2話
ふとユウフウと目が合うと、その人は言った。
「私の話を聞いてください」と、真剣な表情をして。
(話? 誰なんだろう? この人は)
と、ユウフウは思った。
〈よかったじゃないか、美人からご指名だぞ〉と、ユウフウの頭の中でルドシーントロフは言った〈ハーフっぽいな。いいねぇ、日本とどこかな? 〉
「――フロッシュ」と、ユウフウは傍らの相手を呼ぶ。
「はい」
「あの人は君の知り合いか?」
「いいえ」
「そう――話を聞いてみようか?」
「はい」
と、二人は近寄る。
そして「君は誰ですか?」と、ユウフウは聞く「私のことを知っているんですか?」
「私はアカリ。君のことはよく知りません」
と、美しい相手――女性、日本人と白人のハーフ、二十代から三十代前半、黒髪のロングヘア、黒い目、優しそうな顔、小柄、華奢、白い長袖ワンピース、白いパンプス――は答えた「そちらの方もそうです」
(知らないのか?)
「――話ってなんですか?」
「私は殺人鬼に命を狙われているんです」と、アカリは不安そうな表情で言った。
「どうして命を狙われているんですか?」
「分かりません」
「――警察に話したんですよね?」
「いいえ」
「じゃその殺人鬼というのは……?」
「はい、君の思っている通り警察では手に負えない相手です」
「――どうして私達に話をしたんですか? 私達のことよく知らないんですよね?」
「はい。けれど話したほうがいいと思ったんです。さっき私は魔力を感じました。その魔力はよい感じがしました。それは君から感じました」と、アカリはユウフウを見ながら話す「私には他に頼る者はありません。お願いします、私を助けてください」
〈中々見る目があるようだな、この美人さんは。よいエネルギーって私のだろ、それで助けを求めるんだからさ〉と、ルドシーントロフは楽しげに言う〈早くオーケーしろよ、ユウフウ、君だって望むところなんだろ?〉
「――分かりました、引き受けます」と、ユウフウは答えた。
「ありがとうございます」
「私はユウフウです」
「私はフロッシュです」と、“アツヤ”も自己紹介する「申し訳ありませんがまずこっちの用事を片付けさせてもらいます」
「はい、どうぞ」
「ユウフウさん、さっき話した私の考えですが、相手を操ってしまえばいいと思います」
「なるほど、操るか――いいかもしれないね」
(できるか?)
〈そりゃできるさ。けれどそれはつまらないな〉
(つまらない?)
〈バトルがいいのさ〉
(今は冷戦だ、分かっているだろう?)
〈分かってるけどさー、けれど少しくらいはいいと思うんだけどなー〉
「――分かった、私がするよ」と、ユウフウは言った。
「いいんですか? ありがとうございます」
(ルドシーントロフ)
〈へいへい、分かりましたよ〉
その瞬間、ユウフウの視界に緑色が広がる。
〈行くぞ?〉
(頼む)
と、さっきと同じ魔法陣――話を読んでくれていると嬉しいな――が現れ、そしてその中から明るい緑色の光が上った。
〈何!?〉
(どうした?)
ユウフウが聞くと同時に光の噴水がぱっと消えた。
〈拒否された〉
(何?)
〈呼び出すことができない……〉
と、ルドシーントロフは困惑しながら答えた。
一方、智恵文市立中学校――クリーム色をした木造三階建て。あっ、屋根は赤ね――は休み時間を迎えていた。
その二階の廊下で「昨日のお笑い番組観た?」と、一人が他の五人――話を振ったのも含めて全員三年生かつ学生服――に聞く。
「観た観た」「私も」「私も」「うん」と、四人は次々に答えた。
「ケンジロウは?」
「観てない」と、ケンジロウ――日本人、腰までの黒髪、黒い目、優しげなイケメン、小柄、細身、黒い長袖アンダーシャツ、学校指定の白い上履き――は答えた「どうだった? 面白かった?」
「それが全然面白くなかったんだよ」
「えっ、そうなの?」
「そうそう、レベル低すぎるんだよ」
「そうそう」「うんうん」「そう」「うん」
「そうなんだね――けれど確か昨日の番組って優勝賞金出る系だろ? それなのにレベル低いの?」
「そう思うだろ? けれどマジでレベル低かったんだよ。つまらなすぎて観たの後悔したわ」
「私も」「うん」「私も」「そうだね」
「ふーん」
「――そういえばさ、賞金っていくらだと思う?」
「さぁ。いくら?」
「なんと――」
「マジで? そんなにもらえるの?」
「マジマジ。みんなレベルが低すぎるのにお金かけすぎだろ。まったく羨ましいな、芸能人は」
「そうだね」「うん」「分かる分かる」「羨ましいよな」
「確かに羨ましいな」と、ケンジロウも同意する。
「だろ? はぁ、お金欲しいー」
「そんなにお金欲しいのか?」と、ケンジロウは聞く。
「当たり前だろ、中学生なら。欲しいものいっぱいあるよ。ライブのチケットとか新しい靴とか――いや、あいつは違うな」
「あいつ?」
「ユウフウだよ」と、相手は不愉快そうに答えた。
と、ケンジロウも不愉快な顔になる。「ユウフウか、確かにあいつは違うな」
「ああ、お金持ち様だからな。学校サボってるのもお金があるかららしいぞ。『働く必要ないのに学校行く意味ない』ってさ。まったく嫌なヤツだぜ」
「分かる分かる」「うん」「マジ分かる」「ホントホント」
(お金? 先生じゃないのか?)
と、ケンジロウは思った。
「ケンジロウもそう思うよな?」
「まぁな」
「だろ? まったく調子に乗りやがって。一度――そうだ、なぁみんな、ユウフウからお金を盗まないか?」
「お金を盗む!?」と、ケンジロウは驚く。もちろん他の四人も。
「そうだ。調子に乗った反省の意味も込めてさ。相手は一人だ、六人もいれば大丈夫だろ」
「確かに」「いいね」「賛成」「いけるね」
「ケンジロウは?」
「さすがにそれは――いや、ユウフウは一人じゃないな」
「何?」
「……アツヤさんだよ。絶対関わってくる。ユウフウの味方としてな……」
「確かに。それはちょっと困るな。アツヤさんか――まぁ、それでも六対二だ。イケるだろう」
「そうだね」「確かに」「うんうん」「やろう」
「私はパスする」と、ケンジロウは言った。
「なんでだよ? ケンジロウ。幼馴染から窃盗は気が引けるのか?」
「いいや。むしろ私はユウフウだけを相手したいんだよ」
「なるほど。なら作戦を考えよう。いい作戦があれば参加するよな?」
「もちろんだよ」
その頃、“ホンスーノナー”の屋上駐車場でユウフウはアカリに聞いた。
「生年月日は分かりますか?」
「生年月日? いいえ、分かりません。――呼び出せませんか?」
「いえ、できます。今から呼び出します」
「待て」と、“アツヤ”は言う「その前にユウフウ、私は君の持っている情報が欲しい。君に関する情報だ。君は特別な何かを持っている。それはなんだ?」
「お金をあげるよ」と、ユウフウは言った「それで満足してアツヤから離れてくれないかな?」
「ふっ、お金なんかいらないよ」
「そうか」
と、ユウフウはそっと短く息を吸って吐く。
「アツヤ」と、ユウフウは呼ぶ。
「何かしら?」
「大丈夫?」
「もちろん大丈夫よ、ありがとう」と、アツヤはアカリを一瞥して「ユウフウ、なして彼女を助けるの? 美人だから?」
「ふっ、そんな怖い顔しないでよ。殺人鬼を野放しにはしたくないんだよ」
「――それだけ?」
「まさか。けれど君が思っているようなことじゃないよ」
「それは何よ?」
「ふっ、それはまだお楽しみだ」
「何よ、もったいぶっちゃって。ふん……」
(――さて、やるか。ルドシーントロフ)
〈もういいのか? オーケー〉
と、着信音が鳴った。
〈まだだな。出ろよ、ユウフウ〉
と、ユウフウは携帯電話を取り出す。「もしもし」
〈 同じクラスの――だ〉
「なんの用だ? さっさと話せ」
〈……今どこにいる? これから会わないか? 二人っきりで〉
「二人っきりで? なんかキモいな、なんの用だ? 今話せよ」
〈直接会って話したいんだ。頼むよ〉
「――君はどこにいる? 今は学校にいるんじゃないのか?」
〈そうだよ〉
「なら抜け出して来て。私は学校に行く気ないから。待ち合わせ場所は――そうだな、駅前がいい。じゃな」
と、ユウフウは通話を切る。
「ユウフウ、今の話し方はあんまりよくないんじゃないかしら?」と、アツヤは困ったように笑って言う。
「そうかな?」
〈確かに〉
「そうよ。そんなんじゃまたトラブルになるわよ?」
「ふっ、説教はやめてほしいな。老けちゃうよ?」
「老けちゃうの!? ならやめる!」
ユウフウは微笑して「ありがとう。――私はクラスメイトに会いに駅前に行く。アツヤとアカリさんはここで待っていてくれ」
「私も行きたいな、駄目?」と、アツヤは聞いた。
「それが駄目なんだってさ。二人っきりで話したいんだって。なんかキモいよね?」
「そうね、不愉快だわ。じゃ気をつけて行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
それからユウフウは智恵文駅へ向かった。
東へ十分ちょっと歩いて着くと「――二人っきりじゃなかったのか?」と、ユウフウは言った。
両隣が空き地の駅舎――木製、横長、屋根は赤色、壁は白。あっ、そこは空き地だけど駅の向かいの通りは違うからね? 左右奥全て表通りだし――の前には学生服姿の男子が六人いた。全員ユウフウと同じ学校のクラスメイトだ。
「ああ、違うんだ」と、ユウフウに電話した相手が答えた「けれど君に話があることは本当だ」
「――話ってなんだ?」
「私達は君のお金が欲しい。大人しく渡せ。さもないと痛い目に遭うぞ?」
〈ほう、お金を奪うつもりか、いいね〉
(――舐められたものだ。たった六人でいいと思われているなんて)
と、ユウフウは呆れながら思う。
〈どうする? 喧嘩するか?〉
(ふっ、まさか――飛ばそう)
〈おっ、飛ばすのか。それはそれでいいね〉
(私がやる)
〈えっ? 君がやるの?〉
と、ユウフウの両目が緑色になる。おっと、これはマジで言っておかなければならない。
ユウフウの目は緑色になったが、別に世界が緑色になっているというわけではなく、そして止まっているわけでもないということを。ただ目の色が変わっただけだ。
で、その瞳でユウフウはクラスメイト達を見る。
「君達」と、ユウフウは言う「少し早いけど高校の修学旅行へ行け」
次の瞬間、クラスメイト達はぱっと消えた。
と、ユウフウの目が元に戻る。
〈お見事。で、どこに飛ばした?〉
(京都だ)
〈京都か――道民の修学旅行は京都なんだな?〉
(そうらしいよ)
「道民」とは北海道で暮らす人々のことをいう。
〈ふふふ……〉
(どうした?)
〈うん、今のヤツらが愉快でさ。京都って北海道からなまら離れているだろ?〉
(ふっ、そうだな。すぐには帰って来られないだろうね、金欠なら尚更)
〈よくやったぞ、ユウフウ〉
(――さて、戻るか)
そうすると、「お待たせ」と、ユウフウはアツヤに言った。
「おかえりなさい。大丈夫?」
「もちろん」
「話ってなんだったの?」
「つまらない話だよ、言う必要もない」と、ユウフウはアカリを見る「今から呼び出します。私の後ろに。アツヤもだ」
「分かりました」「オッケー」
二人は言われた通りにした。
(ルドシーントロフ、頼む)
〈オッケー〉
と、ユウフウの視界が緑になり、そしてその目先の地面に魔法陣――今日四度目のそれ――が現れる。
〈今度は成功するかな?〉
と、魔法陣から光が吹き出す。
ユウフウはその光景をしばし眺める――ふと、その光景は変わる。
〈成功だな〉
「君は殺人鬼だな?」と、光が収まった魔法陣の中にいる相手にユウフウは聞く。
「そうだ」と、相手――若い日本人の男、黒い短髪、黒い目、獰猛そうな顔つき、小柄、細身、黒いジャージ、黒いスニーカーは答えた「私になんの用だ?」
〈ルドシーントロフ〉
〈ほいほい〉
その瞬間、殺人鬼の目が緑色になった。
〈よしっ、コントロール完了〉
殺人鬼は緑色の目をしたままぼんやりと立っている――それを確認してユウフウは、
(ありがとう。視界を元に戻してくれ)
〈オッケー〉
と、視界が戻る。
と、ユウフウは振り返り「終わりました」と、アカリに伝える「殺人鬼を無力化しました」
「ありがとうございます」と、アカリは笑顔で言った。
「お疲れ様、ユウフウ」と、アツヤ「無力化って殺人鬼はどこに?」
「私の後ろにいるよ」と、ユウフウは振り返る。
と、アツヤはユウフウの右隣に行き「――なるほど、コントロール下に置いたのね。いい考えだわ」と、殺人鬼を見て言った。
と、アカリはユウフウの左隣に移動し「コントロール? 急に元に戻ったりしませんか?」と、不安そうにユウフウに聞いた。
「大丈夫ですよ。そんなことはありえません」
〈そうそう、なんせ私がやったんだからな〉
「そうですか、安心しました」と、アカリはユウフウの前に移動する「あの、ユウフウさん」
「はい」
「私は君に惚れました。私と付き合ってください」
〈何!?〉
「えっ?」と、ユウフウは驚く。
「……はぁ?」
ユウフウははっとして「アツヤ落ち着け。――お断りします」と、アカリに返事をした。
〈えっ? 断るのかよ。もったいないぞおい〉
「そんな……」
〈ほら、なまらショック受けてるだろ。今なら遅くない、とりあえず受け入れとけよ〉
「ざまーみろボケ」
「アツヤ」
「はぁ? 何よ? まさか私に文句があるわけ?」
「口が悪いから言ったんだよ」
「あっ、ごめん」
「――ユウフウさん、右手を出してください」と、落ち込んでいる様子のアカリが言った。
(右手? なんだろう?)
と、ユウフウは言われた通りにした。
と、アカリはその手を取り、その甲に唇を近づけた。
(えっ?)
〈何!?〉
「はぁ!?」
アカリはユウフウの手の甲にキスをした。
「何してんのよテメー!!」
「ユウフウさん、これでも駄目ですか……?」
「はい、お断りします」と、ユウフウはきっぱりと断った。
「……変ですね」と、アカリはやはり落ち込んだまま言った。
「変? 何がですか?」と、ユウフウは聞く。
「私が手の甲にキスしたら男性は私とベッドを共にしたくて仕方なくなるんです」
「キモッ!! 変なのは君よボケ!!」
「なのにユウフウさんは変わらない……君は変です」
「うるさい! さっさと消えなさい!!」
「ユウフウさん、またキスしていいですか?」
「失せなさい! この欲求不満女!!」
(またキス?)
と、ユウフウはふと違和感を覚える。
(アツヤの言う通り欲求不満だからか――?)
(――もしかして――)
「アカリさん、君は私の情報を知っているんじゃないんですか?」と、ユウフウは言った「だからキスをしたんじゃないんですか?」
「あっ! なるほど!」と、アツヤ。
「情報? 私は何も知りません」
「とぼけないでよ! このボケナス女!」
「アカリさん、私を君をコントロールします」と、ユウフウは言った「それで君のことが分かります。君が嘘をついているのかいないのか」
「――それは困るわね。なら白状するわ。私は嘘をついたわ」
「やはり私の情報を知っているんですね?」
「ええ。だからベッドを共にしたいのよ。そうじゃなければ誰が君のようなチンケな子供の相手なんかするものですか」
「チンケですって!? このクソボケ!!」
「けれど、君によって私のプライドは傷ついたわ」と、アカリは振り返り歩き出す――殺人鬼の隣で立ち止まり、またユウフウを見る「その代償を払ってもらうわ、この殺人鬼でね」
「何?」
「動きなさい」
と、殺人鬼が一歩前に出る。
「動いた!?」ユウフウは驚く。
(ルドシーントロフ、どういうことだ? あの殺人鬼は君がコントロールしているはずだろう?)
〈ああ、そのはずだ。驚いたな、コントロールを奪われるなんて〉
「覚悟しなさい」
「アツヤ、私の後ろに」と、ユウフウは前方を見たまま言った。
「う、うん」
アツヤの気配を後ろに感じた瞬間、
(ルドシーントロフ!)
〈ああ〉
視界が緑色に染まる――人間はその例外だ。だが他の影響は受ける。
(どうだろう? 殺人鬼、動くかな?)
と、ユウフウはルドシーントロフに聞く。
〈動かないだろ。動くならあの女が動くだろう〉
「これでどうにかしたつもり?」と、アカリは嘲笑う「そうだとしたら残念ね」
〈ほらな?〉
「二対一にするわ」と、アカリは言った。
その途端、殺人鬼は二歩目をすっと歩いた。
(何?)
〈ほう、この世界で他人をコントロールするなんて。しかも二対一、やるなぁ〉
「私は君を知っているわ」と、アカリは言う「君が人を殺さないことを。マズイわね、君。この状況でそれは」
「――そうかな? 今は冷戦だよ?」
「そうね。けれどそれが何? 半殺しにするんだからそんなこと関係ないわ。よかったわね、冷戦で。私に感謝しなさい、冷戦を守ってあげるんだから」
(不愉快な解釈をする……)
〈さてどうする? ユウフウ。この怖い怖い美人さんをさ〉
(――飛ばしてくれ)
〈飛ばす? 戦わないのか? 舐められたままにするのか? チンケとか言われただろう?〉
(――ふっ、いいんだよ。私の代わりにアツヤが色々言ってくれたんだからね)
〈ああ、なるほど〉
(ルドシーントロフ、頼む)
〈オーケー〉
その瞬間、殺人鬼の足元に魔法陣――今日五度目の――が現れる。
と、アカリは横にちょっと移動して殺人鬼から――魔法陣の外から離れる。
「どうするつもりかしら?」
「飛ばすんだよ」と、ユウフウは答えた「まずは殺人鬼」
「バカね、そんなことをしてもまたやって来るだけよ?」
と、魔法陣からグリーンの明るい光が上がり、殺人鬼を消した。
「考えは変わらないのかしら?」
「もちろん」
「なら楽しみにしているといいわ。私は必ずまた君と再会するから」
と、アカリの足元にも魔法陣が現れ――そして今日六度目の魔法陣は彼女を消した。
〈考えたほうがいいな、ユウフウ〉
(何が?)
〈アカリのことだよ。次に来た時も飛ばす気か? というか今すぐにでも来るんじゃないのか?〉
(それはないと思いたいが――まぁその時はまた移動を頼むよ)
〈やれやれ――あっ、コントロールするってのは?〉
(できるのか?)
〈どうかな? やってみないと分からないな。やればよかったよ、残念だ〉
その頃、アカリと殺人鬼はある田舎町――北海道にある――の無人の駅前にいた。アカリ――小さいが立派な木造の駅舎のほうを向いている――は険しい顔で何か考え事をしている。
彼女が何を考えているのか――それはすぐに分かる。
「こんにちは」
と、アカリは背後から話しかけられた。
振り返ると「何か考え事かしら?」と、アカリは聞かれた。
「――ええ、計算をしていたのよ」
「計算?」
「行きたいところがあるのよ。で、そこにはいつ行けるかの計算をね」
「行けないわね」
「えっ?」
「君は彼のところへ行けないわ」
「……君は誰?」
「おっと、訂正するわ。今までの君では行けないわ」
「今までの私? どういうこと?」
「君、美しいわね」と、相手は言う「けれど今の君の内面はつまらないわね。ちょっと余計なことが頭に多いわね。惜しいわ。だからクリーニングしてあげるわ――」
一方、ユウフウとアツヤは“ホンスーノナー”から国道に出た。
「ふふふ」
「ご機嫌だね、アツヤ」
「そりゃそうよ、クソボケ女がいなくなってくれたんだから」
ユウフウだって嬉しいでしょ? とアツヤは付け加えた。
「そうだね」
「でしょう! そうだ! お祝いにケーキを食べましょう」
「ケーキか、良いね」
「決まり。どこの店のにする? やっぱり“ワックス”?」
「“ワックス”か、いいんじゃない? 行こうか」
「うん。あっ、待って。“けしぇん堂”も寄っていかない?」
「良いよ。でも“けしぇん堂”にケーキって売ってたっけ? 和菓子売ってるのは知ってるんだけど」
「売ってるらしいわよ。私も食べたことないけど」
「なら楽しみだね」
「そうね。ショートケーキあるかな? “ワックス”のと食べ比べしたいわ」
「きっとあるよ。ショートケーキがないケーキ屋なんてありえないよ」
「そうよね、さぁ行きましょう」
距離的にまずは“けしぇん堂”ね、とアツヤは付け加えた。
「うん」
「ユウフウさん」と、アツヤは言った――だがアツヤじゃない。
「フロッシュか?」
「はい」
「殺人鬼のことだな?」
「はい」
「分かった。――けれどまた“ホンスーノナー”の屋上に戻る気はないよ」
と、ユウフウは“アツヤ”に背を向ける。
(ルドシーントロフ、頼む)
〈オーケー〉
と、ユウフウの視界が緑になる。
(ルドシーントロフ、あの殺人鬼を呼び出してくれ)
「その必要はないよ」
(後ろ!?)
ユウフウはばっと振り返る「君は!?」
フロッシュの隣に殺人鬼――ヒカルがいる。
と、ユウフウに不安が襲う。
殺人鬼はフロッシュを狙っている――フロッシュはアツヤの身体を使っている。殺人鬼はアツヤごとフロッシュを殺すかもしれない。
「安心してほしいな」と、ヒカルは微笑して言った「私は隣の子を殺すつもりはないよ」
「何?」
「どちらもね。もしそうじゃなければさっさと殺しているだろう?」
「――なんの用だ?」
「宣戦布告だよ」と、ヒカルはやはり微笑んで言う。
「宣戦布告?」
「そうだよ、ユウフウ。私は君をターゲットにした。私は君を殺す」
「なして?」ユウフウは思わず聞いた。
「君の情報を知ったからだよ。知ったからこそターゲットにしたんだ」
「なぜ? 私の情報を知ったからってなぜ殺そうとなんて?」
「そのほうが魅力的だと個人的に思ったんだよ。けれどすぐには殺さないよ。少なくとも今日はね。悩むんだよ、殺すにしても君には色々な結末がある。楽しいよ」
「――一つ聞きたい」
「何かな?」
「君は『安心してほしい』と言ったが、それは絶対か?」
「もちろん」
ユウフウはほっとした。「私は殺される気はない。全力で君を退ける」
「いいね、いい覚悟だ。――さて、そろそろ帰るか、さいなら」




