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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う

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78 巫女の秘薬と山鳴り地鳴り

 採掘で栄えた町コークスは、周囲を山肌に囲まれている。

 雨が少ないこの土地は、植生も貧しく乾燥に強い植物だけが点在していて、野生動物も少なかった。


「う~~ん、危険な動物がいないのは良いけど、殺風景な土地ね」

 エルオリーセは辺りを見回して呟いた。

 普段なら聞いてくれるアルバが居るが、今は独り言に他ならない。

 植物が少ないので、山肌と言っても殆ど崖である。ゴツゴツと剥き出しになっている岩が、雑然と積み上がっている武骨な景観だ。


(ええと・・・赤草とクミの実は薬屋で買っておいたから、あと必要なものは・・・)

 三吾のための、祖母直伝の『巫女の秘薬』を作る材料を頭に思い浮かべる。

(山で採れるものだけど、この辺りでも採集できるはず・・・)

 エルオリーセは、辺りの石をひっくり返して、目的の素材を探した。


 暫く俯いて作業を続けていたが、ふと遠くから聞こえて来た音に気付く。

 ・・・ズゴゴゴゴ・・・ゴゴゴ・・・

 低く小さな音だが、崖の中から聞こえてくるような気がする。

「・・・山鳴り?」

 けれど不穏な音は直ぐに治まり、あたりは静けさに包まれた。

 遥か高い所で鳴きながら飛ぶ鳥の声を聞き、エルオリーセは再び採集を続けた。


 かなり時間は掛かったが、それでも目的の物を全て集め終わると、エルオリーセは辺りの石を集めて竈を作った。持ってきた小鍋に水筒の水を入れて火にかける。

「さて、ここで作っちゃおうっと。町の中じゃ、迷惑になるもんね」

 バッグに入れて来た赤草やクミの実、そして先ほど採集した多肉植物などを、次々と小鍋に放り込んだ。

 全ての材料を入れ終わると、後は焦がさないように注意して煮込むだけだ。


 エルオリーセは火の傍に座り込むと、バッグからオカリナを取り出した。

 テーブル山脈を巡る旅で、山岳民族が好んで演奏する旋律を幾つも覚えた。

 荒野を流れる素朴な音色は、高く低く穏やかに流れていった。




「遅くなって、ごめんなさい。何か、困ったこととかあったかしら?」

 エルオリーセは、夕方になって漸く宿に帰って来た。

「ああ、やっと帰って来たね。遅いから、心配してた。まぁ、アルバがいつも通りだったから大丈夫だろうとは思ったけど、それでも顔を見るまでは落ち着かなかったよ」


 三吾のベッド周りには、宿の主が持ってきてくれたらしい三文小説の本や、鉱山新聞のような物が散乱している。それらとアルバへの語り掛けで、何とか暇つぶしをしていたのだろう。


「ホント、ごめんなさい。採集に思ったより時間が掛かっちゃったし・・・でも、ちゃんと薬は作れたから、寝る前に飲んでね」

 彼女はバッグから、ガラスの小瓶に入った液体を見せた。

『巫女の秘薬』

 どす黒く濁った薬は、どうひいき目に見ても禍々しい物に見えた。



「・・・これ・・・飲まないと、ダメ・・・かな?」

 愛する妻が、丸1日かけて採集して作ってくれた薬なのだ。

 例えそれがどんな見かけでも、愛があれば飲める・・・筈なのだが、そんな心を挫かせるような色が、その液体にはあった。

 黒の中に臙脂色と紫を混ぜて、奇妙な照りを含むような色。

 小瓶の中にあっても解る、ドロリとした水薬。


「・・・凄く良く効くのは確かなのよ。でも・・・嫌なら、無理にとは・・・」

 エルオリーセは、悲しそうな眼をする。

「い、いや。飲むのが嫌っていう訳じゃなくて・・・凄く有難いと思ってるし、嬉しいけど・・・ちょっとだけ、気になったんだ。・・・材料は、何?」


 メインは赤草、そして滋養があるクミの実。

 そこに、センピィというムカデの一種とマルコロという甲虫を加え、更にグロガという多肉植物の髄を入れた。

 それらを途中で水を足しながら、原形が無くなるまで煮込む。

 小鍋いっぱいの液体が、小瓶1つの中に納まるまで濃縮させたものがリバモリ族に伝わる『巫女の秘薬』の製法。


 エルオリーセの説明を聞いた三吾の顔から、血の気が引いた。

「聞かない方が、良かったんじゃないかな?」

 申し訳なさそうに言う彼女の声には、諦めがあった。良かれと思ってする努力が、報われない事もあると知っている。

 そんな彼女に、三吾が出来ることは1つだけだ。

「いや、大丈夫。苦そうだけど、一気に飲めば大丈夫だろう。後から水を飲んでも良いんだろう?」

「うん・・・それじゃ、はい」

 エルオリーセは、水の入ったグラスを用意して、小瓶を手渡した。


 愛の試練、は大袈裟かもしれないが、三吾は覚悟を決めて小瓶の蓋を取った。

(死ぬわけじゃあるまいし・・・)

 息を止め、一息に小瓶の中身を口の中に流し込む。

 苦い、と感じる前に必死に飲み込んだ。

 が・・・


 味がどうこうと言うよりも、喉の奥から鼻に抜けた臭いが強烈だった。

 生臭くて、亜硫酸ガスの臭いにも似て、カメムシの分泌液の悪臭のようで・・・

 世界中のありとあらゆる臭い物を、全て集めて濃縮したような。

 鼻孔を突き抜けた暴力的な臭いは、強烈な吐き気を引き起こす。


「・・・・っぐ・・・ぅ・・・」

 こみ上げるモノを必死に堪えて、手で口を押える三吾に、エルオリーセは慌てて水を差し出した。

「鼻を摘んで、口で息をして。はい、お水。少しずつ飲んで、ゆっくり」

 拷問のような苦行だ、と思いながらも三吾は彼女の言うとおりにする。

 情けないが、涙と鼻水で顔はグチャグチャだ。


 それでも何とか少量の水を飲み下した後、三吾はスゥっと意識が薄れるのを感じた。

(あ・・・・これ・・・ダメっぽい・・・)

 エルオリーセはそんな三吾の頭を、そっと枕に乗せると、優しく毛布を掛けた。

「・・・おやすみなさい、三吾。良い夢を」

 額にキスを落として囁くエルオリーセだったが、内心では悪夢を見そうだなと思っていた。



 翌朝、三吾の体調は劇的に良くなっていた。

 良薬、口に苦し。そのものである。

「でも念のため、もう1日大人しくしていてね。副作用はないはずだけど、急に張り切るのは良くないから」

 鼻の奥が薄ら痛い三吾だったが、昨晩の試練は何とか乗り越えられたのだと取り敢えず安堵する。

(でも、2度と飲みたくない。もう疲労で倒れることは金輪際避けなければ)

 固く心に誓った三吾だった。


「それじゃ、今日もちょっと採集に行って来る。サポタンが生っていそうな場所があったの」

「サポタン?」

「うん、多肉植物なんだけど、南方のナツメヤシに似た実をつけるの。ナツメヤシの実は乾燥させないと日持ちしないけど、サポタンは収穫してそのまま保存できるのよね。味も似てて、甘くて美味しいわ。栄養もあるから旅にも打って付け。ただ生えているところがなかなか無いから、折角だし、取ってこようと思うの」

「そうか、それは良いけど、アルバも連れて行ったら?」

 やはり、少しばかり心配性な愛妻家だ。

「大丈夫よ。昨日も行った場所だし、危険な動物はいないわ。大丈夫そうなら、三吾も少し町中を散歩したら?アルバをボディーガードに連れて行けば、私も安心だし」

 明日か明後日にはコークスを発って、もっと風光明媚でのんびり滞在できるようなところに移動したいところだ。そうなると、身体慣らしも必要だろう。

「解った、無理しない程度にそこらをブラブラするよ。気を付けて行っておいで」

 三吾は立ち上がって、エルオリーセの頬にキスをして送り出した。


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