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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う

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82 夜明けと共に限界の向こうへ

 長い夜が過ぎて行った。


 エルオリーセは、更に地下深くに続く坑道を手探りで進んだ。押し潰されそうな心を叱咤して、ノロノロと進むうちに、やがて道はいきなり直角に曲がり、そこからは少しずつ上り坂になる。

 これなら少しでも地表近くに行ける、と身体を引きずるように進むエルオリーセだが、坑道はどんどん狭くなっていった。

 この先は、行き止まりでは無いだろうか。

 不安が膨れ上がった時、道は突然広い空間になる。エルオリーセは、最後の火口を灯した。

 どうやらここは、鉱脈が露出していた場所だったのだろう。掘りつくされた壁面はゴツゴツととした岩石が見えるだけだが、その一角にかなり大きな穴が開いている。

(・・・ここ・・・は・・・)

 灯りが消える前に、とエルオリーセは力を振り絞るように穴の方へ進んだ。


 目の前にあったのは、かなりの勾配がある上り坂だった。

 地面に、車輪の後が2筋。おそらく、石炭などを運ぶトロッコの轍だ。ここから、採掘した物を運び出していたのだろう。

(ここ・・・上がれば・・・)

 地表へと近づくことが出来る。轍の周囲は滑りやすく急勾配だが、何とかよじ登れるかもしれない。

 最後の灯りが、スゥっと消えた。

 エルオリーセは地面に両手をつき、斜面をジリジリと登り始めた。


 途中何度も、ガクンと力が抜け、滑り落ちる。けれど、少し息をつくと再び先へと進んだ。

 滑り落ちるたびにどこかに身体をぶつけ、両手の指先が傷ついた。10本の指全ての先から、血が流れている。けれどもう、痛みさえ感じなかった。


 そしてエルオリーセは、漸く出口に辿り着く。

 伸ばした手の先には、斜めになった鉄の扉があった。

 最後の力を振り絞って、何とか押し上げようとするが、扉はビクともしない。

(・・・ここ・・・までが・・・もう)

 限界は、もうとうに過ぎていた。

 斜面に倒れ伏して、エルオリーセは朦朧とした頭で思った。

 アルバの気配さえ、もう解らなくなっていたが、近くにいるだろうと信じられる。

 エルオリーセは、ノロノロと腕を動かし、ポーチの中からオカリナを取り出した。


 これで終わりだ、とは不思議と思えなかった。

 身体の芯にあるものが、最後の前段階に入ると告げているような気がする。

 それが何かは解らないが、エルオリーセはそれに縋ろうと思った。


 長い夜を不眠不休で行動していた三吾とアルバだったが、疲れは感じていなかった。

 エルオリーセの亀の歩みのような移動に合わせ、気配を辿りながらその周辺を探索して回る。何度も狭すぎる換気口や亀裂は見つかったが、狩人たちが使用した潜入場所は見つからない。


 東の空が、白々と明けてゆく。

 焦りだけが1人と1匹を支配していた。

 それまで落ち着いて探索行動を続けていたアルバでさえ、ヒュンヒュンと鼻を鳴らしながら必死に辺りを探っている。

 パートナーの気配が、どんどん薄くなっている。今にも消えそうなエルオリーセの命を、アルバは正確に感じ取っていた。

 かなり近くまで来ている筈だ。けれど、そこに辿り着く場所が解らない。


 そんな時、昇り始めた朝陽が崖の壁面を照らした。

「・・・アルバ!あそこにっ!」

 崖の下、垂直な壁面と地面が接するような場所に、蔓状の灌木の陰に隠れて金属の蓋のような扉があることに気づく。

 三吾は飛びつくように駆け寄ると、灌木の蔓を引きはがし扉を露わにした。

 錆び付いた金属製の扉は、斜面に沿う蓋状の鉄の板のようだ。取っ手を掴んで渾身の力で引くが、扉は軋む音さえも上げない。

「ーーーっ、このっ!」

 三吾の助けになるべく傍に来たアルバだが、その時1人と1匹の耳に何かが聞こえた。

 風が吹き抜けるような微かだが素朴な音、と三吾は聞いた。

 間違いない。この扉の向こうだ。


 パートナーの吹くオカリナの音色だ、とアルバは聞いた。

 その瞬間、黒白のメタモルファルの中で何かが弾けた。それが何であるか、アルバ自身にも解らない。けれど、今何をすれば良いかが、ふいに解った。


 アルバは数歩飛び退いて、身体をブルっと震わせると、力を身体の中心に集めてゆく。

 驚いて振り返った三吾の目の前で、メタモルファルは変身を始めた。


 ムクムクと大きくなった身体は、大型犬の3倍ほどになり、手足が太く逞しくなる。

 特に首と肩、そして前脚の筋肉が隆起し、恐ろしいほどに発達した牙と顎、そして雄々しい鬣が頭部を飾った。

(・・・伝説の獣・・・テライオン・・・か?)

 昔子供の頃、絵本で見たことがあった。

 金色の獣。


 アルバ自身が、その伝説の獣を見たことなどあるはずが無い。

 おそらくこれは、受け継がれて来たメタモルファルの記憶の中にあるものだろう。

 パートナーの危機に、封印が解けたのかもしれない。


 そんな事を考えた三吾を、逞しい姿となったアルバは押しのけて扉の取っ手を咥えた。

「グルルル・・・・」

 唸り声を漏らしながら腰を落とし、渾身の力で取っ手を引いた。

 肩と前脚の筋肉が、グゥッと盛り上がる。

 がっしりと取っ手を咥えた牙と顎、そして恐ろしいほどに歪んだ表情。


 取っ手だけが外れるかと危ぶんだ三吾の耳に、扉から音が響いた。

 ギッ・・・ギッ・・・ギシッ・・・・・・バゴッ!


 錆び付いた扉は軋みを上げて開き、最後はアルバの力で蝶番ごと取り払われた。



 アルバ自身にとっても、かなり無理な変身だったのだろう。扉を放り出してその場に蹲ってしまい、徐々に元の姿に戻るアルバを残し、三吾は穴に飛びついて中を覗き込んだ。

「・・・リーセっ!」

 数メートル先の斜面に、倒れ伏したエルオリーセの身体があった。


「リーセっ!」

 三吾は中に飛び込んだ。

 滑りそうになる足元も意に介さず、彼女の身体を抱える。

 ゾッとするような冷たさに慄きながら、何とか出口に引き上げようとした時、アルバが顔を出した。這いずるようにそこまで来た黒白のメタモルファルは、力を振り絞るように尻尾を伸ばす。

 フッサリとした長い尾が、2人の身体に巻き付いて斜面を引き上げた。


 明るくなった外にエルオリーセを運び出した三吾を見て、アルバはもう一度穴の中を振り返る。斜面の窪みに引っ掛かったオカリナを見つけると、彼は長い尾でそれを回収した。

 オカリナを咥えてヨロヨロと立ち上がり、2人の元へ歩み寄ろうとするアルバの耳に、三吾の悲痛な声が届く。

「リーセっ!リーセ・・・目を開けてくれ!頼む、リーセ!」

 彼は彼女のぐったりした体を抱き締めて、座り込んでいた。


 衣服は血と泥に汚れ、丈夫なはずの採集服のあちこちが裂けている。

 体温を感じさせない身体。

 抱き込んだ口元からは、微かな息さえ零れない。

 そして、鼓動さえも伝えない胸。


 間に合わなかった。

 彼女を助けることは叶わなかった。


 激しい慟哭と共に肩を震わせる三吾の傍に座ったアルバは、オカリナを彼の上着のポケットにねじ込むと、冷たくなったパートナーの身体に鼻を押し付けた。

「・・・ゥオオンッ!」

 そして三吾の耳元で、叱咤するように大声を上げる。

 まだ間に合う、と伝えて来るアルバの強い視線に気づいた三吾は、ぐしゃぐしゃになった顔を向けた。

「・・・アルバ・・・何で?」


 悲しそうな様子も見せないメタモルファルに、三吾は彼に縋ろうと思った。

「まだ・・・何とか出来るのか?」

「ワンッ!」

 アルバには、解っているのだろう。

 同じメタモルファルであるエルオリーセを、助けることが出来るのだと。

「解った!町に戻って、出来るだけの事をしよう」


 三吾はエルオリーセの身体を抱いて立ち上がる。

「走った方がイイか?」

 疲労が溜まっているのは確かだが、まだ頑張れる。

 そんな彼の言葉に、アルバは頭を振った。

 出来るだけ静かに運んだ方が良いし、町についても三吾が倒れてしまっては面倒だという事なのだろう。肯いた三吾は、黙って傍を歩くアルバと共に、コークスの宿屋を目指した。


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