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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う

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80/115

80 上と下で

「・・・イッツ・・・ゥ・・・」

 身体を走る痛みに呻きながら、エルオリーセは何とか瞼を持ち上げた。

 漆黒の闇。

 メタモルファルの暗視能力をもってしても、完全な暗闇の中では何も見えない。

(・・・ああ、何とか生きてる・・・)

 身体の半分が土砂で埋まっていることが解る。それだけで済んだのは、幸運だったのかもしれない。


 エルオリーセはゆっくりと呼吸をしながら、自分の身体に意識を向けた。

 落下した時に打ち付けた身体は、あちこちで痛みを発している。けれど骨折はしていないようだ。

「ウッ・・・ン・・・ッ・・・」

 自由に動く右手を何とか動かして、身体の上の土砂や石をどかし、這い出して身体の自由を得る。

 身体の下は平らな岩のようだ。土の臭いと乾いた木材の臭い。

(・・・ここは、どこだろう?)

 パニックになりそうな心を落ち着かせるために、エルオリーセは何度か深呼吸をした。

 空気が重く、息苦しい。

 深く息をするたびに胸が疼くのは、肋骨を痛めているからだ。


 手探りで、腰に着けていた採集用ポーチの中を探る。

(・・・・あった・・・良かった)

 背負っていたバッグは、拾い上げる暇も無かった。間一髪で、体1つで飛び込んだのだがポーチを紛失しなかったのはありがたい。

 エルオリーセは、携帯用火打石と細い麻紐を取り出し、足首に装備していたハンターナイフを外すと、麻紐を短く切る。先端を少しほぐして、火口にして火をつけた。


 ぽうっ・・・と小さな明かりが辺りを照らす。

 僅かな光量だが、メタモルファルの視力には充分だ。

 エルオリーセは、素早く周囲の様子を確認した。


(・・・炭鉱夫たちの、一時避難所兼休憩所みたいな感じかな)

 剥き出しの岩で囲まれた壁や天井だが、太い木材などで補強されている。床は土のままだが平らで壁際には壊れた木箱があった。閉山が決まった時に、使えるものは全て運び去ったのだろう。何もない空間には、扉さえ無かった。

 エルオリーセの頭上には、落ちて来た穴があった。僅かな火口の灯りで透かし見れば、岩が引っ掛かっているように見える。土砂と一緒に転がって来た岩か、井戸のような石組が壊れて落ちて来たものだろう。運よく穴の途中に引っ掛かって、それ以上の土砂の侵入を防いでくれたようだ。

 自分と一緒に落ちて来た土砂の中に、朽ちた木の破片が散乱している。穴の縁に蝶番のような物が残っていたので、蓋の残骸なのだと解る。

(雨避けに取り付けてあったのね・・・木製で良かった)

 緊急用の脱出口だったのかもしれないし、物資の補給用に使われていたのかもしれない。ただの換気孔にしては大きかった。

 長い年月の間に朽ちてしまった蓋だが、落下したエルオリーセの身体一瞬受け止めた。その衝撃で壊れたが、衝撃を軽減してくれたわけだ。そのまま真っすぐに空間の床に叩きつけられたら、この程度の怪我では済まなかっただろう。


 エルオリーセはそれらを確認すると、直ぐに火を消した。

 持っていた麻紐の長さから見て、灯りとして使える回数は限られている。

(出来るだけ節約しないと・・・使うのは緊急時だけ)

 再び真っ暗になった空間で、身体を手探りで確認する。左の上腕に触れると、痛みと共にぬるりとした感触があった。

(・・・っ・・・ここ、刺さってる)

 鋭い木片を確認し、掴んで抜き取り強く抑えた。

(・・・血が止まったら、動けるかな)


 先ほどから、はるか上の方にアルバの気配を感じていた。

 けれど、この場所はかなり深い坑道の一部だ。おそらく直ぐ上は、硬い岩盤だろう。そしてその上には、土砂崩れで運ばれて来た岩や土が、数メートルの厚さで存在するはずだ。

 アルバが気付いて三吾に教え、助けを呼んできたとしても、ここまで掘り下げて救出するには、相当の人手と日数がかかるだろう。

(ここに居るよりは・・・)

 もっと、救出してもらいやすい場所に移動した方が良いのではないだろうか。

 地下を移動しても、アルバにはそれが解るはずだ。

(自分で地上に戻れるなら、それに越したことはないし)

 エルオリーセは、壁際まで這ってゆくと、身体を騙し騙し立ち上がった。


 岩盤と土砂に隔てられて、エルオリーセの真上にいるアルバは鼻をめり込ませる勢いで臭いを嗅いだ。そして、三吾の方を見ながら、前脚でカリカリと土を掻く。

「・・・この下か?リーセは、この下にいるのかっ!」

 三吾は岩だらけの地面に膝をつき、アルバが示す場所に両手をついた。けれどここは、崖から崩れて来た大量の土砂の上だ。

 彼女はここに埋もれているのか?

 血の気が引いた三吾だが、ふとアルバの様子に気づく。

 焦っているような気配はない。


「アルバ、リーセの状態が解るよな。教えてくれ」

 真正面からアルバの瞳を覗き込み、三吾は意を決したように質問した。

「彼女は・・・生きているのか?」

「ゥオンッ!」

 黒白のメタモルファルは、きっぱりと答えた。

 三吾は安堵で身体に力が一気に抜けた気がするが、気を取り直して再び問いかける。

「埋まっている?」

 アルバは吠えずに黙って首を横に振る。

「怪我をしている?」

「キュゥゥン・・・」

 軽く肯きながら、悲しそうな声を漏らした。

「酷いんだろうか?動けないくらい?」

 アルバは戸惑ったように眉を顰める。パートナーの状態はよく解るが、それを彼に伝える術がない。

「あ、ごめん。質問が悪かった」

 三吾は少し考えて、問い直した。

「彼女の周囲の様子が解るかな・・・アルバ、リーセはこの真下にいるんだよな。かなり深い?」

「ワン」

 はっきりした肯定。

「広い場所?ある程度、自由に動けるくらいの」

「ワン」

 三吾はアルバの返事を聞いて、考え始めた。


 かなり深い場所で、それなりの空間がある。

 と、いう事は・・・崖崩れの土砂よりも更に深く、元々の地面の下で、洞窟のような場所があるのかもしれない。地面に亀裂が出来て、咄嗟にそこに飛び込んだとか・・・

 いや、違う。地割れが起こりそうな地震は無かった。そうすると、元々あった穴とかに飛び込んだ可能性が・・・


 そこまで考えて、三吾は狩人センターのオバサンの言葉を思い出した。

『アリの巣のような坑道と、あちこちにある換気口のような縦穴』

 そして、彼女から押し付けられた古い坑道の地図。


「廃坑の中だ・・・リーセは、そこにいる」

 三吾はアルバにそう告げると、上着の内ポケットにねじ込んでいた古い紙束を引っ張り出した。

 畳まれた地図が数枚。それぞれに、作成年月が記されている。彼は一番新しい物を探して、地面にそれを広げた。

「・・・っ・・・なんて、解り難い・・・」

 手書きの地図は、書き足した部分が多く見づらい。元々坑道とは立体的なもので、それを紙に表現するなら上から見たものと横から見た場合を記すべきだろう。それを無理やり上から見た場合のみで描き表わしている。

「素人が描いたものだな。それでも、今はこれしかない。方角と距離が記してあるのは助かる」

 三吾は立ち上がって周囲を見渡した。土砂崩れが起きた場所の両脇に、採掘抗の入り口が2つある。目測でその距離を測り、地図の中で該当する場所を探した。

「2つの入り口がこの距離で離れていて、方角があっているのは・・・ここか」

 地図の上で、現在地を見つける。そこには赤く小さな丸印があった。

「この丸印は、他にもあるが・・・多分、縦穴の位置だろうな。リーセはきっと、そこから飛び込んだんだ。よし、入り口に向かおう。この真下に通じる坑道は、左側のが入り口だ」

 三吾は急いで地図を畳むと、アルバを促して駆け出した。



 手探りで壁を伝い、エルオリーセはかつて扉があった場所から外に出た。灯りを節約しつつ、先ほどと同じように周囲を照らす。

(・・・こっちが昇りね)

 出た場所は、充分立って歩ける坑道だった。

 少しでも上の方へ。

 持っていた火口を揉み消して、エルオリーセは壁伝いによろよろと歩き出す。

 左の肩甲骨と腰骨が、軋むように激しい痛みを訴えるが、それを押し殺して少しずつ歩を進めた。

(・・・待ってて・・・行くから)

 心配させてしまったお詫びも言いたいし、何より少しでも早く顔が見たかった。

 それだけが、頭にあった。


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