠慮(遠慮)しないでください」と、ユウフウ。
「ふん、優しくしちゃって……行ってきます」
「いってらっしゃい」と、ユウフウは言った。
アツヤは“ワックス”を通り過ぎる――まずはそれより遠くにある“けしぇん堂”に行くようだ。
その後ろ姿を見つめるユウフウはふと気づいた。
「アカリさん、ショートケーキは好き?」
「はい、好きです」
「そうですか。これからショートケーキの食べ比べをする予定だからよかったです」
「食べ比べですか、楽しみです」
「そうですね」
アツヤは十分くらいして戻ってきた。「ただいま」
「おかえり」
「ありがとうございます、アツヤさん」
「……どういたしまして。さぁ行きましょう、ユウフウ」
「うん」
「違うな」と、アツヤは言った。しかしアツヤが言っていないとユウフウは瞬時に気づく。
「誰だ?」
「ユウフウ、私はタコスが食べたい」
「タコスだと?」
〈タコス? 確かメキシコの料理だよな?〉
そう、「タコス」とはメキシコの名物料理である。
「そうだ、私はタコスが食べたいんだ」
「なら一人で勝手に食べればいいだろ? なぜアツヤの身体を使う必要がある?」
「もちろん理由はある。私は一人で店に入るのが嫌なんだ。で、それを手っ取り早く解決してタコスを食べるためにこの身体を利用するわけだ」
〈はぁ? 一人で店に入るのは嫌? なんでだよ? 訳分からんね〉
「悪いが断るよ」と、ユウフウは言った「一人で食べに行ってくれ。お金をあげるから」
「お金?」
「うん、お金をあげるからアツヤから離れろ。お金を渡して誰かと一緒にタコスを食べに行けるだろ? お金を受け取ってくれ」
「それはできない」と、相手は即答する「さぁ、早くタコスを食べに行こう。市立病院の目の前にあるからさ」
(飛ばそう)
〈うん? 蹴散らすのか? タコスの口ではないのか? 私はタコスの口だぞ?〉
(私はショートケーキの口なんだ)
と、ユウフウはそっと短く息を吸って吐く。
「アツヤ、戻ったか?」
「うん。――ねぇ、タコス食べに行かない?」
「タコス? ――本当にアツヤなのか?」
「もちろん私よ? キスしてあげようか?」
「アツヤだな」
「そうでしょ? タコスのためにキスなんてしないわね」
「なんでタコス食べたいの?」
「聞いてたら無性に食べたくなっちゃったのよ。ねぇ食べない? さっき食べてユウフウはお腹いっぱい?」
「いいや。良いよ、食べに行こう」
〈ショートケーキの口じゃなかったのかよ〉
「やった」
「アカリさんもタコスどうですか?」
「はい、食べたいです」
「確か市立病院の目の前って言っていたね?」と、ユウフウはアツヤに聞く。
「うん。私場所前から知ってるから任せて」
「うん」
と、三人は駅前通りを西へ歩き始める。その道をまっすぐ――アーケードや左手にある“ホンスーノナー”を通り過ぎ――進んで約十分、三人は市立病院の前に出た。タコスが食べられるメキシコ料理屋はやはり病院の目の前――病院の向かいの通り――にあった。
その店に入り、手に何も持たない三人が出てきたのは一時間ちょっと経ってからだった。
「おいしかったわね」と、店の前でアツヤは満足そうな表情でユウフウに言う。
「うん」
アカリさんはどうでした? とユウフウは付け加えた。
「私もおいしかったです。ショートケーキも」
「そうですね」
「ユウフウ」と、アツヤが呼ぶ「お見舞いのことなんだけど、ショートケーキってどうかな?」
「いいと思うよ。おいしかったからね」
「そうね。――じゃ買ってくるわ」
「今日お見舞いに行くの? ――あっ、だから“ホンスーノナー”に?」
「うん。いい物あったら買って行こうって思ってたの。――今日行っちゃ駄目かしら?」
「まさか。いってらっしゃい」
私達は病院の入り口前にいるよ、とユウフウは付け加えた。
「うん、行ってきます」
それから約三十分後、アツヤはユウフウ達の元へ戻ってきた。
「ただいま、お待たせ」
「おかえり。じゃお見舞いにいってらっしゃい。私達はここで待ってるから」
「ここで? 玄関のロビーで待たないの?」
「中に入って病気を移されたくないからね。アカリさんも同じ気持ちだからここで二人で待ってるよ」
「分かったわ。行ってきます」
「いってらっしゃい」
それから約十分後、アツヤ――手に何も持っていない――は戻ってきた。
「ユウフウ、ちょっと私に付き合って病院の中に入ってくれないかしら……?」と、アツヤは申し訳なさそうに言った。
「病院の中? もちろん良いけど何かあったの?」
「うん、サクラちゃんのご両親が君に会いたいと言っているの」
「私に? なして?」
「それは君に直接言いたいそうよ」
〈絶対何かあるよな。行かないほうがいいんじゃないのか? ユウフウ〉
「分かった。案内して」
〈行くのかよ〉
「ありがとう」
「すみません、アカリさんはここで待っていてください」
「はい、分かりました」
と、ユウフウはアツヤに案内され病院の中へ。智恵文市立病院は五階建てで、二人は三階でエレベーターを降りる。
「ここよ」と、ある病室の前でアツヤは言った。と、アツヤはノックする。
「どうぞ」と、男性の返事がした。
二人は中に入る。中は個室――向かいの窓際の左側にあるベッドにはカーテンが引かれている――、 そして、入り口のすぐ先で中年の男女が待っていた。
「こんにちは、君がユウフウ君だね?」と、男性は言った。
「はい、そうです」
「ああ、お会いできて光栄です。さっそくですがどうか私達の話を聞いてもらえませんか?」
〈光栄? ユウフウ、こいつら君のことよく知っているんじゃないのか?〉
「――話してください」
「ありがとうございます。実は私達の娘はもう長くない命なんです。あと二年くらいの命です。ですがまだ二年ある。そこでユウフウさんに頼みたいことがあるんです」
「なんですか?」
「娘に子供を産ませてください」
「えっ……?」ユウフウは驚く。
〈ほう〉
「なんですって!?」と、アツヤは彼以上に驚いた「ちょっとアマキさん、それはどういうことなんですか? 子供を産ませてって……」
「ごめんね、アツヤさん。君に話をせずにユウフウ君を連れてこさせて……」
「私のことはいいんです、それよりどういうことなんですか? 子供を産ませてくださいって……」
「娘に自分が生きた証を残させてあげたいんだよ」
「証?」
「そう。分かるだろ?」
「それは……」
ユウフウは顔を顰める。
「ユウフウさん、お願いします。どうか娘に子供を産ませてあげてください」
「私からもお願いします」と、女性――アマキ妻も頼む。
「お断りします」ユウフウは即答した。
〈ほう! いいねぇ!〉
「そんな!? ユウフウさん、どうかお願いします!」「ユウフウさん、お願いします!」
「嫌です」
「どうしてなんですか!?」と、アマキ夫が戸惑いながら聞く。
「どうして? 理由なんて言う必要はないと思いますよ? まぁ、嫌なものは嫌なんです」
「そんな!? どうかお願いします!」と、アマキ夫は土下座する「この通りです!!」
と、アマキ妻も土下座する「どうかお願いします!!」
「そんなことをされても私は何もしませんよ」
「お願いします!!」「お願いします!!」
「――どうして私のことを知っているんですか?」
アマキ夫は顔を上げて「それは言えない約束なんです」
「約束?」
「はい、それを条件にユウフウさんのことを教えてもらったんです」
「――君は私の情報をどれだけ知っているんですか? いくつ?」
「いくつ? ――一つだけです」
「一つ――それを聞いたから私に頼んでいるんですか?」
「はい、もちろんです」
〈どう思う? ユウフウ。どこまで知っていると思う? 推測できるか?〉
(――できるよ)
(けれど、とにかくさ――)
「ユウフウさん、どうかお願いします! 娘に子供を!」と、アマキ夫。
「嫌ですよ」
アマキ夫は頭を下げる。「どうかお願いします!!」「お願いします!!」
ユウフウはそっと溜息をつく。「――娘さんは君達の願いをどう思っているんですか?」
「分かりません」と、アマキ夫が答えた。
「分からない?」
「はい……最近娘の容態は悪く、まともに話すことができなくて……ですがきっと娘は私達の願いを受け入れてくれると思います! だからどうかお願いします!!」「お願いします!!」
「――お金をあげます」
〈おっ?〉
両親は顔を上げる。「お金……?」と、アマキ夫は不思議そうな顔をして聞く。
「はい、それで好きに生きてください。そうすれば娘さんが亡くなった悲しみもいずれ気にならなくなるでしょう。そうなれば娘さんの子供なんか必要なくなります。いくらでもあげます。欲しい金額を言ってください」
「……何を言っているんだ……?」
「あっ、お金じゃないならまた新しく子供を作ればいいんじゃないですか? 養子という手もありますね。けれどどちらにしてもそれなりにお金がかかるでしょう。三択のためにお金をあげます。早く金額を言ってください。私は早く帰りたいんです」
「ふざけるな!!」アマキ夫は怒鳴る「お金なんかいらない! お金なんかでどうにかなる問題じゃないんだ! 新しい子供でも養子でもだ! 私達が望むのは娘の赤ちゃんなんだ!!」「そうよ! 君には私達の気持ちが分からないの!?」
「分かりませんね」と、ユウフウは断言した「自分の娘を悪人にする人の気持ちなんて」
「あっ、悪人ですって……?」
「そうですよ? 嫌だと言っている相手に自分達の願いを押し付けようとする原因なんですからね。私には君達の娘さんは悪人に見えます。で、そんな悪人が産んだ子供なんて必要ないと思いますね。で、だからさらに私は嫌になりました。だから帰ります」
と、ユウフウは見た。
両親の怒りの顔を。
まぁ、そうなるだろう。
しかし、だからといってユウフウは変わらない。
びくともしない彼は「アツヤ、行こうか?」
「うん」
と、二人は病室を出た。
「――大丈夫?」と、アツヤは聞く。
「もちろん大丈夫だよ。君のほうは? 飲み物でも飲んでちょっとゆっくりしない?」
「私も大丈夫だけど、そうね、ちょっと何か飲みたいわね。じゃ談話室に行きましょう」
「うん」
デイルーム――いくつものテーブル席があり、角に大きなテレビが一台置かれている――にはちょうど誰もいなかった。
「あっ」と、扉なしのデイルームに入ってすぐアツヤは声を出した。
「どうしたの? アツヤ」
「デイルームに自販機ってなかったわって。飲み物は一階でしか買えないわ。私行ってくるわ」
「私も行くよ。別にどうしてもここで飲みたいわけじゃないし」
「いいから君はちょっとゆっくりしていてよ。一人で静かにね」
「別に平気なんだけど――アツヤ」
「何?」
「……さっきの私、どうだった? 」と、ユウフウは恐る恐る聞いた。
アツヤは微笑して「素敵だったわよ」
「そっか、ありがとう」
「じゃ行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい」
エレベーターに乗るアツヤを、ユウフウ――エレベーターホールの向かいのデイルーム入り口に立って――は見送った。
〈そんじゃゆっくりしてますか。テレビでも観るか?〉
(テレビか――テレビより景色のほうがいいな)
と、ユウフウはデイルーム奥の大きな窓を見る。
その瞬間、ユウフウは頭の後ろに強い衝撃を受けた。
そしてその場に倒れた――
(駅?)
気づくとユウフウは青空の下、智恵文市の駅舎を臨んでいた。
(どうして駅前にいるんだ?)
〈ユウフウ〉
と、頭の中で若い女の声がした。
(誰だ!?)
〈君の命の恩人よ〉
(命の恩人?)
〈そう。君は背後から何かで頭を殴られて倒れたのよ。思い出せない?〉
(――そうか、あの衝撃は――)
〈思い出したようね〉
(誰が殴ったんですか?)
〈さっき君にお願いをして断られた親よ。動機は分かるでしょ?〉
(――ならどうして私を助けてくれたんですか?)
〈私に美人を寄越してくれたからよ〉
(美人を寄越す?)
〈そう。移動させたでしょ? アカリを〉
(アカリ?)
と、ユウフウは不思議に思う。確かにユウフウはアカリを移動させた――ルドシーントロフに頼んで。そう、アカリを移動させたのはルドシーントロフ。そして、そもそも今話している誰かの元へ送るためにユウフウはルドシーントロフに頼んではいない。
〈そうよ。もちろん偶然私が彼女と出会ったことは分かっているわ。素敵ね。だからそのお礼に君を助けたのよ〉
(ありがとうございます……)
と、ユウフウは困惑しながらお礼を言った。
と、彼はふと気づく。
(もしかしてアカリさんが記憶喪失になったのは――)
〈そうよ〉と、女の声は遮った〈私が魔法でクリーニングしたの。それによって内面も美しくなったわ〉
(――君は誰なんですか?)




