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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う

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84 マイ・スイート・ホーム

 三吾とエルオリーセ、そしてアルバは、レーエフの自宅へと帰って来た。

 コークスの町で長距離馬車を雇い、重症患者の彼女の身体を労わりながらの旅だった。

 まだ移動は大変だろうとは思ったが、エルオリーセのお願いに負けた形の三吾だったのだ。


 傷は血こそ止まっていたが、まだ塞がってはいない。

 骨折した箇所は固定されてはいるが、漸く腫れが引いた程度だ。

 けれど彼女は、熱は下がったし痛みも抑えられるから、と帰宅を望んだ。家に帰った方が、きっと早く治るから、と。


 実際、蘇生して意識が戻ってから暫くは、本当に大変だった。

 少しでも身体に力を入れると、激痛が襲う。熱も高いままで、三吾はずっと付き添いながらハラハラしていたのだ。

 額を冷やし、消化の良い食事を食べさせ、薬を飲ませ。

 夜もベッドサイドから離れずに看病を続けた。

 それは消耗しきっているアルバも同様だったので、三吾は彼の世話もしなければならなかった。


 我ながら、よく体力が続くな。

 そんな事を思いながらも、頑張った三吾のお陰で、1人と1匹は回復に向かう。

 先に完全回復したのは、アルバだった。エルオリーセの回復の手助けをしながらだったので時間は掛かったが、それ以来重症患者の方も状態がかなり良くなった。

 これなら何とかなるだろう、と帰宅を決めた三吾だったのだ。



 そしてゆっくりと旅を進め、漸くレーエフの2人の家に帰って来た三吾とエルオリーセだ。

 先に使いをやって、幼馴染のゲンには帰宅を知らせて置いた。夫からそれを聞いたルビーは、暇な時間に彼らの家に赴き、空気の入れ替えや掃除をしておいてくれた。

 エルオリーセの怪我の事も伝えたので、2人が直ぐにいつも通りの生活が送れるようにとの気遣いだ。


 三吾は愛する妻の傷ついた身体をそっと抱いて、きちんと整えられたベッドに寝かせる。

 馴染んだ空間に安堵したのか、エルオリーセは穏やかに微笑んだ。

「家が、一番ね」

 旅行から帰った人が口にする常套句だが、やはり三吾も確かにそう思う。

「疲れただろう?先ずは、ゆっくりお休み」

「ううん、大丈夫。それより・・・」

 彼女は、アルバに頼んでポーチを持ってきてもらった。

 廃坑の中に落ちた時も持っていたポーチだ。

 その中から、エルオリーセは1個の鉱石を取り出した。

「これ、渡したいの。廃坑の中で、偶然見つけたものだけど」

 それは、見事なタイガーアイ・ストーンの原石だった。


「えっ・・・これは、タイガーアイ・ストーンか!」

 三吾が驚くのも無理はない。この貴重な鉱石は、昔博物館で一度見たことがあるだけだ。

 加工されて宝石となった物さえも、王族などの秘蔵品になっていると聞く。

「うん、多分、土砂崩れの時に出て来たんじゃないかな。私が最初に落ちた場所で、見つけたから」


 そしてエルオリーセは、ポツリポツリとあの時の状況を話し始めた。

 暗闇の中での行動と、その時の気持ち。

 絶望に飲み込まれそうだった時に、偶然見つけたその原石が、自分を奮い立たせてくれたこと。

「これを三吾に渡したいって思って、それで頑張れたの」

「そうか・・・」

 ただ渡すことだけが、モチベーションになったわけでは無いだろう。その相手に会いたい、喜ぶ顔が見たい、という気持ちが根底にあった筈だ。

「リーセ、嬉しいよ。ありがとう。でもやっぱり、君がここに居る事より嬉しいことは無いけどね」

 けれどこの原石が、彼女が戻るための原動力の一部ならば、無機質な物質である鉱石にさえ感謝を伝えたくなる。

「これ、良ければ研究に使ってね」

「えっ・・・それは、とても魅力的な提案だけど・・・」

 三吾の本業、分析薬学は様々な動植物や鉱石の成分を分析し、薬として役立つか見極めることである。けれどその場合、当然素材は磨り潰されたりするわけで・・・

「勿体なくないか?」

 ついそう言いたくなるくらい、希少で価値が高い鉱石なのだ。

「別に、世の中にこれしかないっていう訳じゃないでしょ。また見つけたら、持ってくるわ」

 宝石として装飾品となり、誰かを飾るよりもずっと有益ではないか。例え薬にはならなくても、成分分析が出来れば様々な方面で研究が進むだろう。その方がよほど、万民の役に立つ。


「そうか・・・そうだな、それじゃありがたく使わせて貰うよ」

 三吾は嬉しそうに笑みを浮かべたが、直ぐに厳しい顔になった。

「でも、こういう物が手に入りそうだからって、危ない場所に行くことは禁止だからね」

「はぁい」

 エルオリーセは肩を竦めて、上目遣いで笑った。



 残りの夏季休暇は、穏やかに過ぎて行った。

 心から安心できる家で過ごす時間は、エルオリーセの回復に大きく貢献したようで、彼女の怪我はみるみるうちに完治に向かった。

 骨折した箇所も、剝がれてしまった幾つもの手の爪さえ、全て元通りになったのはメタモルファルの体質のお陰だろう。

 勿論それ以外にも、優しい夫の細やかな心遣いがあったからなのだが。


 明日から学院が始まり、2人とも仕事に出るようになるという晩。

 三吾とエルオリーセは、自宅の居間で暖かなお茶を飲みながら寛いでいた。

 ふと、会話が止まり、三吾は少し考えた後、意を決したように口を開く。

「・・・リーセ、僕はずっと、言いたいけれど口に出せなかったことがあるんだ。それは、メタモルファルと人の寿命の違いについてなんだが」


 エルオリーセは、一瞬身体を強張らせ、直ぐに俯いてしまった。

 何を言葉にしたらよいか、解らない。

「君が、それについて色々考えることがあるのは知ってる。出来れば、そんな話を今したくないって思ってるんじゃないか、とも思う。でも、僕は今、言っておきたいんだ」

 エルオリーセは、覚悟を決めたように俯いたまま頷いた。


「実はね、僕の方はその事を、ありがたいと思ってるんだよ。だって僕は、最愛の妻に看取られて旅立てるわけだろう?」

「・・・はぁ」

 エルオリーセは思わず顔を上げた。

「それって、本当に幸せな事だと思うんだ。勿論、それは自分勝手で無責任なことだって解ってる。残される妻の事は、棚に上げているわけだからね」

 それでも、逆の場合は、つまり自分が最愛の妻を看取るという事だが、そんな事になりたくは無いと思ってしまうのだ。

「きっと耐えられないと思うんだ。君を亡くすなんて・・・今回の事でも、嫌という程思い知ったし」

 だから、つい望んでしまう。

 自分が先に、逝きたいと。

「本当に身勝手だと思う。でも僕は、そんな未来を信じられる最高に幸せな夫だと思っているんだ。それを、君に伝えたかった」


 エルオリーセの目には、零れ落ちそうな程の涙が溜まっていた。

「ごめん・・・」

 三吾は手を伸ばして、彼女の頬に掌を当てた。

「三吾・・・貴方は最後の時に、私を置いて逝く時に、寂しいと思ってくれる?」

「うん、勿論」

「私もきっと、凄く寂しいと思うわ。でもそれなら、お相子ね」

 エルリーセは、彼の掌に頬を押し付けた。


 愛し合った夫婦なら、きっと誰でもそうなのだろう。一緒に逝くことの方が稀なのだから。

 どちらかが先に旅立ち、どちらかが残される。

 それは、どんな夫婦でも起こる事。


「僕たちは、人間とメタモルファルという珍しい夫婦だけど、どんな夫婦よりも愛し合っていけると思ってる。一緒にいる時間を、誰よりも大切にして」



 自分よりも相手が大切だと思う事が愛ならば、彼の望む未来が叶うようにしよう。

 そう思う事が出来たエルオリーセの頬を、大粒の涙が零れ落ちた。


「愛しているよ、僕のリーセ」

「私も愛してる、三吾・・・」


 月並みな台詞でも、それだけが真実。

 2人は深く唇を合わせた。



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