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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う

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81 諦めないで、もう少し

「うわっ・・・これは・・・ダメだ」

 三吾は廃坑の出入り口である扉を何とか開けた途端、思わず声を上げた。


 金属製の扉は頑丈で重かったが、1人と1匹で協力して開くことが出来た。

 けれど、目の前にはぎっしりと積まれた岩石の壁が見えるばかりだった。

「廃坑が決まって、塞いだんだろうな。危険防止のために・・・」

 エルオリーセが地下に落ちた場所に通じるこの出入口は、それこそ爆破でもしない限り開きそうにない。

「仕方がない。遠回りになるが、もう1つの出入り口を試そう」

 三吾とアルバは、崖崩れの現場を挟んで向こう側にある扉に向かった。


「えっ・・・これ、何?」

 エルオリーセは、思わず声に出して呟いた。

 真っ暗な坑道の上り坂を、壁を手で辿りながら歩き、必死で自分を励ましながら辿り着いた先は、石が積み上げられた壁だった。

 人工的に作られたと解る石組には、隙間もない。暗闇の中で、震える手で灯りをともす。目の前には、絶望を象徴するような分厚い壁があった。


 おそらくこの少し先には、出入り口の扉があるのだろう。アルバの気配も、その向こう、かなり近くに感じる。けれど、声は届かず壁は全てを拒絶するかのように存在した。

(ああ・・・これは、ダメ・・・)

 エルオリーセは、その場にズルズルと座り込んだ。


 暗闇の中での手探りの移動は、精神力を激しく削っていた。それでも、この先に行けば助けて貰えるという気持ちだけが、傷ついた身体を引っ張った。

 激しい落胆に、体力が蒸発するような気がする。

 メタモルファルとして覚醒したとはいえ、まだ数か月。確かに体力は以前より増えてはいるが、まだ発展途上で、他の人間よりは多いというレベルだ。


 闇の中で、意識までもが暗くなる。

 直ぐ近くにあったアルバの気配が、遠ざかってゆくのが解った。

 救出を諦められた、とは思わなかったが、ただ不安と純粋な寂しさが襲って来る。

 力が抜けた身体は地面に倒れ込み、エルオリーセは急勾配だった坑道の坂を転げ落ちた。



 もう1つの出入り口の錆び付きかけた扉を、三吾とアルバは渾身の力で引く。

 ギシッ・・ギィィ~~・・・

 何とか開けた扉の奥は、先ほどと同じだった。

「クソ・・・同じか・・・想定内だったが・・・」

 それでも、もしかしたらと試してみたが、同じようにしっかりと石が積まれていて中に入ることは出来ない。おそらく全ての廃坑の出入り口は、封鎖されていると考えて良いだろう。

 どうすれば良いのか・・・

 三吾は再び地図を広げて、考え始めた。


 もう一度、狩人センターのオバサンの言葉を思い出してみる。

『・・・コークスに狩人が来ることって少ないのよ。たまに採集系の人が廃坑に潜りに来るくらいでね』

 採集系の狩人が、たまに廃坑に潜る。

 封鎖された廃坑に、潜れる場所があるという事だ。

「・・・縦穴とか・・・それ以外に侵入できる場所があるという事だ」

 三吾は、薄暗くなってきた周囲に気づく。陽が傾いていた。

(これ以上暗くなると、地図が見えなくなる・・・)

 何も持たずに飛び出してきたので、灯りになるようなものは無い。三吾は必死に地図の内容を頭に叩き込むと、不安そうに遠くを見るアルバに話しかけた。

「アルバ、廃坑になった後に狩人たちが使っている出入口を探すぞ。暗くなったら、君の能力だけが頼りだ。縦穴とか岩盤の亀裂、人工的に作ったような洞穴とかで、狩人の気配が残っているような場所を探してくれ」

 最後に狩人が侵入したのはかなり以前の事だと思う。臭いなども残っていないだろう。それでもアルバのメタモルファルとしての能力なら、何かを感じることが出来るかもしれない。

 三吾の藁にもすがるような気持ちが伝わったのか、アルバはキッと彼を見つめた。

「ゥオンッ!」

 決意を秘めた吠え声が、辺りに響いた。


「・・・ッ・・・ぁ・・・」

 頭部に走った痛みで、引き戻される。

 続いて左腕、肩甲骨、腰骨の激しい痛みが否応なしに現実を認識させた。

 転がり落ちた時に、額の上の方を岩で打ったらしい。血の臭いと、額を流れる生暖かい感触がある。肩の怪我は腫れ上がり、新しい血が流れているようだ。

(痛みを抑えることが、出来ない・・・)

 それまでコントロール出来ていた痛みや止血が、出来なくなっていた。

(限界かな・・・)

 エルオリーセは、ゆっくりと瞼を下ろした。


 眼を開けていても閉じていても、変わらない闇。

 いっそ、このまま諦めてしまおうか、とも思う。

 転げ落ちて気を失ってから、どのくらい時間が経ったのか解らない。アルバの気配も遠ざかってしまった。きっと必死で、探してくれているのだろうとは思うが。


 夢を見たのかもしれない。

 今と同じような闇の中で、遠ざかってゆく彼らの姿を見ていた。三吾の背中とアルバの後ろ姿。

 手を伸ばすことも出来ず、どうすることも出来ずにただ見ていた。


 ふと、エルオリーセは自分の頬が濡れているのに気づいた。

(・・・泣いてたんだ)

 離れたくなくて、別れたくなくて。

 1人になるのが悲しくて。

(イヤだ・・・あんな光景が最後なんて)

 例え夢でも、あれを最後にはしたくない。

(それなら、諦めるのはやめよう)

 きっと、まだ動ける。痛みや流血をコントロールできなくても、まだ耐えらえる。

 同じ耐えるなら、前に向かいながら・・・


 移動を始めたエルオリーセの気配を察知しながら、アルバは三吾に指示された出入口を探し回る。

 辺りはすっかり暗くなり、夜空には星が瞬いていた。

「確か、地図によるとこの辺りに換気口の印があったが」

 三吾は記憶を頼りに、アルバに伝える。

「オンッ!」

 そしてアルバは、半径50センチほどの穴を見つけた。

「これは、狭いな・・・中の様子も解らないが、入れるか?アルバ」

 変身獣は肯くと、直ぐに身体を変形させた。

 大きさを出来るだけ小さくし、手足を縮める。その分、胴体を長くして身体を細くした。

 それは、穴の中を移動するのに都合が良い、イタチのような姿だ。

 アルバは早速穴に潜り込み、三吾はその場で辺りを警戒しながら待っていた。この辺りに危険な野生動物はいない、とエルオリーセは言っていた。けれど、万が一という事もある。ここで自分に何かがあったら、彼女を助けることが出来なくなる。アルバの探索活動にも影響があるのだ。

 幸いアクシデントは何もなく、かなり時間は掛かったがやがてアルバは戻って来た。


「キュゥゥン」

 残念そうに鼻鳴きしたメタモルファルは、元の姿に戻った。

 換気口は長く地中に伸びていたが、最後の最後で岩に塞がれていた。三吾には、アルバの声を理解することは出来ないが、この換気口は使えないのだと解る。この賢いメタモルファルの判断力を、信じていた。

「それじゃ、次を探そう。疲れているだろうが、頑張ってくれ」

 がっかりしている時間も惜しい。

「ワンッ!」

 タフなアルバは、焦る気持ちを抑えるように、また探索行動を開始した。

 大切なパートナーの様子は、手に取るように解る。かなり危険な状態で、一刻を争うのだと解っていた。


 エルオリーセは、最初に落ちて来た空間まで戻って来ていた。

 一旦中に入り、倒れ込むように腰を下ろす。

(少しだけ・・・少しだけ、休もう・・・)

 体力も残り少ないが、精神力の方がほぼ限界だった。

 この部屋を出たら、今帰ってきた方向と逆、つまり下り坂の方に進まなければならない。この状態で、更に地中深く下ってゆくのは、本能的な恐ろしさがあった。

 そんな恐怖を少しでも軽くするために、エルオリーセは火を灯した。

 火口の小さな光が、心を暖めるような気がする。

(・・・あれ?)

 視界の端に、何かがキラリと光った。


 灯りを手にしたまま、エルオリーセは四つん這いになって光るものを探しに行く。さっきは気づかなかったが、何かの影になっていたのだろう。

(・・・あった・・・あ、これって!)

 一瞬、身体の痛みを忘れた。彼女の採集者としての経験と自尊心のなせる技だったのだろう。

「タイガーアイ・ストーンの原石」

 鶏の卵程の大きさの宝石の原石で、美しい黄金色の縞模様が輝いていた。この大陸では、相当にレアな鉱物だ。

(これ・・・三吾に渡したい。きっとこれの研究が出来る)

 エルオリーセは、タイガーアイ・ストーンの原石を、しっかりとポーチに仕舞った。

(そのためにも、少しでも移動して・・・)

 出来れば、愛する人たちの姿が見たい。

 もし途中で倒れても、見つけてもらいやすい所まで行きたい。

 そうすれば、最悪でもこれが、最後に彼を喜ばせる物になるかもしれない。


 手元の灯りが、スゥっと消えた。

 再び暗闇に戻った廃坑の中で、けれどエルオリーセは、もう一度立ち上がる。

 限界を超えても、出来ることを少しでも行うために。



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