81 諦めないで、もう少し
「うわっ・・・これは・・・ダメだ」
三吾は廃坑の出入り口である扉を何とか開けた途端、思わず声を上げた。
金属製の扉は頑丈で重かったが、1人と1匹で協力して開くことが出来た。
けれど、目の前にはぎっしりと積まれた岩石の壁が見えるばかりだった。
「廃坑が決まって、塞いだんだろうな。危険防止のために・・・」
エルオリーセが地下に落ちた場所に通じるこの出入口は、それこそ爆破でもしない限り開きそうにない。
「仕方がない。遠回りになるが、もう1つの出入り口を試そう」
三吾とアルバは、崖崩れの現場を挟んで向こう側にある扉に向かった。
「えっ・・・これ、何?」
エルオリーセは、思わず声に出して呟いた。
真っ暗な坑道の上り坂を、壁を手で辿りながら歩き、必死で自分を励ましながら辿り着いた先は、石が積み上げられた壁だった。
人工的に作られたと解る石組には、隙間もない。暗闇の中で、震える手で灯りをともす。目の前には、絶望を象徴するような分厚い壁があった。
おそらくこの少し先には、出入り口の扉があるのだろう。アルバの気配も、その向こう、かなり近くに感じる。けれど、声は届かず壁は全てを拒絶するかのように存在した。
(ああ・・・これは、ダメ・・・)
エルオリーセは、その場にズルズルと座り込んだ。
暗闇の中での手探りの移動は、精神力を激しく削っていた。それでも、この先に行けば助けて貰えるという気持ちだけが、傷ついた身体を引っ張った。
激しい落胆に、体力が蒸発するような気がする。
メタモルファルとして覚醒したとはいえ、まだ数か月。確かに体力は以前より増えてはいるが、まだ発展途上で、他の人間よりは多いというレベルだ。
闇の中で、意識までもが暗くなる。
直ぐ近くにあったアルバの気配が、遠ざかってゆくのが解った。
救出を諦められた、とは思わなかったが、ただ不安と純粋な寂しさが襲って来る。
力が抜けた身体は地面に倒れ込み、エルオリーセは急勾配だった坑道の坂を転げ落ちた。
もう1つの出入り口の錆び付きかけた扉を、三吾とアルバは渾身の力で引く。
ギシッ・・ギィィ~~・・・
何とか開けた扉の奥は、先ほどと同じだった。
「クソ・・・同じか・・・想定内だったが・・・」
それでも、もしかしたらと試してみたが、同じようにしっかりと石が積まれていて中に入ることは出来ない。おそらく全ての廃坑の出入り口は、封鎖されていると考えて良いだろう。
どうすれば良いのか・・・
三吾は再び地図を広げて、考え始めた。
もう一度、狩人センターのオバサンの言葉を思い出してみる。
『・・・コークスに狩人が来ることって少ないのよ。たまに採集系の人が廃坑に潜りに来るくらいでね』
採集系の狩人が、たまに廃坑に潜る。
封鎖された廃坑に、潜れる場所があるという事だ。
「・・・縦穴とか・・・それ以外に侵入できる場所があるという事だ」
三吾は、薄暗くなってきた周囲に気づく。陽が傾いていた。
(これ以上暗くなると、地図が見えなくなる・・・)
何も持たずに飛び出してきたので、灯りになるようなものは無い。三吾は必死に地図の内容を頭に叩き込むと、不安そうに遠くを見るアルバに話しかけた。
「アルバ、廃坑になった後に狩人たちが使っている出入口を探すぞ。暗くなったら、君の能力だけが頼りだ。縦穴とか岩盤の亀裂、人工的に作ったような洞穴とかで、狩人の気配が残っているような場所を探してくれ」
最後に狩人が侵入したのはかなり以前の事だと思う。臭いなども残っていないだろう。それでもアルバのメタモルファルとしての能力なら、何かを感じることが出来るかもしれない。
三吾の藁にもすがるような気持ちが伝わったのか、アルバはキッと彼を見つめた。
「ゥオンッ!」
決意を秘めた吠え声が、辺りに響いた。
「・・・ッ・・・ぁ・・・」
頭部に走った痛みで、引き戻される。
続いて左腕、肩甲骨、腰骨の激しい痛みが否応なしに現実を認識させた。
転がり落ちた時に、額の上の方を岩で打ったらしい。血の臭いと、額を流れる生暖かい感触がある。肩の怪我は腫れ上がり、新しい血が流れているようだ。
(痛みを抑えることが、出来ない・・・)
それまでコントロール出来ていた痛みや止血が、出来なくなっていた。
(限界かな・・・)
エルオリーセは、ゆっくりと瞼を下ろした。
眼を開けていても閉じていても、変わらない闇。
いっそ、このまま諦めてしまおうか、とも思う。
転げ落ちて気を失ってから、どのくらい時間が経ったのか解らない。アルバの気配も遠ざかってしまった。きっと必死で、探してくれているのだろうとは思うが。
夢を見たのかもしれない。
今と同じような闇の中で、遠ざかってゆく彼らの姿を見ていた。三吾の背中とアルバの後ろ姿。
手を伸ばすことも出来ず、どうすることも出来ずにただ見ていた。
ふと、エルオリーセは自分の頬が濡れているのに気づいた。
(・・・泣いてたんだ)
離れたくなくて、別れたくなくて。
1人になるのが悲しくて。
(イヤだ・・・あんな光景が最後なんて)
例え夢でも、あれを最後にはしたくない。
(それなら、諦めるのはやめよう)
きっと、まだ動ける。痛みや流血をコントロールできなくても、まだ耐えらえる。
同じ耐えるなら、前に向かいながら・・・
移動を始めたエルオリーセの気配を察知しながら、アルバは三吾に指示された出入口を探し回る。
辺りはすっかり暗くなり、夜空には星が瞬いていた。
「確か、地図によるとこの辺りに換気口の印があったが」
三吾は記憶を頼りに、アルバに伝える。
「オンッ!」
そしてアルバは、半径50センチほどの穴を見つけた。
「これは、狭いな・・・中の様子も解らないが、入れるか?アルバ」
変身獣は肯くと、直ぐに身体を変形させた。
大きさを出来るだけ小さくし、手足を縮める。その分、胴体を長くして身体を細くした。
それは、穴の中を移動するのに都合が良い、イタチのような姿だ。
アルバは早速穴に潜り込み、三吾はその場で辺りを警戒しながら待っていた。この辺りに危険な野生動物はいない、とエルオリーセは言っていた。けれど、万が一という事もある。ここで自分に何かがあったら、彼女を助けることが出来なくなる。アルバの探索活動にも影響があるのだ。
幸いアクシデントは何もなく、かなり時間は掛かったがやがてアルバは戻って来た。
「キュゥゥン」
残念そうに鼻鳴きしたメタモルファルは、元の姿に戻った。
換気口は長く地中に伸びていたが、最後の最後で岩に塞がれていた。三吾には、アルバの声を理解することは出来ないが、この換気口は使えないのだと解る。この賢いメタモルファルの判断力を、信じていた。
「それじゃ、次を探そう。疲れているだろうが、頑張ってくれ」
がっかりしている時間も惜しい。
「ワンッ!」
タフなアルバは、焦る気持ちを抑えるように、また探索行動を開始した。
大切なパートナーの様子は、手に取るように解る。かなり危険な状態で、一刻を争うのだと解っていた。
エルオリーセは、最初に落ちて来た空間まで戻って来ていた。
一旦中に入り、倒れ込むように腰を下ろす。
(少しだけ・・・少しだけ、休もう・・・)
体力も残り少ないが、精神力の方がほぼ限界だった。
この部屋を出たら、今帰ってきた方向と逆、つまり下り坂の方に進まなければならない。この状態で、更に地中深く下ってゆくのは、本能的な恐ろしさがあった。
そんな恐怖を少しでも軽くするために、エルオリーセは火を灯した。
火口の小さな光が、心を暖めるような気がする。
(・・・あれ?)
視界の端に、何かがキラリと光った。
灯りを手にしたまま、エルオリーセは四つん這いになって光るものを探しに行く。さっきは気づかなかったが、何かの影になっていたのだろう。
(・・・あった・・・あ、これって!)
一瞬、身体の痛みを忘れた。彼女の採集者としての経験と自尊心のなせる技だったのだろう。
「タイガーアイ・ストーンの原石」
鶏の卵程の大きさの宝石の原石で、美しい黄金色の縞模様が輝いていた。この大陸では、相当にレアな鉱物だ。
(これ・・・三吾に渡したい。きっとこれの研究が出来る)
エルオリーセは、タイガーアイ・ストーンの原石を、しっかりとポーチに仕舞った。
(そのためにも、少しでも移動して・・・)
出来れば、愛する人たちの姿が見たい。
もし途中で倒れても、見つけてもらいやすい所まで行きたい。
そうすれば、最悪でもこれが、最後に彼を喜ばせる物になるかもしれない。
手元の灯りが、スゥっと消えた。
再び暗闇に戻った廃坑の中で、けれどエルオリーセは、もう一度立ち上がる。
限界を超えても、出来ることを少しでも行うために。




