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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う

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83 仮死状態から呼び戻す

 宿に戻った三吾に気づいた主は、奥から飛び出してきた。

 昨晩帰らなかった旅の夫婦を、案じていたのだろう。

「すまないが、体を拭く布とお湯、それから包帯とガーゼ、消毒薬と傷薬と湿布なんかを、部屋に持ってきてくれ」

「い、医者は呼ばなくても?」

「今はいい。とりあえず、それだけ頼む」


 この状態で医者を呼んだら、普通はもう治療の必要は無いと判断されるだろう。お気の毒ですが、と告げられて葬儀の手配を始められても困るのだ。

 今は、アルバと一緒に出来ることをしなければならない。


 エルオリーセの身体は、正視に耐えられぬほどボロボロだった。

(どれだけ頑張って、あそこまで来たんだろう・・・)

 三吾は彼女の服を脱がせながら、唇を噛み締める。

 額の上の怪我と左腕は、まだ出血が止まらず、両手の指先からも血が流れていた。擦過傷や打撲の痕は数知れず、腫れ上がった背中と腰や脇腹は、骨折しているのではないかと思われた。足も膝頭は白い物が見えるほど擦り剥け、足首も捻挫しているのか真っ赤に腫れている。

(こんなになるまで・・・)


 宿の主が持ってきたお湯と布で、身体を拭き清めながら、三吾は自分自身を叱咤しながら手当てを続けた。その間アルバはベッドに上がって、三吾の邪魔をしないよう注意しながらエルオリーセに寄り添っている。消耗してしまっている力を、それでも必死に使って彼女を助けようとしていた。


 怪我を消毒して傷薬をつけ、ガーゼと包帯で覆う。腫れている箇所には湿布を当て、そこも包帯を巻いた。処置をする間も、エルオリーセの反応は何もない。彼女が痛がるような様子を見せないことは、手当てをする方としては楽かもしれないが、やはり不安は膨れあがる。

「アルバ、身体の手当ては取り敢えず終わったけど、後は何が出来る?」

 水や薬を飲ませたいところだが、嚥下できる状態ではないだろう。

 アルバが頭を上げて、三吾を促すように彼女の胸を指し示した。


「・・・・ぁ・・・聞こえる」

 ・・・トク・・・・・・・トク・・・・

 押し当てた耳に、微かで間隔は長いが、彼女の鼓動が聞こえた。口元に唇を寄せると、こちらも微かではあるが吐息を感じる。

 自分たちがしていることに、確かな成果を感じた。


 そしてアルバは尻尾を伸ばし、サイドテーブルに置いてあった水差しを指し示した。

 何とか蘇生した今の状態なら、水を飲ませることが出来るだろう。

 三吾は肯いて少量の水を口に含むと、まだ冷たい彼女の唇にそっと重ねた。

 エルオリーセの唇の端から、水は零れたが、それでもほんの僅か口の中に入った分が内部を潤す。

 怪我に響かないよう頭を少し持ち上げ、三吾はもう一度彼女の口内に水を含ませた。

 コクン・・・

 小さな音を立てて、水が喉を通った。


 ふ、とエルオリーセの睫毛が震え瞼が持ち上がる。

「・・・リーセ?・・・解るか?僕は、ここいいるよ。アルバも傍にいる」

 祈るような想いで顔を覗きんだ三吾の目の前で、彼女の口元が僅かに歪んだ。

 一瞬微笑んだかのように見えたが、直ぐに瞼は閉じられ、何度か呼吸を繰り返す。どこか苦しそうなエルオリーセの腕をそっと動かし、寄り添っているアルバの首に回してやった。そして自分は、包帯で覆われていない肌に掌を当てる。

「ほら、解るだろう?・・・どこがツラい?」

 エルオリーセはホウッと息をつくと、顔を歪ませて呟いた。

「うん・・・痛い・・・全部・・・痛い」

 意識は戻っても、まだメタモルファルとしての力は回復していない。寄り添うアルバがかなり軽減してくれている筈だが、それでも相当の痛みがあるのだろう。気を失う程の激痛では無いにしても、身体中が痛くてツラいのだ。

「そうだね・・・うん、本当に酷い状態だから。痛み止めと、化膿止めの薬を飲もう」

 本来ならば、怪我をしても傷口が化膿することも、発熱することも無いメタモルファルだが、今は薬の助けを借りた方が良い。


 何とか彼女に薬を飲ませると、三吾は優しく声を掛ける。

「しばらくしたら、薬が効くから。他に、ツラいところはある?」

「・・・頭が・・・痛くて・・・・・気持ち・・・悪・・・い・・・」

(それは最悪だな・・・)

「うん、熱が出て来たんだ。でも、それも薬が効けば治まるからね」

「・・・ん」

 優しく諭すように囁く三吾に、エルオリーセは素直に頷いて眠りに落ちた。


 夕方になり、大分安定した彼女の状態に安堵して、三吾は宿の主に医者を呼んでもらうように頼む。やって来た医者は、開口一番驚きの声を上げた。

「よく生きてたなぁ。こんな町だから酷い怪我を負った男たちを何十回と治療したが、ここまで重症でそれでも生きてるのは珍しいよ」

 医者としてその言い草はどうだろうと思わないでもない三吾だったが、腕は確かなようで、ひと通りの適切な処置をして、当面の薬を薬を置いて帰っていった。


「三吾・・・」

 細い声が枕の上から届く。

「ん?・・・まだ苦しい?」

「そうじゃなくて・・・・」

「無理しないで。もう大丈夫だから。よく頑張ったね、ありがとう」

 暗闇の中で、諦めず投げ出さず、限界以上に頑張って戻って来たエルオリーセに感謝を伝えたかった。

 けれど彼女は、弱々しく頭を振った。

「違う・・・」

「え?」

「・・・ありがとう・・は・・・私が・・・」

 助け出してくれてありがとう、とお礼を言うのは自分の方だ。それに、心配させてごめんなさい、も言わなければならない。

「それに・・・ごめんなさい」


 自分の油断と過信が引き起こした事なのだ。

 病み上がりの彼に無理をさせたし、おそらくアルバにもかなりの負担を強いたのだろう。


「謝らなくていいよ。僕の方は、大丈夫だから。きっとあの『巫女の秘薬』のお陰なんだろうね。疲労回復どころか、それ以上に体力が引き上げられたみたいだったから」

 三吾は、エルオリーセの髪を優しく撫でた。

「寧ろアルバの方が、凄かったよ。テライオンに変身したりしてね」

 あの神々しいまでに逞しく強かった金色の姿を、三吾は今初めて感動した様に語った。

「あの時は、それどころじゃなかったけどね。凄い物を見たんだなぁって思うよ」

「それ・・・私も、見たこと・・・ない・・・・多分、アルバも」

 アルバは、自分自身も見たことが無い姿に変身したことになる。犬型メタモルファルについて、いやメタモルファルという変身獣について、まだまだ知らない事は沢山あるのだ、とエルオリーセは思った。


「君を含めて、メタモルファルについては知らない事ばかりだ。今回も、実際僕は君がもう死んでしまったんだと思ったし」

 あの状態は、一種の仮死状態だったのだろう、と今は思う。

 体温をギリギリまで下げ、鼓動も呼吸もほぼ止めて、最後の瞬間が訪れるまでの時間を稼ぐ。おそらくその後は、他者の助けを頼むだけになるのだろうが、それでも僅かながら生存確率は上がるのだ。

 それは、メタモルファルがもつ特質の1つなのだろう。


「だから、本当に寿命が縮まったよ。あの時は、絶望しか無かったからね」

「ダメッ!」

 突然エルオリーセは、大声を出した。

『寿命』という言葉に、過剰反応してしまったのだ。

「えっ?・・・落ち着いて、無理しちゃダメだ」

 身体の力が入ったことで、激痛が走ったのだろう。微かに呻いて顔を歪ませた彼女を、慌てて宥める。

「・・・ダメ・・・三吾は・・・長生きしないと・・・・・ダメ」

 まだ精神的に不安定なのだろう。エルオリーセは、涙を浮かべていた。


 メタモルファルの寿命は果てしなく長い。

 彼の傍に少しでも長くいたいのなら、彼が長生きすることが大前提なのだ。

「お願い・・・ずっと・・・傍にいて」

 直向きな瞳を三吾に当てて呟くエルオリーセに、三吾は答えた。

「うん、だからもう、自分自身を危険に晒さないようにしておくれ。僕の寿命を縮めないようにね。愛しているよ、リーセ」


 三吾は熱っぽくなってきたエルオリーセの唇に、優しくキスをした。

 平和で穏やかな愛の日々が、これからもずっと続くようにと祈りながら。



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