84 マイ・スイート・ホーム
三吾とエルオリーセ、そしてアルバは、レーエフの自宅へと帰って来た。
コークスの町で長距離馬車を雇い、重症患者の彼女の身体を労わりながらの旅だった。
まだ移動は大変だろうとは思ったが、エルオリーセのお願いに負けた形の三吾だったのだ。
傷は血こそ止まっていたが、まだ塞がってはいない。
骨折した箇所は固定されてはいるが、漸く腫れが引いた程度だ。
けれど彼女は、熱は下がったし痛みも抑えられるから、と帰宅を望んだ。家に帰った方が、きっと早く治るから、と。
実際、蘇生して意識が戻ってから暫くは、本当に大変だった。
少しでも身体に力を入れると、激痛が襲う。熱も高いままで、三吾はずっと付き添いながらハラハラしていたのだ。
額を冷やし、消化の良い食事を食べさせ、薬を飲ませ。
夜もベッドサイドから離れずに看病を続けた。
それは消耗しきっているアルバも同様だったので、三吾は彼の世話もしなければならなかった。
我ながら、よく体力が続くな。
そんな事を思いながらも、頑張った三吾のお陰で、1人と1匹は回復に向かう。
先に完全回復したのは、アルバだった。エルオリーセの回復の手助けをしながらだったので時間は掛かったが、それ以来重症患者の方も状態がかなり良くなった。
これなら何とかなるだろう、と帰宅を決めた三吾だったのだ。
そしてゆっくりと旅を進め、漸くレーエフの2人の家に帰って来た三吾とエルオリーセだ。
先に使いをやって、幼馴染のゲンには帰宅を知らせて置いた。夫からそれを聞いたルビーは、暇な時間に彼らの家に赴き、空気の入れ替えや掃除をしておいてくれた。
エルオリーセの怪我の事も伝えたので、2人が直ぐにいつも通りの生活が送れるようにとの気遣いだ。
三吾は愛する妻の傷ついた身体をそっと抱いて、きちんと整えられたベッドに寝かせる。
馴染んだ空間に安堵したのか、エルオリーセは穏やかに微笑んだ。
「家が、一番ね」
旅行から帰った人が口にする常套句だが、やはり三吾も確かにそう思う。
「疲れただろう?先ずは、ゆっくりお休み」
「ううん、大丈夫。それより・・・」
彼女は、アルバに頼んでポーチを持ってきてもらった。
廃坑の中に落ちた時も持っていたポーチだ。
その中から、エルオリーセは1個の鉱石を取り出した。
「これ、渡したいの。廃坑の中で、偶然見つけたものだけど」
それは、見事なタイガーアイ・ストーンの原石だった。
「えっ・・・これは、タイガーアイ・ストーンか!」
三吾が驚くのも無理はない。この貴重な鉱石は、昔博物館で一度見たことがあるだけだ。
加工されて宝石となった物さえも、王族などの秘蔵品になっていると聞く。
「うん、多分、土砂崩れの時に出て来たんじゃないかな。私が最初に落ちた場所で、見つけたから」
そしてエルオリーセは、ポツリポツリとあの時の状況を話し始めた。
暗闇の中での行動と、その時の気持ち。
絶望に飲み込まれそうだった時に、偶然見つけたその原石が、自分を奮い立たせてくれたこと。
「これを三吾に渡したいって思って、それで頑張れたの」
「そうか・・・」
ただ渡すことだけが、モチベーションになったわけでは無いだろう。その相手に会いたい、喜ぶ顔が見たい、という気持ちが根底にあった筈だ。
「リーセ、嬉しいよ。ありがとう。でもやっぱり、君がここに居る事より嬉しいことは無いけどね」
けれどこの原石が、彼女が戻るための原動力の一部ならば、無機質な物質である鉱石にさえ感謝を伝えたくなる。
「これ、良ければ研究に使ってね」
「えっ・・・それは、とても魅力的な提案だけど・・・」
三吾の本業、分析薬学は様々な動植物や鉱石の成分を分析し、薬として役立つか見極めることである。けれどその場合、当然素材は磨り潰されたりするわけで・・・
「勿体なくないか?」
ついそう言いたくなるくらい、希少で価値が高い鉱石なのだ。
「別に、世の中にこれしかないっていう訳じゃないでしょ。また見つけたら、持ってくるわ」
宝石として装飾品となり、誰かを飾るよりもずっと有益ではないか。例え薬にはならなくても、成分分析が出来れば様々な方面で研究が進むだろう。その方がよほど、万民の役に立つ。
「そうか・・・そうだな、それじゃありがたく使わせて貰うよ」
三吾は嬉しそうに笑みを浮かべたが、直ぐに厳しい顔になった。
「でも、こういう物が手に入りそうだからって、危ない場所に行くことは禁止だからね」
「はぁい」
エルオリーセは肩を竦めて、上目遣いで笑った。
残りの夏季休暇は、穏やかに過ぎて行った。
心から安心できる家で過ごす時間は、エルオリーセの回復に大きく貢献したようで、彼女の怪我はみるみるうちに完治に向かった。
骨折した箇所も、剝がれてしまった幾つもの手の爪さえ、全て元通りになったのはメタモルファルの体質のお陰だろう。
勿論それ以外にも、優しい夫の細やかな心遣いがあったからなのだが。
明日から学院が始まり、2人とも仕事に出るようになるという晩。
三吾とエルオリーセは、自宅の居間で暖かなお茶を飲みながら寛いでいた。
ふと、会話が止まり、三吾は少し考えた後、意を決したように口を開く。
「・・・リーセ、僕はずっと、言いたいけれど口に出せなかったことがあるんだ。それは、メタモルファルと人の寿命の違いについてなんだが」
エルオリーセは、一瞬身体を強張らせ、直ぐに俯いてしまった。
何を言葉にしたらよいか、解らない。
「君が、それについて色々考えることがあるのは知ってる。出来れば、そんな話を今したくないって思ってるんじゃないか、とも思う。でも、僕は今、言っておきたいんだ」
エルオリーセは、覚悟を決めたように俯いたまま頷いた。
「実はね、僕の方はその事を、ありがたいと思ってるんだよ。だって僕は、最愛の妻に看取られて旅立てるわけだろう?」
「・・・はぁ」
エルオリーセは思わず顔を上げた。
「それって、本当に幸せな事だと思うんだ。勿論、それは自分勝手で無責任なことだって解ってる。残される妻の事は、棚に上げているわけだからね」
それでも、逆の場合は、つまり自分が最愛の妻を看取るという事だが、そんな事になりたくは無いと思ってしまうのだ。
「きっと耐えられないと思うんだ。君を亡くすなんて・・・今回の事でも、嫌という程思い知ったし」
だから、つい望んでしまう。
自分が先に、逝きたいと。
「本当に身勝手だと思う。でも僕は、そんな未来を信じられる最高に幸せな夫だと思っているんだ。それを、君に伝えたかった」
エルオリーセの目には、零れ落ちそうな程の涙が溜まっていた。
「ごめん・・・」
三吾は手を伸ばして、彼女の頬に掌を当てた。
「三吾・・・貴方は最後の時に、私を置いて逝く時に、寂しいと思ってくれる?」
「うん、勿論」
「私もきっと、凄く寂しいと思うわ。でもそれなら、お相子ね」
エルリーセは、彼の掌に頬を押し付けた。
愛し合った夫婦なら、きっと誰でもそうなのだろう。一緒に逝くことの方が稀なのだから。
どちらかが先に旅立ち、どちらかが残される。
それは、どんな夫婦でも起こる事。
「僕たちは、人間とメタモルファルという珍しい夫婦だけど、どんな夫婦よりも愛し合っていけると思ってる。一緒にいる時間を、誰よりも大切にして」
自分よりも相手が大切だと思う事が愛ならば、彼の望む未来が叶うようにしよう。
そう思う事が出来たエルオリーセの頬を、大粒の涙が零れ落ちた。
「愛しているよ、僕のリーセ」
「私も愛してる、三吾・・・」
月並みな台詞でも、それだけが真実。
2人は深く唇を合わせた。




