第59話 おっさん陰陽師、ベヒーモスと戦う
「最後の手段か。それよりも足はそれほど速くない魔物なようだし、街を捨てて逃げたほうが良いと思うぞ」
「……そうだな。だが、ここにいる者たちの多くはこれまでこのバルザルの街で生まれ育ってきた。おそらく撤退の指示を出しても俺の言うことを聞かず、街を捨てられずに最期まで戦う者が多いだろう。それならば覚悟を決めた者で特攻するのもひとつの手段だ。むろん、俺が先頭となる!」
「………………」
サーロン殿たちはそれほどまでに覚悟を決めていたのか。
確かに我も京の都を捨てて逃げよと言われても承服しかねる。歴史の続く都や弓月家をすべて捨ててまで生き延びるという選択肢は我にはない。それと同じ気持ちなのだろう。
「ならばその最後の手段が取られぬよう、我も全力を尽くすとしよう」
「み、見えてきたぞ! マジでベヒーモスだ!」
「で、でけえ……」
みなで配置につき、魔物の群れを相手にしているとその群れの奥から紫色の巨体が現れ、この目で確認できた。
形代を通して見るよりも大きく見える。そして直に見るとかなりの陰の気を放っていた。もしかすると魔物の群れは陰の気に惹かれて集まっているのかもしれぬ。
「ヤコウ殿のおかげで周囲の魔物はあらかた片付いた。他の者は引き続き周囲の魔物を狙え!」
「「「おおおお!」」」
サーロン殿が指示を出す。ベヒーモスを相手にする者以外が周囲の魔物の群れを引き寄せて相手をする。反対側の騎士団にも同様の指示が出ている。
「第二級相当の魔物と戦うのは久しいのう。ふっふっふ、腕が鳴るのじゃ!」
「みんな気を付けてね!」
「うむ。ゲン、レイラを頼んだぞ」
『ええ、任せておいて』
新たにゲンを顕現させ、レイラと他の者の守りを任せる。守りの得意なゲンと共にいれば安全だ。
他の冒険者や騎士たちが危険な場合もゲンに任せて、我らはベヒーモスを倒す。
「スー、セイ、頼むぞ。まずは空よりやつを削ってくれ」
『うん、いっくよ~!』
『ようやくちったあ手応えのありそうなやつが来たぜ!』
「……くれぐれも無茶はするなよ」
まずはスーとセイがベヒーモスに攻撃を仕掛ける。あやつがどれほどの力を持っているかを測るためでもあり、総攻撃はその先にあるゆえ、勝手をしないか少しだけ不安だ。もちろん様子見で倒せてしまうのが理想であるがな。
上空を舞い、魔物の群れを越えてベヒーモスのもとへ辿り着く。早くもベヒーモスはセイとスーを敵と見定めたようで、空を睨んでいる。
「ゆくぞ、極炎演舞、逆鱗旋風斬」
『いっけえ~!』
『くたばりやがれ!』
遠方より指示を出す。顕現させた式神とは離れていても意思疎通が可能だ。
ベヒーモスの上空を舞うスーの口元から煉獄の炎が、セイの正面から風の刃が発生し、ベヒーモスへと迫る。
「グルアアアアア!」
「ぐっ……」
ベヒーモスがとてつもない咆哮を上げる。距離が離れているのに思わず耳を塞いでしまう。
そしてその咆哮と共にベヒーモスの口から漆黒の波動が放たれた。その黒い波動はスーの炎とせめぎ合い、共に消滅する。スーの極炎演舞と同等の威力とはやつもかなりの力を持っているようだ。魔物であるが魔法を使うとはこういうことか。ワイバーンも炎を吐き出していたし、これが魔物の使う魔法なのだろう。
『……うっせえ野郎だな。おい、ヤコウ。野郎の身体は随分と硬えみたいだぜ』
「そのようだな。あの角はかなり硬いようだし、知性もあるらしい。逆鱗旋風斬ではやつの皮膚を少し傷付けただけか」
スーの攻撃は相殺されたが、セイの攻撃はベヒーモスに迫った。しかしベヒーモスはセイの風の刃の大半をその角で弾く。残りの風の刃は身体へと届いたが、少し表面を傷付けただけにすぎなかった。
なるほど、確かに第三級相当のワイバーン格が違う相手らしい。
「……ベヒーモスの魔法を打ち消すとはな。それにあの硬い毛皮を切り裂くとは驚いた」
「ほ、本当に式神の力とやらはすさまじいのじゃ」
サーロン殿やエルネが驚いているが、それは我も同じだ。この世の魔物は京の都の妖よりもだいぶ劣ると思っていたのだが、多少は力を持った魔物も存在するらしい。
「その黒き波動には気を付けるのだぞ。予定通り、時間を稼ぎつつ少しずつ削ってくれ」
『了解~!』
『ちっ、さっさとぶっ飛ばしてえのによ!』
他の魔物とは異なり、空を舞うセイとスーに攻撃を与えることができるため、あの攻撃は要注意だ。とはいえ、空を上下左右自由に飛び回れるセイとスーにあれを当てるのは至難の業である。ベヒーモスはそれほど速くないので、回避に集中していればあれを避けることはそれほど難しくはないだろう。
スーとセイが戦っている間にまだ残っている魔物の群れを片付け、あれを迎え討つ態勢を整える。




