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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う

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79 廃坑の縦穴

「あった、あった・・・数は少ないけど、この辺りにも生えてるわね」

 エルオリーセは、昨日当たりを着けていた場所で、サポタンの実を3つ見つけた。

「出来ればもっと集めたいわ」

 背負っていたバッグに実を入れると、辺りをグルっと見回す。


 コークスの町を囲む崖は、所々に鉱脈へ入る出入口がある。けれどこの辺りの鉱石類は掘りつくされており、廃坑として金属製の扉が取り付けられていた。

 乾いた風に髪をなびかせ、エルオリーセは再び歩き出す。背の低い木立ち性のサポタンは、崖下辺りに生えているようだ。崖に沿って歩く彼女の耳に、遠くから微かに山鳴りが聞こえた。

「かなり遠いから大丈夫だと思うけど・・・」

 用心に越したことは無い、と音に注意しながらエルオリーセは採集を続けた。


 三吾の方は、アルバを連れて町の中を散策していた。

「あまり面白そうな所は無いなぁ。食堂も酒場兼用みたいなのだし、時間つぶしになりそうな本屋も無い」

 つい声に出してしまうのは、返事が無いと解っていても傍らにアルバがいるからだ。賢い犬型メタモルファルである彼は、しっかりと人語を解している。

「鉱物系の雑貨屋か古物商とかならあるかと思ったが、それさえも見つからないしな」

 すると、近くの店から数人の男たちが出て来る。用を済ませたらしい雰囲気で、酒場の方へ向かう男たちを見送って、三吾は店の看板に眼をやった。

『コークス狩人センター』

 どうやらここは、レーエフの交易センターに当たる場所のようだ。狩人たちへの依頼や情報などを取り扱う、ギルドのようなものだろう。三吾はふと交易センターを懐かしく思い、中に入ってみることにした。


 狭い室内には、受付スタッフが1人いるだけで、他に誰もいない。

「あぁら、いらっしゃい。どんなご用?」

 オバサンと言った方が相応しいような、明るい中年のご婦人だ。

「ああ、いや・・・特にこれと言った用は無いんだが・・・邪魔をしてすまない」

 狩人には見えない風体の三吾に、オバサンは屈託なく笑った。

「いいのよぉ、暇なんだから。コークスに狩人が来ることって少ないのよ。たまに採集系の人が廃坑に潜りに来るくらいでね。狩りをするような獲物も、この辺りにはいないしねぇ」

 暇を持て余しているらしいオバサンは、愛想良く話し始めた。三吾はちょうどいい暇つぶしだとばかりに、相手をする。

「廃坑ですか。・・・昔はどんなものが採掘されてたんですか?規模が大きそうだけど」

「石炭がメインよ。後は、少しだけど珍しい石も採れたみたい。炭鉱が栄えていた頃は、この町も活気があったわ。もうね、あちこちに採掘抗があって穴だらけだったの。巨大なアリの巣みたいにね。かなり深い所まで坑道を作ってたから、換気口みたいな縦穴も未だにあちこちにあるわ。ああ、そうそう・・・これを見て」

 オバサンは、背後の棚から古い紙束を出して見せる。

「これ、坑道の地図よ。もう使う人もいないから、捨てようかと思ってたの」

「ほほぅ・・・これはなかなか興味深い」

 それほど面白いとは思わないが、そこは社交辞令だ。

「あら、そう?アンタ、学者みたいな雰囲気だものね。良かったら、それあげるわ」

 捨てる手間が省けた、とばかりに紙束を押し付けて来るオバサンに、三吾はそれらを受け取らざるを得ない。

「あ・・・いや・・・どうも」

 これ以上ここに居たら、更に要らないものを押し付けられそうだ。三吾は一応礼を言って、そそくさと狩人センターを出るのだった。



 サポタンの木を探して歩いていたエルオリーセは、殺風景な景色の中に妙なものを見つけた。

「これ、何かしら・・・井戸・・・なワケないか」

 見た目は井戸のように石が積まれた人工物だ。けれどこんな場所に水脈があるとは思えないし、水を汲みに来る人などいそうもない。

 エルオリーセは、近づいて中を覗き込んだ。

「ああ、これって換気口かな?・・・でも、それにしては穴が大きいし・・・何だろう?」

 縦穴だがかなり深く、水は溜まっていないが底の方までは良く見えない。

「採掘に関する施設の一部・・・かしらね」

 この穴の下には何があるのだろう。エルオリーセは、楽しそうに首を傾げた。


 そしてその井戸のような物体の近くで、エルオリーセは良く熟した実を多く付けているサポタンを見つけた。

「やった、これだけあれば充分よね」

 嬉々として実を集めてゆく彼女の足元で、いきなり腹に響くような音と振動が生まれた。

 ズズンッ!・・ズンッ・・・

「えっ!・・・これって」

 靴の裏を伝わる振動と音は、鋭い感覚を持つメタモルファルには容易に探知できる。

(地鳴り・・・結構近い・・・落盤?)


 炭鉱の出入り口は崖に作られているが、そこから延びる坑道は様々な方向に掘り進められている筈だ。

 エルオリーセの足元、地下の深い所にも廃坑となった坑道があるのかもしれない。古く手入れもされていない坑道は、何時落盤事故が起きてもおかしくない。

(急いでここから離れた方がいい・・・)

 急いで背負っていたバッグを下ろして、集めた実を入れるエルオリーセの近くに、カラコロと音を立てて小石が転がって来た。


 ハッと見上げた彼女の視線の先に、崖から崩れ落ちて来る岩や石、そして大量の土砂があった。

(土砂崩れ!規模が大きい!)

 先ほど足の下に感じた落盤のせいなのだろう。連鎖的に崖を支えていた岩盤が壊れ、かなりの規模で土砂崩れが起きていた。

 咄嗟に駆け出そうとするが、崩れて来る範囲が広く、どちらの方向に逃げても巻き込まれることは確かだ。

 瞬時にそれを判断したエルオリーセは、イチかバチかで井戸のような縦穴に飛び込んだ。


 それ以外に、助かるチャンスは無かった。


(ごめんなさい!三吾、アルバ・・・)

 予想したよりも深い縦穴を落下しながら、エルオリーセの頭に浮かんだのはその言葉だった。


 油断していた。いや、過信していたのだ。

 自分のメタモルファルとしての能力を。

 今までなら避けられなかった危険を、今なら察知出来て対処できると思っていた。

 大自然の力になど、抗えるはずもないのに。


 死ぬかもしれないという恐怖よりも、ただ彼らに対する申し訳なさが心を満たす。

 その時、ガツンと衝撃が身体を走り、激痛と共に何かが破壊される音が聞こえた。

 バキッ!ドスンッ!

 音を聞くとほぼ同時に、地面に叩きつけられた全身。

 後から身体に降って来る土砂にも気づかないまま、エルオリーセは意識を失った。



 ビクッ・・・

 コークスの大通りを歩いていた三吾の傍らで、突然アルバの身体が硬直した。

 振り向いた眼には驚愕の色。耳はピンと立って、緊張を表している。

「ん?・・・どうした、アルバ?」

「ゥワンッ!」

 黒白のメタモルファルは、三吾を促すように走り出す。

「えっ・・・何かあったのか?・・・リーセかっ!」

 彼女に何か、異変があったのだ。

 三吾は全速力でアルバを追いかけた。


 コークスの町はずれで、焦りながらもアルバは三吾を待つ。一緒に行った方が良い、と判断していた。そこから先は、彼の少し前を速度を調節しながら走る。

 土砂崩れの現場まで辿り着くと、アルバは必死に地面の臭いを追った。


「土砂崩れ・・・これに、巻き込まれたのか?」

 崖から崩れ落ちてきた岩や土砂が、辺り一面を覆っている。新しい剥き出しの崖が、禍々しい色となって三吾に恐怖を与えた。

「こんな・・・こんな・・・」

 膨大な量の土砂の下に、エルオリーセは埋もれているのか。

 探す術を持たない三吾は、アルバの後をついて歩きながら、必死に彼女の名を呼んだ。


 運良くどこかに避難できているかもしれない。

 何とか避けて、けれど動けないまま助けを待っているかもしれない。

 けれどアルバは、地面の下を探るように動いている。


「リーセっ!・・・返事をしてくれ!リーセ!」

 土臭く乾いた風が、三吾とアルバを包んでいた。


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