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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第6章 メタモルファルは愛とともに

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97 メタモルファルは帰らず

「今回はちょっと長くなるけど、ごめんね。採集の目途が立ったら連絡するわ」

 エルオリーセはいつも通り三吾に告げて、笑顔でレーエフを発った。


 採集の目的地は、レーエフの遥か北西にあるセモと言う村だった。砂漠と山脈に挟まれた小さな村だが、そこを拠点として幾つかの依頼の品を採集して回る予定だ。

 依頼の中には、少しばかりレアな鉱石もある。見つからなければ、滞在が伸びる場合もあるだろう。

「頑張って、少しでも早く帰ってこれるようにするから」

 いつもの採集服に身を包み、バッグを背負ったエルオリーセは、初めて出会った時のように輝いて見えた。

「うん、待っているよ。でも無理はしないようにね」

 優しい言葉とキスで送り出す夫に、彼女は振り返って手を振った。


 そしてエルオリーセは、西北へ向かう飛行船の中で、静かに呟いた。

「・・・ちゃんと、いつも通りにできたかな」と。



 そして1週間が過ぎた。

 エルオリーセからの連絡を今か今かと待ち続けた三吾のもとに、1通の知らせが届く。

『連泊のご予定だった奥様が、最初の晩以降戻られません。一応捜索はしておりますが、ご自宅の方に何かご連絡がありましたら、折り返しお知らせください』

 セモ村の宿屋の主人からだった。


 三吾は家を飛び出した。


 学院に休暇届を出し、西北に向かう飛行船に飛び乗る。

 セモ村に着いたのは、翌日の早朝だった。

「エルオリーセの夫です。何があったんですかっ!」

 宿屋に飛び込んで主に叫ぶと、彼女が取っていた部屋に案内された。

「こっちでも解らないんでさぁ。ひと晩だけ泊まって、採集に行くって出て行ったきりでね。三日経っても戻らないんで、宿帳に会ったご自宅に手紙を出したんですが」

 真面目そうな宿の主は、村の衆に声を掛けて近くを捜索してもらっていた。

 けれど、手掛かりは何もない。

「宿代は多めに貰ってたんで、そのままにしてあるんですが」

 三吾は、きちんと片付いている室内を、それでも念入りに見て回った。何か、手掛かりになるものはないか、と藁にも縋る気持ちだった。

 けれど、私物らしいものは1つも無い。


 エルオリーセの身に、何かあったに違いない。

 けれど、セモ村を出てから、どちらの方角に行ったのさえ解らなかった。砂漠方面か、山岳地帯か。

 言えることは、連絡手段がない状況にいるという事だけだ。

 エルオリーセは熟練の採集者で、しかもメタモルファルだ。一緒にいるアルバも同じで、常に彼女を守っている。そんな1人と1匹が、危機的状況にある可能性はさほど大きくは無いはずだが。


 今、自分がすべきことは何か。

 三吾は、必死に気持ちを落ち着かせて考える。


 ここで自分が飛び出して行って、辺りを探しても無駄だろう。

 もっと大がかりに、捜索範囲を広げないといけない。

 それには・・・


 三吾は村長の家を教えてもらい、正式に捜索を依頼すると、レーエフに取って返した。

 学院に報告し、協力を求める。

 学院長は、1人しかいない専任探索者の捜索を決定し、交易センターに依頼を出してくれる。狩人を出来るだけ多く雇い、セモ村周辺を探してもらうことにした。


 三吾はもう一度セモ村に行きたかったが、飛行船の最終便は出てしまっていた。

 自宅に帰る気にもなれず、彼は『笑うブチハイエナ亭』に足を向ける。ゲンとルビーに伝えておかなければならないし、何より2人の顔が見たかった。



「・・・行方不明、か・・・」

 眉をしかめて腕を組んだゲンは、絞り出すように声を出す。

「アタシがもう少し若かったら、探しに行くのに・・・」

 狩人上がりのルビーも、悔しそうに唇を嚙む。

「何か、こう・・・手掛かりになるようなものは無いのか?」

「学院で依頼のリストを見せてもらったが、砂漠と山岳地帯の両方が目的地だったらしいとしか解らなかった・・・」

 八方塞がりだ、と暗い雰囲気になる。けれど暫くして、三吾が口を開いた。

「ちょっと、思い当たることがある。話すと長くなるが・・・・」

 そして彼は、アルバの正体について話し始めた。


「アルバがメタモルファルであることを、周囲には隠しておかなければならなかった。でも、今回の採集旅行から帰ったら、彼女はそれを君たちに話すと言っていた。今、こういうことになってしまったから、僕が話してもいいかと判断した」

 ゲンとルビーは、伝説の獣の実在に驚いていた。

「それで、もしかしたら・・・彼女はアルバを連れて一時的に姿を隠したのかもしれない」


 アルバの現在の能力は、身体の部分変化と多少大きくなれるという程度だ。仔犬にはなれないので、代替わりという事にしても成犬の大きさになるまでは、レーエフから離れていなければならない。


 本当は他にも、彼女自身の見かけが変わらないことも理由の一つだろう。けれどそれは、エルオリーセがメタモルファルであることを言わなければ説明できない。エルオリーセは、まだゲンとルビーに伝えて良いとは言っていなかった。


 俯いたまま話を終えた三吾は、そのまま黙っている。

「・・・でも、それなら・・・アタシたちはともかく、三吾にそれを言っておかなかったの?黙って行くなんて・・・」

「おい!」

 ルビーの言葉を、ゲンは腕を彼女の前に出して遮った。

「解ってるんだよ・・・言うな」


 黙って、言わずに出て行った方がマシだ。エルオリーセとアルバが無事ならばそれでいい。

 三吾はそう考えているのだろう、とゲンは慮った。


「・・・何か、言えない事情があったんだと思う。だから僕は、彼女たちが無事だと信じて。捜索を続けながら待とうと思ってる」

 三吾はきっぱりと言って、それを結論とした。

「そうね、アタシたちも信じて待つわ。きっと、そのうちひょっこりと戻ってくるわ。新しい姿になったアルバと一緒にね。何かアタシたちに出来ることがあったら、言ってね」

 大きく頷く幼馴染夫婦に、彼は心からの感謝を告げた。



 そして長い月日が流れた。

 学院は、何も手掛かりが得られない捜索を諦め、狩人への依頼を打ち切る。三吾には、それを止めることは出来なかった。そして欠員となった専任探索者の募集を掛けている。

 三吾は個人的に人を雇って、大陸のあちこちに派遣した。

『大型犬を連れた、20代に見える碧の瞳の女性』に関する情報を集めるためだ。

 エルオリーセはまだ、身体の部分的変化さえ出来ないはずだ。髪の色は染めれば変えられるし、髪型も変えているに違いない。そう考えての指示だった。

 彼らを雇う資金を得るために、三吾は遺産として持ってた牧場を売り払った。それと手持ちの貯金を合わせれば、数十年は探し続けられそうだ。


 そして長い日々の間に、幾つもの情報が得られたが、どれも空振りに終わった。

 少しでも可能性があれば、足を運んで確かめたが、結果は落胆でしかない。けれど三吾は、諦めるつもりなど全くなかった。


 自分の研究と学院教授としての仕事。それをこなしながら、空いた時間は彼女の捜索に充てる。忙しい日々だったが、三吾はどれにも手を抜かなかった。

(リーセは生きている。そして覚えているはずだ・・・)

 自分の研究の行く末を見届けて欲しい、と言ったあの言葉を。


 けれど学院内では、エルオリーセは採集旅行の事故で亡くなったことになっている。最愛の妻を亡くした夫として、オキシロ教授は周囲に気遣われていた。


 そしてローレ・バークリーも、彼を優しく気遣っていた。

 真面目で節度を弁えた彼女は、三吾が妻を失ったことをただ気の毒だと思う。これで自分にもチャンスがあるかもしれない、などと考えるような女性ではなかった。

 学内で出会ったときに話をし、たまに料理を差し入れる。その頻度が、少し高くなったくらいだった。


 そして1年が過ぎた。

 エルオリーセの行方は解らず、手掛かりになる情報も少なくなってきた。

 おそらく彼女は、あちこちを転々と移動しているのだろう。印象に残らないよう充分に注意しながら。それだけ見つかりたくないと思っているのだ。

 けれど三吾は諦めなかった。

 あれで最後などとは、絶対に思いたくない。

(リーセの考えなんてどうでもいい。僕が会いたいだけなんだ)

 エルオリーセが何をどう考えて、あんな行動をとったのかをいろいろ考えたが、正解は会ってみないと解らないのだ。

 だから三吾は、考えるのをやめた。そして自分の行動を、やめるつもりなどこれっぽっちも無かった。


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